第21話 賽、ぶん投げる


 フリーウェイ・キラーは部品をばらまきながらハイウェイに倒れ込んだ。

 

 それと同時に、追って来ていた車の大群も動きを止める。


「カーッカッカッカッカッカッ……カッカッカッカッ……カッ……」


 しかし、チーターはまだ生きていた。


 笑うたびに身体のいたるところから火花を散らしている。


「今わの際を堪能してくれているみたいで何よりだ」


「ああ……てめえらのケツの穴……知らずに死ぬのは……残念だがな……」


「最期まで下品なブレない奴だな」


「もう一度……アナ×セック×……したかった……老若男女……誰でもいいぜ……」


「辞世の句、そんなんでいいの?」


 後世に語り継ぎたくなさすぎる。上の句も下の句も下ネタの句だ。


 ここまで徹底して下品だと、逆に清々しいかもしれない。清々しい粗大ゴミだ。


「ケツの穴の小せえこと……言うんじゃねえよ、兄弟」


「赤の他人だから」


 戯言だとわかっていても、兄弟関係のように言われて少しむっとしてしまった。


 こいつと兄弟なんて絶対に嫌だ。


「なあ……いっこ聞いていいか?」


「しつこいな、はやく死になよ。なに?」


 こういうとき、話好きな自分の性格が恨めしい。聞かなくていいときに、聞かなくていい事を聞いてしまうのは、僕の悪い癖だ。


「俺は……ヒトか?」


 下世話な質問が飛んでくると思ったら、また哲学的な問いだった。


「ヒト以外の何なの?」


 真面目に答えてやる義理はないが、意外だったから思わずちゃんと答えてしまう。


「ヒトの素晴らしい点の一つは、だよ。虫も鳥も植物も決して何も間違えない。道を踏み外し、罪を犯す命は、僕らヒトだけさ。もちろん、間違いを正すのもヒトの美点だと思うけれどね……フリーウェイ・キラー、君は間違いだらけだ。欲望塗れで、品性終わってる。そんな存在、ヒトにしかなれないよ」


「カッカッカッ……そうか……だよな……俺は……ヒトだ……ヒトのまま死ねる……嬉しいねえ……」


 僕が口にしたのは何の信憑性もない自論だったが、フリーウェイ・キラーは勝手に納得したようだった。


「変な質問をする余裕があるなら、打倒アサイラムに有用な情報でも吐いて死んでくれよ」


「…………あのゴミども……掃除するなら、7日後の14時……定期会合だ……」


「もしかして本当に吐いた? 急にどうしたの?」


 狂人らしからぬ愁傷さに面食らう。


「デザイア……フロン……ト……」


「デザイア? フロント? 場所のことか……ん?」


 そこでふと不安定さを感じた。


 こいつ――――!


虚無で待つぜ、兄弟っ Hasta la vista, brother ‼」


 次の瞬間、フリーウェイ・キラーは大爆発した。


 ハイウェイから太い野糞のような黒煙が立ちのぼる。


 あと一歩、動くのが遅れていたら巻き込まれていただろう。


「兄弟じゃないって……まったく、イカれたクソ野郎は、死に様もイカしてるよ」


 僕を爆発に巻き込むために、興味を引くような事を口にしたのだろう。


 いや……、と僕はすぐに考え直した。


 フリーウェイ・キラーの言葉は一考する価値があるように思えた。


 無意味なことを口走った感じはしなかったし、罠に陥れるための単純な嘘でもない気がする。


 フリーウェイ・キラーの最期にはしんに迫る何かがあった。


 あまり嬉しくないが、ブルーが口にした『気持ち悪いシンパシー』というやつだ。


 それは同じ異常者にだけ伝わる何か。

 

 彼の遺言が、対アサイラムのになる……そんな気がした。


「鍵は『7日後の14時』『定期会合』、『デザイア』、『フロント』……あるいは『デザイア・フロント』か……」


 欲望の最前線には何が待っているのか、興味と疑問は尽きない。


 そうやって思案を巡らしていた僕のそばに、ウルウがブルーを停車させる。


『マスター、まだ続けるんですか?( ˘•ω•˘ )』


賽は投げられたよ ālea iacta est ……敵の重要な戦力チーターを倒した僕らは、もう後には退けない。殺すか、殺されるかだ」


『そんなこと言って、最初から退く気なかったんじゃないですか?(´_`;)』


「うちのバイクは乗り手の嗜好が理解できわかるみたいだ」


『あんまり理解しわかりたくないです(´・д・`)』


「そう言わないでよ。ただ、面白さ優先の場当たり的な行動はここまでにして、今からは一週間後を目指して戦略的に殺し合いをデザインしていこうってだけさ」


「それでこそアンノウン様、我らが王です」


「もちろんウルウにも働いてもらうよ? 万全じゃないと言っていたけど、さっき見せてもらったような魔法は役に立つ。それ以外にもある?」


「悪魔らしいことは一通りできます。先ほどお見せしたのは《自己証明Devil's Proof》という魔法です」


『いやいや、見えなくしたんじゃないですか\( ̄∀ ̄*)』


 ブルーが茶々を入れるとウルウがぺしっと車体を叩いた。


「黙りなさい」


『はい( ;ㅿ; )』


 僕以外にはとことん塩対応だ。それが彼女の素なのかもしれない。


「ほかに《怠惰な手Idle Hands》、《聖書引用Bible Quotes》、《報いのときDevil to pay》といった魔法も使えますが、これらは体力と魔力を回復させなければ十分な効果を発揮しません」


「魔力……僕らにはないステータスだ。ウルウにもプロパティはあるの?」


「申し訳ありませんが、我々はプロパティを使えません」


「そうなんだ、ふーん……」


 僕は目を細める。NPCというもっともゲーム的な存在がプロパティを使用できないのは不自然だ。


 ……嘘をつかれた?


 プロパティを見せたくない理由があるのかもしれない。


 まあいい、今は捨て置こう。


 魅力的な女性に秘密はつきもの。それにあえて騙されてやるのが男の甲斐性かいしょうというものだ。彼女を疑って内輪揉めしている時間も惜しい。


 悪魔の秘密はすべてが片付いてから、じっくり聞かせてもらおう。


「フリーウェイ・キラーの情報とウルウの魔法……上手くいけば即死コンボが狙えそうだ。アサイラム、本当に潰せちゃうかもよ?」


「フフフ……望むところです」


『2人とも悪魔みたいな顔してる……(((;°Д°;))))』


「いえいえ、アンノウン様には負けます」


「いやいや、本家超えはおこがましいよ」


『怖い……人間も悪魔も怖い……お家帰りたい……(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥)』


 人外が一番まともな感性をしている。


 これだから、地獄は面白いのだ。

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