第22話 作戦会議という名の悪巧み


 報復活動の翌日は、地獄とは思えないような澄んだ青空が広がっていた。


 ここはソドムの郊外にある廃集落だ。


 僕らは休息をとりながら今後の方針を決めるために、ジーン君が入っていた野盗団の根城に場所に移していた。


 ブルーを手に入れ、ビル一棟を解体し、カーチェイスをやっている間に、ジーン君には根城で僕らを受け入れる準備を整えてもらっていたのだ。


 それは、残った野盗団の残党に、僕らの逗留を交渉してもらうためだったのだが、ジーン君が訪れたとき廃集落はすでにもぬけの殻になっていたそうだ。


 日間カルマランキングに載り、アサイラムに喧嘩を売るような人間を襲ってしまった野盗団は、その人間からの報復を恐れ、いちはやく逃げ出したのかもしれない、というのがジーン君の予想だった。


 真実はさておき、とりあえずタダで寝床が確保できたからOKだ。


 ちなみに、ウルウの話では百年前この場所には小さな悪魔の村があったらしい。野盗たちは知らないあいだに悪魔の村を再利用していたのだ。


 それにしても、百年前の情報を口にするウルウはいったい何歳なのか?


 気になったが、男2人は女性に年齢を聞くリスクを機敏に察知し、喉元まで出かかった疑問をぐっと堪えた。


 そんな僕らは、村の端っこにある小高い丘の上に建つかろうじて形を保ったオンボロ一軒家を不法占拠している。前言撤回、ヘル・シミュレータは無法だから不法ではない。不当ではあるが。


 ともかく地獄に墜ちてから一夜明け、ようやく落ち着いた。


 屋根に穴が開いた廃屋で、差し込む太陽光の下、みんなでテーブルを囲む。


 僕とジーン君は向かい合って席に着いていた。


 ウルウは「あるじのお世話はしもべの務めです」と言い、給仕の役を買って出てくれている。


 食料と食器は、野盗団の残り物を拝借した。


 ちょうどウルウが、僕の前のテーブルにパンの入ったバスケットとコーンスープの皿を恭しく置いてくれる。


 その光景は平和そのものだ。


「ありがとう、ウルウ。体は大丈夫? 休んでいてくれてもよかったんだよ?」


 そう言っておいてなんだが、ウルウはこの数時間で目を見張る回復を遂げていた。


 肌には張りと艶が戻り、銀色のロングヘアーは美しい光沢を放っている。その胸の左右に伸びる二房の髪だけ虹色に輝いて見えるのは、特殊な染料で染めているのか、魔力のきらめきか……ロングスカートのヴィクトリアン風給仕服も似合っていた。


 ただしその服は、落ち着いた紺と白の色合いに反して、胸元、腰、太ももにひし形の大きなスリットが開いており、彼女の出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる体の煽情的な部分だけが強調されている。


 まさに、清楚さに毒を隠し持つサキュバスメイドといった風情だ。


 属性が渋滞している……というか、その服どこで見つけてきたの……。


「勿体ないお言葉です。多少動くくらいなら問題ありませんので、お気になさらないでください」


 彼女は頬を染めて恐縮したあと、一転してジーン君の方に向かってスープの入った皿をフリスビーのように放り投げた。


「おーい、こぼれてるんですがー?」


「あなたはおまけです」


 二面性のある謎めいた女性だと思う。


「アンノウン様と一緒に準備してもらえただけありがたく思いなさい」


「ア、ハイ、アリガトウゴザイマス」


 そんな2人の歯に衣を着せないやりとりを聞いて、僕は頬を緩ませた。


「うんうん、だいぶん打ち解けてきたみたいだね」


「どこをどう切り取ったらそういう感想が出てくるんだ?」


 ジーン君のボヤキを無視して、僕は自分の隣の席を引いた。


「ウルウも一緒に食べようよ?」


 ウルウは首を横に振った。


しもべあるじと同じ食卓を囲むなど、恐れ多いことです」


ぼくきみと同じ食卓を囲みたいんだ。男2人が廃屋で食べるランチも、魅力的な女性が加われば三ツ星レストランのフルコースディナーになる。だからどうか、僕と食事してくれませんか、ウルウ嬢 Lady Uru ?」


「アンノウン様……っ! はい!」


「真っ昼間から何を見せられてんだ、俺は?」


 ジーン君が舌を出して飯が不味くなるというようなジェスチャーをする。


 直後、痛々しい悲鳴が上がった。


「――では、失礼します」


 ウルウは僕の隣の席にしとやかに腰をかけた。


 現魔王の末姫というだけあり、粗末な木製の椅子に座った姿も絵になる。


 背筋はピンと伸び、小さな口でパンを啄むようにちぎって食べる様子は、肖像画として飾られていてもおかしくない。


 一方、僕の前でタンコブを作り項垂れる哀れな男の姿は、三文小説の挿絵のようだ。


「2人とも、食べながらでいいから聞いてほしい」


 パンをスープに浸しながら僕は口を開く。


「報復活動の第一弾は完遂した。次は、フリーウェイ・キラーの遺言を頼りに、マフィアが二度と僕らに手を出そうと思わなくなるような一撃を与えたい」


「それだが、本当に信用できるのか? 敵のチーターの言葉だぞ」


「僕は、信用できると思っている。ああいう異常者はこだわりも人一倍だ。嘘を付くなら、もっと考え抜いて気の利いた噓を付く。半端な詐欺師まがいの真実っぽい嘘を、自分の人生のラストを飾る言葉には選ばない。チーターと呼ばれるほどのカルマを抱えて地獄に墜ちたヒトだよ? その異常性……こだわりは、最期まで貫くはずだ。僕も、死ぬときは面白おかしくこの世を去っていきたいと思う。あいつも同じように、この地獄になんらかの爪痕を残そうと考えてもおかしくない」


