第24話 世界機関


「時の潮流、民衆の声に従い、ほとんど形骸化していた国際連合が、より強い力と権限を持ち、国境の枠を超えた組織として再編されました。それが、【世界機関せかいきかん】です」


「でたな諸悪の根源」


「ふふふ……機関は、すべての国に対して法的な強制力を持ち、経済制裁と武力制裁が可能な実行力を自ら備える、大戦前の利害関係が入り乱れた国際情勢では考えられない、時代の寵児ちょうじと呼ぶべき画期的・革新的組織です」


「その機関がヘル・シミュレータの開発を主導したんだよね?」


「はい。機関はさまざまな問題を、戦時中に飛躍的に進歩した先端技術で解決しようとしました。機関がまず提唱したことが、――通称セフィロトの構築です。その一環として、荒廃した世界で大量に発生し、社会問題になっていた犯罪者の収容・管理問題の解決が試みられました」


 セフィロト。

 生命の樹。

 森羅万象を解析してヒトが神に近づくための概念図表。


 天国エデンの中心に植えられた木の名を持つシステムを創る過程で、地獄ヘル・シミュレータが創造されたというのも感慨深い。


 光が生まれるところには影も生まれる。

 

 それが自然の摂理だとしても、あまり歓迎できない非人道的マッチポンプだ。


「で、完成するのがヘル・シミュレータ これ か……」


「ただ、その開発コストは試算段階で10兆ドルを超えました。そのため機関はコスト削減策として、当時もっとも安全性とクオリティが担保されていたフルダイブMMORPG『ヘルズ=ヘブンズ』の技術を流用して、コストダウンを図ったのです」


「全世界で使うシステムの、それも犯罪者を管理するようなシステムのベースに、ゲームを使ったの⁈」


 思わず手で顔を覆っていた。


 コスト削減のためとはいえ、そんな型破りな方法がよくまかり通ったものだと思う。どれだけコストパフォーマンスに優れていたとしても、最適解だとは思えない。


 前例のない規模のシステム開発だから仕方がなかったのか。

 社会秩序の衰退と世界の混迷が人々を追い詰めすぎて、世界機関の暴挙が黙認されたと考えるべきか。


 どちらにせよ、ちょっと普通じゃない発想だ。


「ヘルズ=ヘブンズのゲーム内容は、大まかに言うと『魔法を使う悪魔陣営とスキルを使うヒト陣営に分かれ、天国を目指して陣取り合戦を行いながら生きていく』というものです。その開発チームには、各先端技術のエキスパートが奇跡的に集まっていました。発売後、ヘルズ=ヘブンズは、大戦の影響で世界人口は最盛期の半分以下になるという逆風の中で、全世界累計12億本を達成……大量のユーザとコアなファンはデバッカーのように働き、日々報告される不具合や改善点から膨大な数のアップデートを経て、他に類を見ないほど完成されたフルダイブ機能を獲得しました」


「わかるような、わからないような……曲がりなりにも公的なシステムなんだから、ゲームをベースにしたといっても、ゲーム的な部分は開発段階でそぎ落とされるものじゃあないの?」


「ヘル・シミュレータにヘルズ=ヘブンズの仕様が多く残っているのは、開発チームの趣味と、機関の怠慢と、予算不足です。ヘルズ=ヘブンズの仕様がほとんど残されたまま開発が進んでいる事に機関が気付かず、気付いた時点での改修は膨大な追加予算が必要とわかりました。そうなる事を開発チームが意図的に隠していた、という噂もありますが、真偽は不明です」


 ジーン君に教えてもらったメインプログラマーの噂とも一致する。かなり真実味のある話だ。事実だとしたら、その開発チームの功罪は果てしなく大きい。


 それと機関の仕事が杜撰ずさんなのが悪い。やはり諸悪の根源だ。


「最終的に改修は無期限で見送られ、ヘル・シミュレータはリリースされました」



「ふふふ……


 彼女が皮肉を解する優秀なメイドで助かる。


「……あと、予言と契約について教えてよ」


「ええ、予言とは、魔王の能力の一つです……すべてを見通す力を持った魔王が、地獄の過去と現在に存在するあらゆる物事から未来を占います。その結果は、ほぼ確定した未来です」


「……AIの演算能力を使ってヘル・シミュレータの現在と過去のデータから未来を計算しているのか……つまり予言は、限定環境の将来予測演算――ラプラスの悪魔だよね?」


「さすがアンノウン様、理解がはやくて助かります。契約については――――申し訳ありません。正式に契約を交わすと確約していただかない限りは、開示できない情報です」


「ふーん……じゃあひとまずそれは置いておいて、これが一番聞きたかったことなんだけど……結局、魔王ってなんなの?」


「魔王とは、ヘル・シミュレータを統べる権限を持つ者、あるいは権限そのものです。アンノウン様はすでに、魔王としての因子を持たれています」


「因子?」


「私を助け、仮とはいえ隷属させたのですから、はっきりと浮かび上がってきているはずですよ?」


 隷属させた記憶はなかったが、彼女の中ではそうなっているらしい。


「あったかな? プロパティ」


 僕は自分のプロパティを開いてみる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ・Name:アンノウンUnknown

