第33話 僕とボス


 大変だったけれど、パーティを盛り上げるために頑張って飾り付けた甲斐があった。


 僕は、大会議場に来るまでのあいだに大量の時限爆弾を設置していた。


 時限爆弾は、ジーン君が夜なべして作ってくれた。彼は生前、反機関活動の爆弾テロ容疑で捕まったそうだ。


 男は「俺はやってねぇ! 無実だ!」等と容疑を否認していたが、彼のカルマは爆弾を生むし、時限爆弾を作れるし、初対面で爆弾魔ボマーと名乗っていたし、火のない所に煙は立たないと思う。


 ヘル・シミュレータで兵器類の製造や加工は、ゲーム的に制限されている。


 その制限に時限爆弾が引っ掛からなかったのは、爆弾魔曰く、兵器製造には2つのポイントがあるそうだ。


 戦闘以外の用途に特化した作りにする点と、機械で大量生産せずに一つ一つ丁寧に手作りする点を守ると、AIが見逃してくれる可能性が高まるらしい。


 これ、何気にメチャクチャ重要な情報なのではないかなと思う。


 僕はジーン君謹製の自家製時限爆弾で、大会議場と城全体を爆破した。


 爆発の影響で火災が城全体に広がりつつある。


 悪趣味な城にスプリンクラー等の防火設備はないようで、火の手は強まる一方だった。こちらとしては好都合だ。


 爆発の余波で崩れた城の壁から美しい蒼穹が見えた。


 吹きこんでくる風に心地よさを覚えながら、ヒトを待つ。


「さて、何人出てくるかな?」


 僕は幹部会の生き残りが出てくるのを待っていた。


 いま僕がいる通路以外は、すべて爆弾で塞いでいる。


 爆弾のプレゼントはふるいだ。交渉するにしても、恐喝するにしても、大人数でペチャクチャおしゃべりしていたら収拾がつかない。


 爆弾で生き残ったゴミだけが、話すに値する同類ゴミだ。


「アンノウン!」


 振り返ると、老人が僕を指さしていた。


 確か、ムラタと呼ばれていた幹部だ。


 彼を含めた3人が、僕の前に姿を現す。


「ブラフ……じゃあなさそうだね? まあ別にブラフでも問題ないんだけど」


 ムラタと、ゴスロリの子供と、子供の側近と思しき男の3人だ。


「この落とし前、どーつけてくれるんだ? えーおい?」


 ドスを利かせた声でがなるムラタに対して、僕は両腕を広げてみせる。


「どうしようか? まず僕が何故生きていて、どうやってここに侵入したか、説明しようか?」


 ヒントは、僕が生きている事だ。


 ヒントというよりも、ほぼ答えだ。


 こういった綱渡りみたいな雑談も楽しむ事が、地獄を生き抜くコツだと思う。


 ポイントは、手を抜かず、全力で巫山戯ふざける事だ。


「おしゃべりクソサイコキラー……噂は嘘じゃねーみたいだな。この状況で、正気じゃねーよ、おめー」


 そう言ってムラタは、おもむろに懐から銃を取り出して、こちらに向けた。


 欠伸あくびが出そうな遅さだ。


「あれ、話さなくてもいいの? 例えば、誰が裏切り者か、とか」


 戦闘に関しては下の下。脅威にはならない。


「これだけメチャクチャやらかしてまだ――」


「もういいムラタ」


 ずっと黙っていた子供が口を開いた。


「黙っていろ、死ぬぞ?」


 見た目通りの可憐なソプラノボイス。


 しかし、その声色には大きな倦怠感が含まれている。


 ゆったりとした抑揚は、見た目より落ち着いているようにも、力なく枯れているようにも感じられた。


 そんな子供が、僕の殺気を察知して、言葉で掣肘せいちゅうしてきたのだ。


 僕は、ムラタがあと少しでも動いたら、その首をいただくつもりだった。


「しかし!」



 可愛らしい声で、とんでもない迫力を垣間見せる。


『俺』という事は――一人称俺の女性もいない事はないが――おそらく男性なのだろう。


 とにかく外見と中身がちぐはぐな子供だ。


はい、ボスYes, boss……」


 人生経験豊富そうなムラタが、若干頬を引きつらせながら引き下がる。


 ボス。それが彼の役職だ。


「アンノウン、俺たちは多大な損失を被った。お前の行いは、万死に値する」


 見た目と言動のギャップで混乱しそうになるが、彼がアサイラムのトップだ。


 なんとなく、そうかなーとは思っていたが、半信半疑だった。


 会議の様子は僕も少し眺めていたが、一言も発しない少年を誰も責めなかった。


 それは少年がボスだからだ。


 この少年を中心に、幹部会がまとまっている。


 フリフリのゴシック&ロリータファッションで全身を固めた少年がマフィアのボスというのも、間が抜けた話だと思う。


 その恰好はカルマの発動条件か、罰なのかもしれない。


 いったいどんな業を背負って地獄に墜ちたのだろう。


 罰というよりも、罰ゲームにしか見えない。


 しかし現実として、僕の直感も、ゴスロリ少年がアサイラムの大黒柱で間違いないと感じている。


 彼が城にいる全員と、この状況を支えている強固な支点だ。


 あー、うん、なるほど、確かにこのヒト、よく観察すると底が知れないかも。


 ぱっと見、ふざけた格好をしていて隙だらけに見えるけど、どうやったらこの少年を殺せるのか、今は皆目見当もつかなかった。


 それでも彼を殺すのが、僕の役目だ。


 ミイと同じように、死を覚悟しなければならないだろう。


「しかし、話の内容如何いかんによっては、処遇を考えよう」


 そう言う人形のように整った顔からは、感情は読み取れない。


「おい」


 ボスがおとがいで副官の男に指示する。


「わかりました、我が主」


 副官の男が掌をかざすと、魔法陣が描かれる。


 僕は少し驚いた。浅黒い肌の彼は、悪魔だ。


 警戒する僕を見て、ボスは口を開く。


「安心しろ、場を整えるだけだ」


 すると、すぐ近くまで燃え広がっていた火災が鎮火し、瓦礫から椅子とテーブルが成形された。


 ウルウにはない魔法だ。それと、あの黒い画面は……やはりそうか。


「座れ。話を聞こう」


 ボスは疲れた老人のように、瓦礫でできた立派な王座に、ゆっくりと腰かけた。


 おそらく罠だ。アサイラムに僕らを生かして帰す理由はない。


 バイオリニストと同じで芸がないと思う。

 

 ボスの目的は時間稼ぎだ。


 奇襲から立ち直り次第、到着する増援で逃げられないように包囲網を敷くつもりだろう。


 そうわかっていながら、僕はボスよりもゆっくりと、時間をかけて、王座の対面の席に座った。


 大げさに足を組みながら笑いかける。


「じゃあ楽しくお話ししようか?」


 一つ、揺るぎない真実を披露しよう。


 ゴミはまとめて処分する方が楽だ。

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