第11話 あいさつは大事、聖書にも書かれている
「あいにく、殺すのは得意だけど、殺されるのは不得意なんだ」
そう言いながら僕は懐からダイナマイトを取り出した。
アイテムボックスを使う余裕がない時のために、あらかじめ一本だけ入れておいたのだ。
「いくよ」
おもむろに、ダイナマイトの導火線にロウソクの火をつけ、天井に向けて放り投げる。
同時にバイオリニストの退路を塞ぐ位置に素早く踏み込んだ。
僕ら全員、時限爆弾が入った袋のネズミだ。
「狂人が」
20代にしか見えないバイオリニストの声は、老人のようにしわがれている。
「どうも」
僕とダイナマイト、どちらを対処するか、バイオリニストに選択肢を与えた。
頭の切れる人間ほど可能性を計算する。
生死がかかっている状況では
優秀な人間であればあるほどに、計算できる問題を解かずにいられない。
その思考は、一瞬の判断が生死を分ける戦場では命取りだ。
結果、バイオリニストはダイナマイトを弦で切り払った。
僕の方へも幾本か死線が迫ってきたが、ダイナマイトに割かれた分、腕一本分の空白が生まれる。
その空白に僕はナイフを差し込み、バイオリニストの
「グッ――!」
うめき声をもらした男の左足は、どす黒い赤に染まる。
「やっぱり君、優秀だね。おかげで助かったよ」
ダイナマイトを無視されていたら、僕は弦に切り裂かれて死んでいた。
もっとも、ダイナマイトを対処しなければみんな爆死していただろう。
僕が死んだ後みんな死ぬか、爆発に巻き込まれてみんな死ぬかの2択を、バイオリニストに救わせるという3択目でくつがえさせてもらった。
他力本願だが、それが一番手軽で安定していたのだ。
これ見よがしに爆発物に火を付ければ、どんな人間でも大なり小なり焦ってカルマの扱いが雑になるだろうし、取り戻したい
さて、人体には自身の体重の約8%の血液があり、体重60kgの人間で5ℓほどが血液なのだが、その血液の20%が急速に失われると出血性ショックに陥る。
「いい気に、なるなよ……!」
バイオリニストの出血が止まる。
「お、やるね」
太ももを弦できつく縛って止血したのだ。
「でも、その傷で僕とやれるの?」
「余裕だな、アマチュア。手負いの相手にとどめも刺さず、殺し合いの最中に会話……三流のやることだ」
「個人的には、誰にも自慢できないスキルを極めたヒトとの一期一会は、なるべく大切にしたいと思っているんだ」
大仰に腕を広げてみせる。
「ほら、裏稼業のヒトって、すごい才能の持ち主も一度会ったらそれっきりってことがザラじゃない? 僕はプロのバイオリニストと話せて嬉しいよ。サインもらえる?」
「……
「先にケンカを売ってきたのはそっちだ。こっちはそれを買っただけ、ちゃんと売買契約が成立しているんだから、一方的に奪ったと言われるのは
「貴様は……ヘル・シミュレータに来ても、悔い改めようとは思わないのか?」
「死んだ程度で改心するような半端な気持ちで殺人鬼はやってないよ」
「愚の骨頂だ! 失敗から学ばなければ、我々に未来はない。マフィアが法を作り、秩序を維持している。それに従わない者は、罪の上に罪を重ねるだけだ」
「ツッコミどころ満載な秩序だけど……まあいいや。悪人が悪事を指摘しても、お前が言うなって話にしかならないよね? 水掛け論はやめよう。こうして話してくれているのは時間稼ぎが目的だよね? 待っているのは、増援の到着かな?」
「……」
バイオリニストがまぶたと口を閉ざす。
「狙いがバレた途端にだんまり? ヤリ目でプロムに来たのを指摘されて、急に冷めるような男はモテないよ? 最後までサービス精神を発揮して、はじめて身体だけの清い交際関係を築くチャンスが――」
そのとき、窓から放たれた激しい閃光と音が、部屋を満たす。
目の前が真っ白になり、耳が使い物にならなくなる。
