第9話 不明、進退窮まる
捨て台詞を残してジーン君は部屋を出て行った。
僕は木の丸椅子をベッドの横に移動させて座る。
すると、女悪魔が上半身を起こした。
「あれ、もう起きられるの?」
かなり衰弱しているが、彼女は切れ長の瞳でしっかりと僕を見据えていた。
「予言に従い、
そんなことを言う。
スッキリとした
傷つき、やつれてはいるものの、容貌は整っている。その肢体は控えめに言っても豊満。出るところは出ているくせに引っ込むところは引っ込んでいる。美しく長い銀髪は、左右の二房だけ七色に輝き、纏う雰囲気は妖艶極まりなく、どの角度から見ても男の情欲を逆なでする。万全な状態だったら、一目で心を奪われていたかもしれない。
しかし今は逆だ。彼女がヒトに奪われたものは数知れない。
そのヒトに対して、ベッドから降りて臣下の礼よろしく首を垂れてみせたのは、新手の詐欺か、宗教の勧誘か、恨み晴らしの前座か。
「傷に
僕が冷ややかに
「もう十分、目を閉じ、伏して待ちました。それも終わりです。私を解放してくれた貴方様が、我らの停滞と汚辱を断ち切る刃となられる」
「そう言われても、僕はヘル・シミュレータに堕ちたばかりで、まだ自分がどうなるのか見当もつかないんだけど?」
「貴方様は、ヒトを殺します」
「まあね。地獄のヒトなら普通じゃない?」
「たくさん、殺します」
「それが予言ってやつ? カルマとは違うの?」
「たくさん、たくさん殺します」
僕の質問に答えているようで答えていない。
「――そして、我らの王におなりください」
女悪魔は
「我らって、悪魔の?」
「はい」
「悪魔の王って、魔王だよね」
「はい」
宗教の勧誘よりもタチがわるい何かに目をつけられたらしい。
僕が経験しているこれはまさしく悪魔のささやきだ。
「それ、ヒトがなれるものなの?」
「魔王とは称号です。その方の種族が何であれ、条件を満たせるのなら問題はありません」
「僕的に問題しかないんだけど……というか、今のところなる気ないけど」
「古い王の
「僕は鬼じゃないよ?」
「殺人鬼なのでしょう?」
「いや、まあ、そうだけど……そんな曖昧検索に引っかかったくらいで、魔王候補にされたらたまらないよ」
「曖昧ではありません。予言なので」
人の話をあまり聞かない子だ。
ひ弱そうな見た目と違って、頑なな性格をしている。
僕は黙って顎に手を当てた。
少し考える時間が欲しかった。
状況は、目まぐるしく変わり続けている。
死んで記憶を失い、ヘル・シミュレータで目が覚めた。
仮想地獄に収容された人間は、みんなカルマという特殊能力を持っており、その力で地獄を支配してしまった。
ヘル・シミュレータに元からいたNPCの悪魔は絶滅寸前。
そして僕は、その弱小悪魔チームのマネージャーから熱心にスカウトされている。
これはゲーム的なイベントと取っていいのか。
それとも人間が悪魔たちを追い詰めた結果、AIの行動パターンに何らかの変化が生じたのか。
「貴方様で良いのです、貴方様が良いのです」
喜ぶべきか悲しむべきか、ドラフト1位指名らしい。
女悪魔は立ち上がり、恋する乙女のように頬を赤らめ、身体を傾けながら手を伸ばしてくる。
その動作が傷に障ったのか、彼女はふらついて倒れかける。
僕は女悪魔の手を取り、できるだけ優しく身体を抱き、ベッドに横たえた。
「手を取ったから契約完了、なんて言わないでくれよ?」
「貴方様が許してくださるのなら、そうさせてもらいます」
握った手を放そうとしたら、逆に強く握られた。
「予言だけじゃなく、そういう力もあるのか……」
「予言、契約、魔法、嘘は、私たちの専売特許です」
普通、これから良い関係を築いていこうとする相手に向かって、「自分は嘘が得意です」とは言わないだろう。
「一周回って、俄然君らに興味が湧いてきたよ」
「私に、だと嬉しかったのですが……」
そう言って僕の手の甲に口づけしてみせる。
女悪魔らしい、あからさまな誘惑だ。
突っぱねるのは簡単だが、レディに恥をかかせてはいけない。
「もちろん君も含めて、さ。僕の名前は今のところ
指に絡む指をゆっくりと解き、バレエの
「アンノウン様ですね」
変な伝わり方をした。
「DJ
「アンノウン様、
「君は?」
「申し訳ないのですが、悪魔は正式に契約を結んだ方以外に
「気にしなくていいよ。僕も本当の名前じゃあないし」
「しかし、名無しでは私を呼びつける時に不便ですよね……仮にウルウとしておきましょう」
ウルウ――閏か。
定められた月の運行を補填するイレギュラーな月。
ヒトの定めたルールと現実のずれを調節するもの。
その漢字の成り立ちは古く中国で、通常は
いまだ王は門の中。
魔王の不在を暗示しているのか。
魔王となるものの調整者を自称しているだけか。
あるいは、正統でない君主の位――
「魔王になるかはさて置き、NPCのことは知りたいから、ウルウを頼りにさせてもらうよ」
「どうぞ頼ってください。今これより未来永劫、私は貴方様のもの。なんなら本当に物のように扱い、使い潰してくださっても構いません」
頬を染めながら流し目を送ってくる女性は扇情的だ。
同時に、無限の危うさを孕んでいる。あと言う事がいちいち重たい。
欲望に身を任せたら秒で破滅させられそうだ。
「それと、ご心配なく、いつか必ずそうなります。予言とは、そういうものです」
確信を持って告げられる。
嘘は言ってなさそうだ。
「
しかし、嘘のない言葉に必ず真実があるというわけでもないのだろう。
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