第5話 デジタルミラージョウハリ

 引き続き地獄観光と洒落込しゃれこむ。


 そこでふと、深刻な問題に直面した。


 男2人。


 片方は青タンとコブ塗れで緊縛され、もう片方は魅力1。


 そう、つまり、僕たちには花がなさすぎるのだ。


 正視に耐えない、最低のふたり。


 これは由々しき問題だ。

 

「君みたいにリードに繋がれているヒトが、悪魔だったりするの?」


 花を探していると、ジーン君と同じような目に遭っている女性の姿が目に付いた。


「さあな。純潔の悪魔は本当に少ねぇ。サキュバスやインキュバスは特に高値で取引される奴隷だが……」


 ジーン君は、犬を散歩するようにヒトを縄に括って歩くヒトを見て顔をしかめていた。


「ああいう輩は、たいていマフィアの奴隷商だ。連れられているのはヘマした間抜けか、悪魔とヒトの混血か……ありゃあ実演販売中だな」


「混血……ヘル・シミュレータでも子供は産めるんだ?」


「生前にできることは一通りできるぜ? NPCともな。悪魔は混血でも珍しいから、自慢したくて連れ回してんだよ」


「うわぁ……悪趣味……」


「そうか? 性奴隷は男の夢だろ?」


「美しさも性欲も、いつかは枯れるよ」


「それがヘル・シミュレータじゃあちげぇ。ここで俺たちは、一生この姿のままだ。病気、事故、刑期を迎えて消滅することはあるが、老いることはねぇ。刑期明けの消滅は稀だが、そのときはピンピンコロリ、地獄に落ちたときの姿のままぽっくりいくそうだ」


「それはすごい。すごいけど……」


 つまり、余命を全うすることなく死ぬ人間が大多数という事だろう。


 ここはディストピアであり、ユートピアでもある。


 好きに生きて不条理に死ぬ。夢の地獄だ。


「悪魔も一緒で歳はとらねぇ。しかも奴ら、ヒトを誘惑するって性質上、見目麗しいのが多い。やりたい放題っつぅわけだ」


「……老いないことが、必ずしも素晴らしいことだとは、思わないけどね」


「は? 殺人鬼のくせに変な哲学もってやがんなぁ」


「縄に引かれながら普通に会話している奴にだけは言われたくないな」


 そう言いつつ、現れたダイナマイトを流れ作業のように処理する。


「死に向かって一歩一歩近づいていく過程が人生さ。時間に追われ、老いに負け、不自由に迷い、ごくわずかな喜びを糧にたどる素晴らしき死出の道行き……それをイージーに省略されたら、人生は退屈極まりないと思うよ」


「人殺しが良く言うぜ。その人生をイージーに奪ってんのは誰だ?」


「生に価値があるから、殺しが意味を持つ。殺人はまず、人生を肯定するところから始まるんだよ」


詭弁きべんをほざくなよ、殺人鬼」


詭弁sophismじゃなくて智慧sophiaさ。とても良く似た双子だね」


 そのとき、ものすごい音と光が頭上からシャワーのように降り注ぐ。


 僕が空を見上げると、ゴシック、ムガル、ヴァナキュラー……あらゆる建築様式が融合したビルの頂点に、巨大な3Dホログラムディスプレイに似た光の像が現れていた。


 タイムズスクエアの祝賀会のような派手さで輝くその立体映像の見た目は、ド派手なピンク色のスーツを着た小悪魔、と形容すればいいだろうか。


『ヘぇい! クソ紳士クソ淑女ども、クソ待ってたかァァァァい? 今週もこの肥溜めに、俺様、DJ閻魔えんま様が、あーそーびーにーきーたー……ぜぇ!!』


 ピンクスーツのレッサーデーモンが叫ぶと、周囲で大ブーイングが起こり、ゴミや石が投げつけられはじめた。


 僕らは建物のひさしの下に急いで避難する。


 今日の天気は晴れ時々汚物。


 実に地獄らしい空模様だ。


 それにしても、レッサーデーモンの嫌われようには目を見張るものがあった。


『大歓迎、大歓声、痛み要る、ティータイム!』


 DJ閻魔とやらの手に湯気を立てるティーカップが現れ、それをビールジョッキのように飲み干した。


『加速逝ってみっか、早速行ってみっか? そうだぜ、おまたせ、カルマァァァァァァランキィィィィィィィィィィィィィィィィィィング!!』


 僕が少し呆れながらジーン君の首につながる縄を引く。


「なんなの、あれ?」


「ゲホッ、何度も引っ張んな! 《デジタルミラージョウハリ》っつぅ痕沌ケイオスのカルマだ! 10年前に地獄に落ちたDJ閻魔っつぅキャリアーが、死ぬ間際に作り出したらしいが、詳しくは知らねぇ」


 キャリアーとは、強力なカルマを所有し、カルマを飯の種にしている人間の呼び名だとジーン君から聞いていた。


 業を背負うヒトを表しているらしい。


「キャリアーは故人?」


痕沌ケイオスのカルマは意味不明、理解不能、制御不可、ただし効果絶大だ。それは背負ってる本人もコントロールできねぇし、百害あって一利なかったりするが、キャリアーが死んだ後も残り続けたり、とんでもねぇ奇跡みてぇなことを実現する。その価値は本人も含め、誰にも測れねぇ」


「文字通りの混沌か……僕のカルマもそういうのがいいな」


 目まぐるしく変わる映像を羨望まじりに眺めていると、やがてチャート表が映し出された。


『日間ランキングからだぜ、飛び出せ! まずは10位、単純だ注意! 闇医者キュア・ハートフル! 先週に引き続き、今週もまさかまさかのランクイン! 医療ミスで13人を虚無送り! そこのあなた! 安楽死希望のあなた! 今すぐハートフル心療内科にご連絡を! 番号は094-4955%、『霊柩車すぐGOGO』で覚えてくれよな! 住所は――』


 大ブーイングと大爆笑が巻き起こる。


「あれ、どうやって集計してるんだろう……」


「知るか、個人のやらかした悪行が勝手にまとめあげられんだよ。《デジタルミラージョウハリ》はどんな力でも止められねぇ。胸クソ悪ぃ奇跡だぜ」


 ジーン君が地面に唾を吐き捨てる。


 彼のようにDJ閻魔を嫌う人も相当数いるようだが、罵倒に混じって、はやし立てるような笑い声も聞こえてくる。


「そもそも悪いことをしなきゃ無力化できるんじゃないの?」


「それができねぇからここにいるんだろうが」


「ごもっとも」


 悲喜交々。


 あたりはお祭り騒ぎのようだ。


《デジタルミラージョウハリ》は嫌われつつも、なんだかんだ、ヘル・シミュレータの住人に受け入れられているように見えた。


『続いてのクソ人間は、7位、シャリーン! おっと、なんと、サッと、あっと、ニューカマーが登場だ、スーパーマンか放浪者? 地獄に来て早々、無垢むくの道で19人を血祭りに上げたそいつの名は、Unknowアンノウン! ……はっ? なんだこいつ? 名前が出ねぇ? おいおい、《デジタルミラージョウハリ》始まって以来の異常事態だぜ、非常事態ダセェ!』


「あれって」


「どう考えてもてめぇのことだろ」


「わ、これで僕も有名人の仲間入り? サイン求められたらどうしよう?」


「名無しが、よく言うぜ」

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