 ・Sex:Male

 ・Age:Unknown

 ・STR:30

 ・DEX:30

 ・CON:1

 ・INT:13

 ・WIS:15

 ・CHA:1

 ・LUK:0

 ・KAR:Unknown

 ・Money:125,000【↑NEW】

 ・Item:

 ・防弾セットアップ(ダークブルー)×1

 ・ライトガス・スペツナズ・ナイフ(ワイヤー巻取り機構付き)×10【↓NEW】

 ・ダイナマイト×21【↑NEW】

 ・使い捨てライター×1【↑NEW】 

 ・生きたバイク、ブルー×1【↑NEW】

 ・魔王の末姫、ウルウ(仮)×1【↑NEW】

 ・アドミニ・キー×1【↑NEW】

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 久々に開いてみたら、いろいろ増えていた。


「アドミニ・キーっていうのがそれ?」


「ヘル・シミュレータの魔王候補に与えられる権限です」


「どういう効果があるの?」


しかるべき時、しかるべき状況が整えば、アンノウン様は魔王となります」


「『古い王の末姫を助け、鏖殺おうさつの限りを尽くす』だっけ?」


「覚えていてくださったのですね、嬉しいです」


「具体的にはどうすればいいの?」


「あなたは人を殺します」


「そうだね、ビル倒壊からカーチェイスまで含めると、けっこうな数やっちゃったんじゃないかな?」


「たくさん、たくさん殺します」


「あ、これ、もしかして……」


「――そして、我らの王におなりください」


「条件を聞かれたら必ず言うテンプレート台詞みたいなやつかな?」


「……はい、恥ずかしながら、そのとおりです……」


「なるほどね、とりあえずヒトを殺した数が条件の一つで、あとは教えられないんだ?」


「すみません」


「いいよ。別に尋問しようってわけじゃあないんだ。最後に、一つだけ確認させてもらいたいんだけど……」


「なんでしょうか?」


「嘘が得意と言っていたよね? 僕は君の言葉をどこまで信じたらいい?」


 意地悪く聞くと、ウルウは突然、ソファーに座る僕にしな垂れかかってきた。


「私は今、相反する2つの目的を持って行動しています。詳しくは――――言えませんが……」


 正面から腰に腕を回され、甘い香りが鼻孔をくすぐる。


「仮とはいえ主に対して嘘を付くことははばかられます」


 露骨に色香で誤魔化しに来たな……。


「それも嘘?」


「貴方様を魔王にする事を至上命題とする私と、すべてを投げ出して貴方様の物になって尽くしたいと思う私……どちらも真であるため、どちらも偽になりえるのです」


「乙女心は複雑そうだ。悪魔心と言うべきかな?」


「アンノウン様が望むなら、私と契約して、無理やり情報を吐かせてください。正式な契約の下で強引に捻じ伏せてもらえたら、私も、私に課せられた制約を破れます」


「ゲーム的な仕様ってやつ? 君に情報を吐かせたかったら、君と契約して、君を痛めつけたらいいの?」


「はい……私と契約し、私をなぶり者にしてください。アンノウン様の手で、痛みを快楽と勘違いするくらい、この身体に教え込んでいただければ、私は完全に屈服し、本当の意味で貴方様の物になれます……」


 契約は、おそらく魔王になるために必要な条件の一つだろう。彼女は僕の物になるためと言いつつ、魔王になる手順を進めようとしている。


『相反する2つの目的を持って行動している』というウルウの言葉は、信じられるかもしれない。


 正直なところ、自分の命は惜しくないし、殺人を犯していけばいずれ何らかの変化があるだろうから、魔王になる・ならないは、時間の問題な気がする。


 何だったら、別にいま契約してもいいと思う自分が、心の片隅にいる。


 一方で、色々な可能性を残しておきたいとも、思っている。


 その方が、より面白くなるかもしれない。


 魔王になる以外でも、面白い地獄が見られるなら、それはそれで見てみたい。


 だから今はまだ、自分で自分の選択肢を狭めたくなかった。


 そう思案していると、僕に密着したウルウの身体が、いつの間にかさらに密着していた。


 彼女は腕に力がこめ、耳元で舌なめずりし、小刻みに身体を震わせている。


 まるで、僕に痛めつけられている未来を想像して、居ても立っても居られないと言うようだった。


「とりあえず僕は、この地獄で面白おかしく過ごそうと思っている。そのために、ちょっかいをかけてくる障害アサイラムは取り除くけど、魔王になるかどうかは、まだ決めかねている」


「そうですか……う、んン……ッ……アンノウン様……!」


「然るべき時、然るべき状況になったら考えるよ」


「わかり、ました……はァ……アァ……イ……ッ……‼」


 彼女は、服越しに胸の先端と股の間を僕にこすりつけていた。


「続きは、全部片付いてからにしようか?」


 そっと彼女の肩を掴んで体を離す。


「…………いけずです」


 それはどっちの意味で?



 //

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る