こうなる事を見越して、バイオリニストは目を閉じたのだ。
普通の人間なら思考停止と感覚喪失でジ・エンド。
だけど残念ながら僕は普通じゃない。
敵味方の位置、この場に存在する命を支えている点は、すべて把握済みだ。
五感はほとんど機能していないが、勘を頼りに反射で体を動かしていく。
何かにナイフが触れた、気がする。
暖かいものが体にかかり、甘い臭いが充満した。
ジーン君だったらごめん、どうか安らかに。
敵対的な気配はあと3つ。
根拠はないが、なんとなくそう感じる。
勘以外に頼るものがない僕は、反射神経の奴隷だ。
不安定さを感じたら回避行動をとり、「ここかな?」と思うところでナイフを振る。
時間にするとそれほど長くはないが、死ぬには十分な時間が経った。
五感が復調するころには、4つの死体が転がっていた。
割れた窓から外をのぞきこむと、逃走するバイオリニストの背が見える。
「さすがプロ、逃げるときも迷いがない」
楽しくなってきたと、僕は胸を躍らせる。
「あークソっ、ようやく見えてきた! はた迷惑な奴らだ!」
「強い光と音を出すカルマでしょうか? 地獄のヒトは本当に厄介ですね」
それか、
「おいおい、これ全部てめぇがやったのか……よく死ななかったな」
ジーン君が血だまりを踏み、渋い顔をしていた。
「運が良かったね。それで、どうする? しちゃう? しちゃおうか?」
僕は腕を広げて2人に問いかけた。
「何をですか?」
「報復!」
「まあ、うふふふ」
「まあ、うふふふ……じゃねぇわ! イカれてんのか⁈」
背もたれの壊れた丸椅子に勢いよく腰掛けたジーンは、「馬鹿でもわかるように説明してやる」と言ってから続ける。
「相手は『奴隷と車輪のアサイラム』。奴隷売買と車両製造販売を主な収入源にしている軍隊と遜色ねぇ戦力を持った三大マフィアの一角なんだぞ? 末端構成員だけで3,000人、バイオリニストみてぇな奴がゴロゴロいるカルマ専門の殺し屋部隊も持ってる……こっちは? チンピラ2人にボロボロの悪魔1匹だ、勝ち目ねぇよ」
サラリと自分も数に含めているあたり、ジーン君も憎めないやつだ。
「圧倒的体制に立ち向かう反体制派、その戦力差は1000対1。下馬票は10:0でアサイラム優勢? これはさすがに多勢に無勢? 僕らはくびり殺されるのをただ待つのみ? いやいや、その予想をガツンと愉快に裏切ってやろうよ」
「ありえねぇ……アンノウン、てめぇ、この状況を楽しんでやがるのか……?」
「地獄みたいな状況だよ。楽しまなきゃあ損だよ」
「失礼ながらアンノウン様、みたい、ではなく、地獄です」
「これは一本取られたな、HAHAHAHAHA」
「……地獄なのはてめぇらの笑いのセンスだからな?」
僕はひとしきり笑った後、ジーン君に向き直る。
「こんなに短時間で僕らの位置がバレたのは、十中八九カルマだよね?」
「急に真顔になるなよ……」
そう言うジーン君をウルウが睨みつけると、ジーン君は一つ咳払いして居住まいを正した。
「まあ、そうだろぅよ。証拠はミンチ、尾行には細心の注意を払ってた。盗聴、盗撮、占い、未来予知、
完璧なヒトがいないように、完璧なカルマもない、という事か。
「ダイナマイトを出したり、魔法の弦を操ったり、光や音を出したり、僕らを見つけたり……色々できるんだね、カルマは。そう考えると、今も見られているような気がしてくるな」
僕は、何の気なしにクモの巣が張っている汚れた天井の角を凝視する。
そこに透明なカメラのレンズのようなものがある気がした。
「すぐ行くから、待っててね」
手を振りながら微笑みかけると、気配が消える。
「なにやってんだ?」
「
「誰にですか?」
「知らないヒト。けど、これからきっと知り合えるよ」
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