卦体けたいが悪い犯罪者プロファイリングだな」


「ブルーからは『気持ち悪いシンパシー』って言われたよ。でもまあ、そんな感じだ」


「類は友を呼ぶってか」


「フリーウェイ・キラーが体制の転覆を目論もくろむ僕らに加担したとすると、寡兵でもまだ戦える材料は残っている」


 ひったひたにスープを染み込ませたパンを口に入れる。美味しい展開だ。


「それが7日後の14時、デザイア、フロントないしデザイア・フロントで開かれる定期会合というわけですね、アンノウン様」


「そういった名前の場所やお店に心当たりはないかな?」


 ジーン君にそう質問すると、彼は顎に手を当てながら渋い顔をした。


「デザイア・フロントは、あるといえばあるが……」


「知っているのかジーン君!」


 僕は大げさに叫んでみせる。コミックなら集中線がびっしりだ。


「あぁ、ソドムのどこかにあると言われている幻の娼館だ。あらゆる制約を取り払って欲望のままに振舞える店らしいが……しかし……」


「幻のお店なのに、どうして名前が知られているの?」


「都市伝説みたいなもんだ。誰も見たことねぇが、噂だけ広まってる」


「口裂け女やスレンダーマンみたいな?」


「地獄にある罪の都には、全ての欲望を叶える享楽的で退廃的な店がある――なんて、如何にもヘル・シミュレータに墜ちる人間が好きそうな話だろ?」


「だとしても、店名が具体的すぎじゃないかな?」


「ああ、うちの団にも同じように推理して本気で探ってたやつがいたぜ? 結局なんの手掛かりも掴めなかったっつぅ話だがな。デザイア・フロントって噂だけが独り歩きしてんだよ」


「その幻の店の名前が、チーターであるフリーウェイ・キラーの口から出たんだ。根も葉もない噂とは言い切れないよ」


 僕がそう言うと、ジーン君は閉口した。


「知られていないのはソドムの富裕層、マフィアの幹部クラスのような限られた人間しか入れない会員制のクラブのようなものだからだとすれば?」


「店舗の隠ぺいに特異なカルマが使われていれば、より発見は難しそうですね」


 ウルウが僕の言葉を継ぐ。


「てめぇらの推測が正しかったとしても、問題はどう探すかってとこだろ?」


「それなんだけど、知っていそうなヒト……ソドムの権力者を一人二人、拉致って吐かせようかなって」


「だから、どうやって、だ。そこが重要なんだぜ? ソドムの権力者ってのは、倫理観と道徳心を捨てた天才か、常軌を逸したサイコパスか、チータークラスのキャリアーか、その全部を兼ねるクソだ。もちろんマフィアの幹部もそこに名を連ねる。連中を相手にするのは、アサイラムと戦争するのと変わらないくらい厄介だし、デザイア・フロントを探すより難しいと思うぜ?」


「クイズ! 古今東西老若男女、どんな人間も生きていたら避けて通れないものってなーんだ?」


「なに勝手に始めてんだよ……てめぇの好きな『死』か?」


 なんだかんだ言いながら乗ってくれるジーン君。


「ブッブー、それもあるけど、その前になるものです」


「わかりましたアンノウン様、『苦しみ』です」


 口にするのははばかられるような真実こたえを口にするウルウ。


「さすが悪魔、けどおしい、ニアピン賞」


「賞をもらえるのですか? 副賞でアンノウン様の貞操はついてきませんか?」


「HAHAHAHA、副賞はありません」


「もういいから答え言えよ」


「えーせっかちだなー」


「あと一週間もねぇんだろうが! もっとあせれ!」


「はいはい、わかったよ。ジーン君は遊び心を知らないんだからもー。正解は病、病気だよ」


「それで?」


「病気になった人間が利用するのはなに?」


「医者、病院ですね」


「そのとおり。でも、ソドムにまともな医療機関や福祉制度なんてないよね?」


「まぁな」


「治療費は相当高額なはずだ。それでも病院に通って病気や怪我を治したいと思うヒトは、守りたい資産や立場を持っている成功者以外にいない。罪に罪を重ねたロクデナシだけが健康的というのも、皮肉な話だけどね」


「ふむ……あながち的外れとも言えねぇな」


「どこかの医者を捕まえて締め上げて、権力者の情報を吐かせる。そのあと権力者を拉致して、デザイア・フロントの情報を吐かせる」


「最初に会った時から思ってたが、拉致拷問が好きだよな、てめぇ……」


「好きじゃないよ、得意だけどね」


 ジーン君が吐き気をこらえるような動作をする。魅力1だからってヒトの顔を見て吐しゃ物を見るような反応をするのはやめてほしい。


「まあ、万が一医者の口が堅くても、顧客リストを盗めば何とかなると思う」


「けっ……目星は付いてるのか?」


「うん。ほら、この前ちょうどDJ閻魔が良さげなお医者さんを紹介してくれていただろう」


「あー…………ん? いや……良さげ……? だったか⁇」


「加速逝ってみっか~、早速行ってみっか~」


 巫山戯ふざけて拳を振り上げる僕に合わせてウルウも可愛らしく腕を振り上げていた。


 あざとい、さすが女悪魔あざとい。

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