第12話 夏休みの宿題≒報復

 襲われたその夜に、僕らは行動を開始した。


 夏休みの宿題も、報復も、はじめるなら早いに越したことはない。


 寝ずの強行軍だが気分はハイ。体力的にもまだまだ余裕がある。


 しかしながら、今もまだ面積が拡張され続けているという大都市ソドムは、徒歩での移動には適さない。


 都市内の移動はタクシーか蒸気機関車が一般的らしいが、そういった交通手段はたいていマフィアの息がかかっている。マフィアに追われる立場の僕らは、大手を振って使えない。


 ひとまず何をするにしても乗り物が必要と考えた僕は、街路を観察していた。


 可能なら小回りが効いて、場所を取らず、スピードの出る乗り物がほしい。


 欲を言えばタダで。


 自慢じゃないが素寒貧すかんぴんだ。ない袖は振れない。ならば、悪党らしく振る舞うほかない。


 なお、ジーン君は別行動中だ。別れる時によく脅しておいたが、裏切られる可能性もゼロではなかった。まあ、そうなったらそうなったときだ。


 他人の心はわからない。


 わからないものを思い悩んでもしかたがない。


 もう一人の新たな同行者であるウルウは、僕のアイテムボックスで休息していた。


 彼女は僕の持ち物という設定らしく、データ化して持ち歩けた。


 いくら仮想空間と言っても、同じ人間のように見える女の子を完全に道具扱いできてしまうのだから、ヘル・シミュレータの製作スタッフはまあまあイカレている。


 ポリティカル・コレクトネスを鼻で笑う仕様だ。


 ただ、ウルウ本人から「アンノウン様の道具として認められた事、心から、心から感謝申し上げます」と言われたら、僕から言える事はなかった。


 結局、どんな扱いも当人がどう感じるか次第で、その幸不幸を他人が真の意味で計り知る事はできないのだろう。


 同じヒトの心もわからないのに、悪魔の心がわかるはずもない。


 閑話休題。


 僕はマフィア側の準備が整い切らないうちに、報復の第一弾を完遂するため、拙速を尊ぶ事にした。


 ふと不安定さを感じて右を向くと、何かが血をまき散らしながら僕の頭上を飛び越えていった。


 左を見ると、あらぬ方向に手足の曲がった女性が倒れている。


 右を見ると、ヘッドライトのへこんだバイクが止まっている。


 僕は、わかりやすい人身事故現場に遭遇していた。


 ライダーの男は慌てたようにバイクを降り、女性の方に駆け寄る。


 心肺蘇生法でも試みるのかと思ったら、


「クソババア! 俺のバイクが傷ついたじゃねえか!」


 男は女性を何度も蹴りつけて、止めを刺した。


 ヤバい男だ。


『こらー! ちょっと凹んだぞー死んで反省しろー(`皿´#)』

 

 こいつもヤバいな。


 バイクがひとりでに動いて、喋っていた。


 しかも、乗り手と一緒になって死体を轢き直している。


 創憎クリエイターの産物だ。


 創憎クリエイターのカルマは、条件さえ整えば現実に存在しないものも生み出せるとは聞いていた。


 実際、ジーン君の《爆風と共に去りぬ》が生み出すダイナマイトは、出現直後はターゲットしか爆発の影響を受けない魔法のダイナマイトだ。


 会話、自立、自走が可能なバイクがあっても不思議ではない。


『マスター、この盆暗ぼんくらをボクチンの後ろに括り付けて、市中を引きずり回しましょうよ(*´ω`)』


「いいね、賛成」


 そっと接近していた僕が、マスターの代わりに答えた。


『マスター?(*´ω`)』


 ライダーの男が振り返るよりも早く、その背中から肋骨の隙間を狙って心臓を一突き。


「ただし、引きずり回す死体はこっちにしよう」 


 体内でナイフをぐるりと回すと、フルフェイスマスクの中に真っ赤なバラが咲く。


 轢いた男は、轢かれた女の後を追った。


 彼女は、虚無で報復の機会を得ただろう。仲良くやってほしい。


「生きているバイクか。ユニークだね」


『((((゜Д゜))))!‼⁉?』


 バイクがエンジンをふかして逃げようとする。


「はいそこまでー」


 バイクの側面を蹴り倒す。


『ギャー(><)』


 見た目はドゥ○ティのデ○ートX、2022年モデルに似ているが、フロント部分にあるTFTカラー・ディスプレイに顔文字が表示されており、側面に着いたスピーカーから声が出ていた。


「君、今日から僕に使われてよ」


 横倒しになったバイクを踏みつけて、逃げられないようにする。


『ふざけるなクソやろー! よくもマスターを!(`皿´#)』


 車輪がウィンウィン空転している。


 僕は走行に問題ない部分を狙って、車体にナイフを突き立てた。


『ギャーヤメテー(;Д;)』


「誰の持ち物かわかるように、名前を刻んでおこう」


『U』『N』と彫り込んでいく。


『わかった、ボクチンあなたのものになる。だからやめてーお願いー(><)』


「本当に? 『走行中にわざと転倒して殺しちゃおー(∩∩)』とか考えてない?」


『そんなことするわけないよー(∩∩)』


 とめどない。


 とめどない殺意を感じる。


「わかった」


『ほっ……ε- (´∀`*)』


「徹底的に君の心を折ろう。君に心があるのか僕にはわからないけれど、乗るのはそれからだ」


『そんな、ぎっあっああああ――――(;Д;)』


「それは演技? 痛覚があるの? 車体が傷つくと、痛みや不快感に似たものを感じるのかな?」


『うぐぐぐぎぎぎぎぎ――――(TДT)』


「まずは走行に問題ないレベルで刻んでいこうか? バイクを拷問した経験はないから、加減はできそうにないな……壊しちゃったらごめんね? そのときは別の乗り物を探すよ」


 車体にナイフを当て、どこを切れば効果的に苦痛を与えられるのか検証を始める。


 車体を人体に置き換えて考えてみる。


 エンジンは心臓、前輪は腕、後輪は足、ヘッドライトは顔だろう。


 いや、もしかしたら腕はハンドルかもしれないな。


 いやいや、もしかしてもしかしたら……。


『や、やめ、ぎゃあああっあっ――――っ!。°(´ฅωฅ`)°。』

 

 丁寧に丁寧にバイクを傷つけていく。


 僕は、魅力1に相応しい事をやっている気がした。


 ……たぶん、気のせいだな。


 心の平穏を保つために、そういう事にしておこうと思う。

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