第36話 ブレイクスルー・ブレイクタイム


 ウルウをアイテムボックスに入れ、ミイを抱えて歩き出そうとしたら、僕の背に声がかかった。


『あー! いた! マスターいた! 生きてる! 死んだかと思いましたよ!(><)』


 その声を聞いて、僕は驚いた。


「こっちこそ、もう会えないと思っていたよ、ブルー。なんで戻ってきたの?」


 ミイのアジトに到着してすぐ戦闘になったから、ブルーは放置する事になったのだ。


『は? なに言ってるんですか? ボクチンはマスターのバイクですよ? 道具が持ち主のところに戻るのは普通のことじゃないですか(´ω`)』


 こちらが間違っているように言われて戸惑う。


「僕が君の元の持ち主を殺して、散々こき使ったことを、忘れたわけじゃあないよね?」


 不平不満は山のように積もっているはずだ。今はもう偽爆弾も外している。戦っている最中に姿が見えなかったから、ブルーは逃げ出して、もう戻ってこないだろうと思っていた。


『ヘル・シミュレータじゃあニチジョウチャメシゴトですよ。とっくにゆるしてますって(´∀`)』


 日常茶飯事にちじょうさはんじね。薄情なのか寛容なのか馬鹿なのか、よくわからないバイクだ。


 ヒトなら普通、身内の死に怒り、理不尽な扱いに憤って、溜まった恨み辛みは何らかの方法で晴らそうとするものだろう。


「ブルーは感情を持っているようにみえるのに、感情に左右されないのか……」


 しかし過去を振り返れば、ブルーは泣いたり、叫んだり、怒ったり、落ち込んだり、かなり感情的だった気もする。


 もしかしたら、僕に一番ダメージを与えられる機会を伺うために、今は赦したと嘘を付いたのかも……と、考え始めたらきりがないので、僕は途中で思考を打ち切った。


「もしかしたら君たちNPCは、ヒトよりも完成された知性なのかもしれないな……」


『本当にどうしちゃったんですか? ちょっと口調も優しいし、いつものマスターじゃないみたいですよ?(´・ω・`)』


「今は、聖人みたいな気分なんだ」


 実際、《聖人衝動》は言動にも影響を与えていると思う。


「ちょうど移動に困っていたところだ。戻って来てくれて助かったよ。ありがとうブルー」


『えっ……こわっ……なんでそんなに優しいんですか? なんの前振りですか? あ、もしかしてドッキリ? 上げて落とすパターンのやつですか⁉((((;゚Д゚))))』


 一人で勝手に盛り上がるブルーは無視してシートにまたがり、ミイの体と僕の体をナイフのワイヤーで固定する。


『どうして何も言ってくれないんですか! これから何が起こるんですか? 怖いですよマスター⁈((((;゚Д゚))))』


 マフラーは無改造なのにやたらうるさいバイクだと思いながら、僕はシン・セントラルを後にした。



 //



 野盗団の元アジトに戻ると、ジーン君とキュアは先に帰ってきていた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 テーブルで飲み物を飲んでいたキュアが席を立ち、出迎えてくれる。


「驚いたわ……只者ではないと思っていたけれど、本当にマリー・ミイを倒したのね……」


「キュア、ミイの手当をお願いできる?」


「え……まさかそれ、生きてるの?」


 キュアは僕がミイの死体を持ち帰ったと思っていたらしい。


「いくら僕でも死者を辱めるような真似はしないよ」


 そう言いながら、僕は上着にくるまったミイをソファーに横たえた。


 ミイを殺せない今の状態を、キュアに伝えるべきかどうか……さて、どうしよう。


 迷っているあいだに良い言い訳を思いついた。


「……生け捕りにする方が、交渉や駆け引きに役立ってくれるかもしれないだろう?」


「一理あるけど、危険よ」


 即座に否定される。


「手足を縛っても、監視を付けても、彼女ほどのキャリアーならカルマでどうとでもできると思うわ」


 インテリにその場しのぎの嘘は通じない。


 まあ、確かに、ミイならできそうだ。


 クモを操る死全ネイチャーのヘビー級で、効果範囲がソドム全域に及ぶのなら、その範囲のクモを際限なく呼び寄せて、自分を助け出させる事も、また僕らと一戦交える事も可能だと思う。


 僕に殴りかかってきた時にそうしなかったのは、忠誠心と激痛と空腹で気が動転していたからだろう。


「なんとか説得できればいいんだけど……」


「希望的観測だわ」


「やってみなくちゃわからないさ」


「アンノウン? あなた……さっきから変よ?」

 

