第20話 向かう先はひとつ

 前方にドリルのついたスポーツカーが、僕らの後ろにぴったりと張り付いてくる。その車は元ヒトの男性で、ドリルは一物で、彼は全裸だ。


 全裸の車ロボ人間と、一瞬の油断が死につながるデッドヒートを演じていた。


 空を飛ぶように加速する僕らには、死を想起する不安定感が付きまとう。ブルーの操縦を少しでも誤れば虚無へまっしぐらだ。


「はやくしないと……」


『マスターが焦ってる、珍しい(゚ω゚;)』


 ブルーの言葉を無視してダイナマイトを後ろに向かって放り投げる。


 その瞬間、ガチャガチャ音を立てながらスポーツカーが変形した。


「しゃらくせえ!」


 ロボットの姿になって飛び跳ね、器用に爆発を回避してみせた。


「カーッカッカー!」


 ガチャガチャガチャガチャ。


 また車に変形して追いかけてくる。


「はやくしないと、ハ○ブローかタカラ○ミーに訴えられかねないよ」


『そこ心配⁈(*;゚;ж;゚;*)』


「あそこは権利関係にうるさいんだ。知らないの?」


『ヘル・シミュレータは治外法権です!ヽ(`Д´#)ノ』


「余裕こきやがって! 物足りねえってか? だったらもっと輪姦まわしてやるよ! 集まれ野郎ども!」


 ハイウェイの合流路から新手の追跡車が加わった。


 形成された車両集団の数は先ほどより少ないが、結局数え切れないので、あまり状況は変わらない。


 バイクを止めれば待ったなしで轢殺れきさつだ。


 機械の身体にナイフは効果的ではない。


 なんとかしてダイナマイトを直撃させたいが、敵は見た目以上に素早くフレキシブルだ。


 ダイナマイトは残り3本。これ以上、無駄使いできない。


「よおアンノウン! てめえはどこから来た何者なにもんだ? どこへ向かう?」


 慎重になっていた僕に大声で質問してくるフリーウェイ・キラー。


「哲学的なことも言えるんだ? 親や教師から卑語しか教わらなかったのかと思ったよ」


「ほざけ、罰でこんな身体になっちまってから、よくよく考えるようになったのよ! 俺らはヘル・シミュレータでカルマと罰を与えられた。それははじめ、システム側が科した枷だと思っていたが違う! カルマは進化の種、キャリアーはヒトの持つ可能性の体現者だ!」


 タイヤが路面を擦る耳障りな音とエンジン音をBGMにしながら、フリーウェイ・キラーは豪語する。


「物理的な縛りから解放された俺らは、現生人類とは異なる次元、次のステージに片足を突っ込んじまったのよ! システム側が当初予期していなかったヒトの進化バグが始まったんだ!」


「そう考える根拠は?」


悪魔NPCだ! 奴ら、本来受刑者を管理する刑務官の役割を担っていたはずなのに、俺らは逆に奴らを支配しちまった! それをシステム側はどうして正さない? 何故修正しない? 答えは簡単、俺らはシステムが正したくても正せない存在になったんだよ! 理性を超え、進化し、欲望のままに地獄すら手中に収めた。その先は? ヒトはどこへ向かう?」


「どこから来た何者かはわからないけど、どこへ向かうのかは知っている」


「ほう、聞かせてみろよアンノウン」


向かう先は一つ memento mori ――生きとし生けるものすべて、始まりがあれば終わりがある。たとえ身体を失おうと、その定めは変わらない。僕らは地獄で、また死ぬために生きている」


