第6話 最悪の運命の出会い

 僕らは騒がしい地獄の三丁目を離れ、今日の宿を探す事にした。


 月の光も届かない通りに入り込んでいく男たち……怪しい事この上ない。


「ジーン君、本当にこっちであってるの? 建物がどんどん見すぼらしくなっていくんだけど?」


 僕を騙そうとしているのかも、と少し疑ったが、


 五感は平穏そのものでストレスもなく安定している。


 僕はを把握できる。


 これは霊感やシックスセンスのような感覚で説明しづらいのだが、基本的にこの世の中のすべての物事には必ず支点が1つ以上存在している。


 生命、物体、状況―――森羅万象が、無意識的・意識的に関わらず支点によって支えられているのだ。


 それは、その空間にいる中心的人物だったり、橋や建物を支える支柱であったり、人体でいう各急所だ。


 刻一刻と変わる世界で、支点の場所、数、形は移ろう。


 しかし、常に必ずどこかに存在し、この世界は安定しているのだ。


 逆にその支点を取り除けば、状況や生命を簡単に不安定にできる。


 僕はそれを直感的に見つけられた。


 ……と言っても、自分が支点と呼んでいるものが何なのか、自分でもよくわかっていなかったりする……なんとなく、支点がわからない状態だとイライラやストレスのようなものを感じて、支点がはっきりしているとシャキッと気分爽快な感じで活動できる。


 確殺かくさつを直感するとき、僕は相手の命を支えている点を押さえている。


 逆に自分自身の死を感じるとき、僕は自身の支点を見失っている。


 あと余談だが、バランスボールやツイスターゲームやジェ○ガは負ける気がしない。


 綱渡りも恐怖は感じないだろうし、オリンピック競技も鞍馬や吊り輪や平行棒なら良い線行けるんじゃないかなと思っている。


 今のところ支点に動きはなし。


 何も感じないという事は、すぐ死ぬような事は起きないだろう。


「あってるよクソ。てめぇ、ろくに金も持ってねぇだろ? 俺の手持ちも心許ねぇ……泊まれるのはボロ宿くらいだ」


「ヘル・シミュレータでも貨幣が流通してるんだ?」


「ああ、仮想通貨な。プロパティで確認できるぞ」


 言われてプロパティを開いてアイテムボックスの中に『Money』の項目を見つける。


『0』と表示されていた。貧しい。


「ヘル・シミュレータで金を稼ぐ方法は3つ。生きているNPCやヒトから奪う、AIが公募している刑務作業バイトに参加する、マフィアのもとで働いて貯める、の3つだ」


「死んだら奪えないの?」


「アイテムボックスと仮想通貨は持ち主が死んだら銀行口座みたいに凍結されちまうんだよ。殺人を抑制する仕様だと言う奴もいるが……」


「監禁、脅迫、拷問、カルマ、やりようはいくらでもありそうだし、奪ったあと生かしておくメリットも少なそうだね」


「そういうこった。バイトは長時間拘束される単純作業で、一度の報酬も少ねぇ。マフィアの実入りも幹部クラス以外はすずめの涙。要するに、このじゃあ他人から強奪する方が楽なんだよ……というか、ちゃんと働いてるやつの方が少ねぇんじゃねぇか?」


 今更だけど、この街の名前を知る。世界一有名な罪の都と同じ名だ。


 ここでローンを組みマイホームを購入するのは控えた方が賢明だろう。


 近々、硫黄と火の雨が降ってくるかもしれない。


 ソドムのハザードマップは真っ赤に違いないのだ。


「まともな統治機構もないのに、それなりの経済活動ができていることに驚きだ」


「まともじゃねぇよ。毎日ヒトが虚無に堕ちてる。誰も気にしなくなるくらい当たり前にな」


「ジーン君もだんだん拘束を気にしなくなっているよね?」


「て、てめぇが素でいいっつったんだろうが!」


「たしかにそうだ。一度口にした約束は守らないとだね、うん」


「……てめぇ、殺人鬼なんだよな?」


「約束を守る殺人鬼だ。記憶が曖昧だけど、僕も僕なりのルールに従って生きている。殺人も、僕のバイブルには『かくあれかし』と書いてあるだけさ」


「そのファッキンバイブル、いますぐ焚書ふんしょしろよ」


 そんなことを言い合っていると、横合いから何かが倒れる音が聞こえてきた。


 目を向けると、ボロ布のような服を着た女性が地面に突っ伏していた。


 顔面から地面に倒れこんだらしい。


「おい、こら、クソ! そこの! どけ!」


 そう言いながら暗がりから現れたのは、腹のつき出たダルマのような中年男性だった。


 その後ろには、取り巻きと思われる6人の男たちが控えている。


 彼らは、僕を押しのけるように近づいてきて、倒れている女性を取り囲んだ。


「よくもまあクソ逃げてくれた! 手間をかけさせやがってクソアマ!」


 男たちは、女性を助け起こすどころか袋叩きにしはじめた。


 ぼろぼろの女性を、さらに痛めつけていく男たちの姿は、筆舌につくしがたい醜さだった。


「クソ、クソ、クソ、このクソビ×チが」


 一番乱暴でよく喋る太っちょが7人組の首魁しゅかいだろう。


「アッ、ヒッ……」


 女性は、呼吸なのか悲鳴なのかわからない音を口から漏らしていた。


 憔悴し、まともに痛みで叫ぶ事もできないのだ。


 その様子を眺めてジーン君は、「またか……」と、ため息を吐いた。


 実は、ここに来るまでに同じような光景を何度も目にした。


 みんな同じ穴のむじなだ。男たち、ジーン君、僕、そして彼女も……。


 痛めつけられている女性が、クレオパトラや楊貴妃ようきひのように男たちを弄んだ結果、報いを受けている可能性も十分に考えられた。


 ヘル・シミュレータでは、悪魔よりも先に正義が滅んでいる。


「いや、おい待て、あの女がお前のお目当てのやつだぞ?」


 ジーン君にそう耳打ちされて、僕は女性をよく観察してみた。


 すると、髪に隠されていた側頭部に、折れた角の痕がチラリと見えた。


 薄いワンピース越しにうっすらと背中に傷があることもわかる。


 おそらくコウモリの羽をもがれた痕だ。


 確認できないが、もしかしたら尻尾もあるのかもしれない。


「……うーん……そうか……こんな感じか……」


 生まれて初めて目にする悪魔NPCは、想像と違っていた。

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