 短い付き合いのキュアでさえ僕の言動に違和感を覚えたようだ。

 

 はやく《聖人衝動》を解かないと、どんどんまともな事を口走ってしまいそうだ。


 僕は咳払いしてから、言い訳に言い訳を重ねる。


「ミイは普通の精神状態じゃあなかった。もしかしたら、カルマで洗脳されているのかもしれない」


「そういった自哀ナルシシズムのカルマを成立させる条件は、かなり厳しく設定されているわ。あのマリー・ミイが、そんなミスをするかしら?」


「たとえば、ミイがヘル・シミュレータに堕ちたばかりの頃、何の知識もなしにさとされたりだまされたりして、条件を満たしてしまったとしたら?」


「あり得ない話ではないけれど……仮に洗脳されていたとしても、薬や言葉での改心は不可能よ? カルマによる洗脳は、そのカルマを持つキャリアー本人の意志でしか解除できないわ」


「カルマにはカルマ……キュアなら、彼女の洗脳を解除できるんじゃないかな?」


「無理よ。最初に説明したとおり、私の《BtoP》は生物には作用しないわ。マリー・ミイを洗脳前の状態に戻すことはできない」


「違うよキュア。対象はミイじゃない、カルマだ」


「それは――――」


「洗脳や支配のような状態異常として、彼女のステータスに付与されたカルマの効果そのものに焦点を合わせて君のカルマを使ったら、どうなると思う?」


 ミイの《アラクノフォビア》、僕の《プラン9》、キュアの《BtoP》のような死全ネイチャーのカルマは、ヘル・シミュレータ内のヒトと人工物以外のあらゆる環境設定に干渉する力だ。


 問題は、カルマとカルマの効果を、AIが人工物と判定するかどうか。


 どちらに転ぶかは結局AI次第だが、勝算は高いと考えていた。

 

 ゲーム的な要素が多く残るヘル・シミュレータなら、カルマにはカルマで対抗できるようになっていてもおかしくない。


「どんなカルマにも応用や抜け道や裏技がある……君が教えてくれたことだ。カルマは生物じゃあないし、カルマの効果も生物じゃあない」


 僕がそう言い切ると、沈思していたキュアが顔を上げる。


「確かに、カルマの時間を巻き戻せば、洗脳の条件を達成する前の状態に戻るか、そもそも効果が無くなるかもしれない……もちろん前提として、マリー・ミイが自哀ナルシシズムのカルマの影響下にあれば、よ?」


「僕の予想は感覚的なものだけど、ウルウNPCの見立てもある。ダメで元々、やるだけやってみて、後の事は後から考えればいいさ」


「……わかったわ、やってみましょう。それで、私の罰の借金はどこに請求したらいいの?」


「正気に戻ったマリー・ミイさんにお願いします」


「アンノウン、あなた、かなり格好悪いことを言っている自覚はある?」


 魅力1なんだから仕方ないだろう。


「もし、彼女が正気に戻らなかったらどうするの?」


「正気に戻らなかったマリー・ミイさんにお願いします」


「敵の借金を肩代わりするわけないでしょう? 男気を見せなさいよ、アンノウン」


「はぁ…………わかった、わかりました、腹を括るよ」


 借金はキュアの罰のため、僕のプロパティでは確認できないが、見えない僕の借金が徐々に増えている。このままでは、いつかキュアに頭が上がらなくなりそうだ。


 現実逃避気味に視線を巡らせていると、部屋の隅の壁に背中を預けて、ずっと黙っているジーン君の存在に気が付く。


「ジーン君? さっきからやけに静かだけど、お腹でも痛いの?」


「…………」


 ジーン君は無言で、頭上を指さす。


 彼の指さしたところを見ると、人魚がいた。


「ああ、人魚の条件に触れないようにしているのか。君、かなり口が悪いもんね?」


「アンノウンサン、オレニアマリハナシカケナイデクダサイ。アノコヲシゲキシタクナイ」


 ジーン君は教科書みたいな言葉を話す。


「……ちょっとブルーの気持ちがわかったよ。見知ったヒトがいきなり普段と違う口調で話しかけてくると少し気持ちが悪いな……」


「シツレイデスヨ、アンノウンサン」


 人魚のカルマの発動条件に暴言があるのは事実だが、言葉遣いを丁寧にする必要はない。


「……ちょっとキュア? ジーン君に嘘を教えてからかっているだろう?」


 僕がそう言うと、キュアは「いま忙しいの」と返しながらクスクス笑っていた。 



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