「カーッカッカッカッカッ! だったらあ! てめえが真っ先にその体現者になって見せろよなあアァァァンノウゥゥゥゥゥゥゥゥンッ‼」


 フリーウェイ・キラーの意志に呼応するように、追跡車たちが速度を上げる。


 このまま環状道路を一周しそうな勢いだ。


「敵のカルマの正体はわかってきた。操縦者ともども自動車を支配して操る、罰は体の車両機械化……僕らは操られていないから、創憎クリエイターのヘビー級っぽいね」


 創憎なら、自分のカルマで生み出した車を操れるのは道理、となるのだろう。


『車を操る代償で車になるなんて、意味不明ですね(´・ω・`)』


 フリーウェイ・キラーは御託を並べていたが、罰は本来、この仮想空間で繰り広げられるゲームのような囚人ライフにおけるバランサーだったはずだ。


 それは同時に、カルマを使わざるを得ない劣悪な環境下で、受刑者たちに死の恐怖と不自由を与えて改心を促す、刑罰の一種でもある。


 ジーン君の罰は、爆発物の生成に対する善行の積み上げ、破壊に対する創造だ。


 使用即死にはならない分、まだ更生の余地はありそうだが、一方のフリーウェイ・キラーは報復律lex talionisに近い。


『目には目を、歯には歯を』というやつだ。


 自分の体が、自分の望まない形で、自分ではなくなっていく。


 血の通った皮膚の温度、見慣れた手足の長さ、鏡に映る自分の輪郭が、機械部品にとりかえられていく恐怖は、計り知れない。


 意味するところはアイデンティティの喪失だ。


 自分の性器がドリルになって平気なヒトは少ないだろう。


 強力なカルマの重たい罰は、全部そういう感じなのかもしれない。


「リアウィングが生えてきちまった! ヒュー俺様かっけー!」


 しかし、自分自身を損なっていく苦痛を、歪な精神はものともしない。


「凄いな、罰が罰になっていない……」


 狂った時計の針が狂いきることで正位置に戻るように、チーターは嬉々として罰を受けながらカルマを行使し続ける。


 比類なきエゴイズム。尊敬すべき異常者だ。


「カーッカッカッカッカッカッカッカッ! 愉快にケツ振って走るじゃねえか、バイブスあがるぜえ!」


 スポーツカーのドリルが正転と逆転を交互に繰り返していた。


 彼の実際の言動に尊敬できる要素はひとつもない。


「強靭な狂人、なーんちゃって」


『くっっっだらないダジャレ言ってる場合ですか! もう追いつかれちゃいますよ! 死んじゃいますよ!。゚(゚இωஇ゚)゚。』


「ブルー、たぶんあれ、君もイケる口だよ」


『嫌だーーーー! きっとあのドリルをボクチンのエキゾーストパイプの奥の奥まで突っ込んで、白く濁ったオイルを容赦なくぶちまけるつもりなんだー!。゚(゚இωஇ゚)゚。』


「たくましい想像力だ」


 車とバイクの性行為がどのジャンルに該当するのか、識者たちに聞いてみたい気もする。

 

 ブルーを斜めに倒しノーブレーキでS字カーブを走破しながらそんなことを思う。


「サイコーだ! サイコーの一日だぜ!」


『最悪だー! 最悪の一日だー!。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。』


 歓喜と悲哀を引き連れて僕らは爆走を続ける。


「チーターって重要な戦力なんだろ? 君を倒せば、アサイラムへの良い意趣返しになりそうだ」


「良いぜ、来いよ、行くぞ!」


 ちょっと嫌だけど気が合う。


 そろそろZ級アクション映画のようなカーチェイスは終わりにしたいと思っていたところだ。


 切り札を切る。


「ウルウ」


 僕は、アイテムボックスから彼女を取り出した。


「お呼びですか?」


 悪魔は、最初からそこにいたかのように後部シートにまたがり、僕の腰に手を回して甘く熱い吐息で囁いた。


「回復しきってないところ申し訳ないんだけど、少し協力してよ」


「アンノウン様の言葉に否はありません。死ねと言われれば死にます。いますぐここから飛び降りて見せましょうか?」


「それはいいから、魔法、使えるんだよね? 何でもいいから、相手の目を眩ませてほしい。少しでも隙ができれば、僕が勝つ」


「万全ではないのでたいした事はできませんが、……僭越せんえつながら、そういう魔法は大得意です」


 ウルウが片手を掲げた。


「今の魔力なら、6.16秒だけ敵の目をあざむけます」


 偶然の一致か仕様かはわからないが、獣の数字の異説だ。


「十分だよ、いつでもどうぞ」


 ウルウは、掌の上に複雑な文様の描かれた魔法陣を展開した。


「始めます」


 1秒。「何⁈」とフリーウェイ・キラーが叫ぶ。


 2秒。「どこだ⁉」こちらを目視できなくなっているようだ。


 3秒。僕はバイクの位置を調整する。


 4秒。『マスター⁈。゚(゚இωஇ゚)゚。』


 5秒。「まっすぐ運転して」と言いながら僕はウルウの腕をほどき、単車のシートの上に立つ。支点を把握すれば、どんなに不安定な所でも問題ない。


 6秒。時速200kmを越える風を感じながら跳躍した。


 同時に、魔法が解ける。


「な――――んだとっ⁈」


 そのとき僕は、すでにフリーウェイ・キラーのボンネットにしがみついていた。


「てめえふざけんな、降りろ‼」


 フリーウェイ・キラーは蛇行運転で僕を振り落とそうとしたが、ルーフとフロントドアの隙間にある僅かな窪みを掴み、リアウィングを足場に利用する事で、強烈なGをやり過ごす。


かしずかせて、バックでぶち込む……だっけ? その通りにしよう、ただしウケは君だ」


「俺に乗るんじゃねえええええええええええええええええええええええええええ!」


「リバははじめて? 怖がらなくていいよ、優しく逝かせてあげるからさ」


 しがみつきながら挑発してやる。


「舐めるなクソミソがあああああああああああああ‼」


 車体が変形し始める。


 この時を待っていた。


 太くて長い棒を取り出す。もちろんこれは比喩表現だ。


「じゃあ挿入れるね?」


 後続の追跡車に飛び移りながら、フリーウェイ・キラーの身体に、火をつけた太くて長い棒ダイナマイトを放り込んだ。


「しまっ――――⁉」


 フリーウェイ・キラーの焦った声が耳に入る。


 変形を途中で止められないという僕の読みは当たっていたようだ。


 ダイナマイトを巻き込むように腕と頭が出てきて、腰部が回転。


「逝っちゃえ」


「クソがああああああアアあアあッアーッ――――‼」


 変形が終わった瞬間、フリーウェイ・キラーの体内から光と炎が弾けた。


「サイコーの一日と命日が一緒なんて、奇遇Psychoだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る