第23話 悪魔とお勉強


 フリーウェイ・キラーとの激戦から2日後。


 昨日の作戦会議から一夜明け、僕らはソドムに舞い戻った。


 ウルウとジーン君は別行動中だ。2人には一緒に動いてもらっている。


 ジーン君の《爆風と共に去りぬ》で生成するダイナマイトを爆発させずに回収できる魔法 《怠惰な手Idle Hands》を持っていたウルウには、ダイナマイトを量産してもらうついでに、通信手段の確保をお願いしていた。


 離れているときにお互いの状況がわからないのは不便だから、携帯電話や無線機のような通信機を購入しようという話になったのだ。


 その購入資金には、フリーウェイ・キラー戦の現場にあった車両に残されていた金品をあてる。


 問題があったとすれば、安全にソドムで活動するための作戦を立て、いざ行動開始という段で、ジーン君がウルウと2人きりになるのをたいそう嫌がった事だ。


 最終的に拝み倒して何とかペアになってもらったが、ジーン君の気持ちは、まあ、わからないでもない。


 会って間もない美女といきなりデートするのは気疲れするよね。贅沢な悩みだよ、まったく。


 一方の僕は、くだんの医者の所へブルーで向かっているところだった。


 バイクを走らせながら、ふと、昨日ウルウとした会話を思い出す。



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 2日足らずで、ウルウは怪我と衰弱をほぼ全快してみせた。


 同時に、忙しく僕の身辺の世話を焼いてくれる女悪魔は、生来の悪魔的な魅力を取り戻しつつあった。千切られた羽と尻尾もまた生えてきている。トカゲみたいだなと思ったが、口にはしなかった。そんな事を女性に言うほど愚かではない。


 いまウルウは、はたきでダイニングの隅の埃を落としながら機嫌よさそうに鼻歌を歌っていた。


 鼻歌に合わせてウルウのお尻と尻尾が小さく揺れている。


 たぶん僕の世話と魅了を同時にやっているのだろう。仕事のできる女性だ。


 僕はといえば、ところどころにスプリングと綿が覗くソファーに腰かけて、ナイフの手入れをしながら、なんと無しにウルウの様子を眺めていた。


「すごいねウルウ、見違えるようだ。何か理由があるの?」


 無意識に、メイド服に包まれた見事なヒップラインに向かって声をかけてしまう。僕は魅了されかけていた。


「アンノウン様、女が大きく変わる理由は一つしかありませんよ」


「拝聴しよう」


「恋です」


 ウルウは美しい笑顔を浮かべる。


 細かい仕草、言葉遣い、それを使うタイミング、自分の魅力を100%引き出す方法を、彼女は心得ている。


 僕は一つ咳払いをしてから、できる限り事務的に質問した。


「悪魔はみんな、自己治癒力が高いのかな?」


「いけずですね……体の基本スペックはヒトと変わりませんが、魔力を使って傷が癒えるのを早めたり、体力を高めたりできます」


「カルマより便利そうだ。罰みたいな代償はないの?」


「ないですね。この地獄で悪魔は、ヒトより強い生き物として生み出デザインされました……本来、悪魔がヒトに支配されるいわれはありません」


 デフォルトでヒト以上の力を持っているという事だ。


 悪魔にとってヘル・シミュレータはホームなのだから、当然といえば当然だろう。


「アウェイで好き勝手するヒトが異常なのか、システムそのものに異常が起きているのか……システムの管理はAIが行っていて、ほぼ全自動化されているってジーン君が言っていたけれど、受刑者たちの跳梁跋扈ちょうりょうばっこが許されている現状は、やっぱり重犯罪者管理システムの本分とは思えないな……」


 それがヒトのごう


 これがヒトのわざ


『ヘル・シミュレータでヒトは進化した』というフリーウェイ・キラーの説が妄想の産物ではないとしても、疑問点は多い。


 アサイラムの定期会合に向けて、僕らの行動方針と予定はだいたい決まったし、ちょうどいまは時間が空いている。


 この際、ヘル・シミュレータに堕ちてから気になっていた諸々をウルウに聞いてみようと思った。


「体調のこともあったから深堀りしてこなかったけど、いろいろ聞かせてよ、ウルウ」


 思い起こせば、悪魔NPCの事が聞きたくて彼女を助けたのだ。


 すべてはそこから始まった。


「私に許された範囲内でなら、何でもお答えします。まず私のスリーサイズですが」


「君たちNPCは、システムを管理するAIと繋がっているはずだ。ヘル・シミュレータこの世界を掌握している全知全能の神のような存在と連携していながら、どうしてここまでヒトの好きにされてるの?」


「……いけず」


「いいから、質問に答えて」


 ちょっと強めに言うと、何故か嬉しそうに頬を染めるウルウ。


「大前提として、悪魔はヒトを支配する存在ではありません。ヘル・シミュレータ内の秩序と安全を保ち、受刑者の生活管理、矯正教育、健康管理、相談対応などを通じて、彼ら彼女らに罪を自覚させ、悔い改めさせ、仮想世界で刑期をまっとうしてもらうための存在です」


「それこそ刑務官の仕事だよね?」


「はい。当然、私たちが受刑者に必要以上の体罰を加えたり、刑期を終える前に命を奪ったりすることはできません。現実の刑務官もそうでしょうし、私たちの場合は仕様です」


「清く正しく仕事と仕様に忠実だった悪魔は、ヒトにいいようにやられるしかなったというわけだ」


「それ以外にも――――すみません、これは契約下でないと開示できない情報でした」


 ウルウがもどかしそうな顔をする。


「話せる範囲でいいよ。真実が一瞬ですべてつまびらかになるのも味気ない。時間をかけて知っていく面白さもあるさ。あと、ステータス、プロパティ、カルマみたいな要素が、重犯罪者管理システムにあるのは何故?」


「説明は可能ですが、どこから説明したら良いのか……アンノウン様は記憶喪失とお聞きしていますが、【世界機関せかいきかん】についてはご存じですか?」


「自分に関すること以外はけっこう覚えてるんだけど、そのあたりは曖昧だね」


「わかりました。では最初からですね……」


 ウルウははたきを置いてから姿勢を正し、人差し指を立てながら話し始めた。


「西暦二一二四年当時、世界的な感染症の流行後、第三次世界大戦を経て、すべての国が疲弊しきっていました。大戦後の世界は、政治的・経済的・社会的な低迷に終わりが見えず、戦争参加国の被害は甚大で、社会秩序は衰退しました」


「まさしく暗黒時代だ」

 

「はい。各国は戦争責任と賠償をめぐって水面下で対立し、新たな紛争やテロも頻発していました。混迷する世界には強い力が、強いリーダーシップが求められたのです」


「ふふふ……まるで歴史の授業みたいだね?」


「茶化さないでください」


「はい、わかりましたウルウ先生」


「もう……」


 可愛らしく頬を膨らませたあと、ウルウは説明を続ける。

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