第14話 瞬間、死、重ねて ESS - Enemy Side Scene -
男は、うだつの上がらない青年にしか見えなかった。
際立って良いとも悪いとも言えない顔つき、中肉中背のスタイル、
それ故に、異質だった。
「まあ、殺し合えば否が応でも分かり合えるさ。理不尽な今わの際に思うことはだいたい同じ、『死にたくない』ってね? その瞬間だけは全人類が理解し合えるんだ」
自宅の庭先で偶然出会った仲の良い隣人に語りかけるように、無駄口を叩く。
三大マフィア・アサイラムの殺し屋部隊に所属するキャリアー3人の殺気を真正面から受け止めて、平然と、呑気に構えている。
その呑気さが、ひたすらに異質だった。
ヘル・シミュレータによくいる気の触れた愚者。そう一括りにできてしまえるかもしれないが、この呑気な男が10年プレイヤー――ヘル・シミュレータで10年以上生存する実力者――の中でも、指折りのキャリアーとして知られるバイオリニストを退けたのだ。
カルマ《
はなから手加減するつもりはないが、少しの油断が
そう思いながら、この時なぜかザッカーバーグは、己の過去を
ザッカーバーグの最も充実していた時期は、
『少女の手、足、頭、内臓で、無様な彫刻たちを改善する時間は、自己陶酔と創作意欲が絶頂し、まるで天国にいるようだった。生まれ変わっても、私はまた同じ人生を歩むだろう。何度死刑に処されるとしても、絶対に』
現実世界でベストセラーになったザッカーバーグの回想録には、そう記されている。
現実はパンデミックと世界大戦で荒廃の一途を辿り、
そして宣言通り、彼は地獄に墜ちても同じような事を繰り返した。
ヘル・シミュレータでは実年齢と外見年齢は必ずしも一致しないため、素材に少女のみを使うというザッカーバーグの信条からは若干ずれるが、それでもザッカーバーグは満足していた。
この世界は、ザッカーバーグに新たな着想と力を与えてくれたからだ。
カルマ《
それはザッカーバーグのカルマだけの話ではなく、すべてのカルマとキャリアーには階級があり、プロパティで確認できるようになっていた。
カルマが強力であればあるほど、受ける罰は重くなる。
その重さを格闘技の階級制度にあてはめ、下からライト、ミドル、ヘビー級と定義していた。
「~級カルマ」や「~級キャリアー」と表現され、今回アンノウンに差し向けられた4人は全員ミドル級だった。
カルマ《シー・ザ・ハンド》を持つエドワード・デップは、斬鉄可能なハサミに両腕を変形できる
自哀のミドル級は、
もう一人の下半身がタコになっているように見える美女スラチーノ・モネのカルマ《ニ・マンリ》は、軟体動物を支配する
前者が
デップは自分の体そのものを変形させ、ステータスの値も変化しているが、モネはクラーケンを従わせて自分の体に同化させているだけで、彼女自身の身体もステータスも実は普通のヒトと変わらない。
最後の一人は、
彼のカルマ《アリと地獄と天国》は、短い時間、噛まれると膨大な疲労を蓄積させるアリを大量に生み出す。
しかし、操れるわけではない。
生み出されるアリの見た目や習性は現実のグンタイアリと変わらず、敵も味方も自分も他人も関係なく、生み出された数十万から百万匹のアリは徒党を組んで気まぐれに移動し、目に付いた獲物に集団で襲いかかる。
また、アリを出現させておける時間はその日の気象やカルマを使う場所、生み出すアリの数やキャリアーの心身の状態など、様々な条件で変わる。
そのため正確な時間は決まっておらず、最短30分から最長60分まで幅があり、ヒガシムラも経験則で大まかにしか把握できていなかった。
すべての特徴がまさしく痕沌と言えるものだ。
今、ヒガシムラはせっせとアリを生み出し、言う事を聞かないアリに噛まれないように四苦八苦しながら捕獲したり誘導したりして、戦闘に使おうとしているところだろう。もし逆にアリを利用されたら、目も当てられない。
このように、他人にカルマの詳細を知られると、裏をかかれたり、不利になったりする。
特に、罰を知られるのはご
ザッカーバーグの罰は「生み出した針の数だけ針を呑む」だ。
治療ができる自哀のキャリアーが殺し屋部隊にいるので事なきを得ているが、いなかったらと思うとぞっとする。
行っても行わなくても命に係わる不快極まりない罰だが、ミドル級はこれくらいの罰が一般的だった。
戦闘においては、カルマの偽装が常套手段となっている。
ザッカーバーグが針を全身に
肉体の強化や変質を伴わない創憎のキャリアーが、現実ではあり得ない超人のようなステータスになれる自哀や、環境設定をコントロールする死全と正面から戦うのは分が悪かった。
《
モネがクラーケンを自身の体に同化させているのも、似たような理由からだ。
自身のカルマの力と正体を隠し、戦闘に駆け引きを生む。
これほどカルマが重宝されるのは、銃火器等の兵器類が、ヘル・シミュレータではレアアイテム扱いだからだ。
あるにはあるが、銃やミサイルを生み出すような
そのため、地獄の戦闘はキャリアー同士のカルマと肉弾戦が主流だった。
セオリーに
その上での4対1だ。
乱戦でも混戦でも接戦でも何でもいい。
隙を見て、針を体のどこかに指すだけだ。
そうすれば相手は視力を失い、今回の仕事は終了する。
たった13分間、されど13分間。
健常者がいきなり視力を奪われて無事に済むはずもない。
イライザも、アイも、ナターリアも、シンシアも、クラリスも――全員無事には済まなかった。
彼女たちは今では立派な地獄のアートだ。
地上でも、ヘル・シミュレータでも、少女たちは例外なく泣き叫びながら助けを求めた。
カルマを得たザッカーバーグは、より頻繁に、より挑戦的に、創作活動に勤しんでいる。
ここは地獄だ。
素晴らしき地獄だ。
(それにしても、なぜ私は色々な事を思い出している?)
そのときふいに、天地が逆転した。
逆立ちしたときに見る景色のように、視界が上下逆さまだ。
視点も下がっていく。
(息苦しい。何故だ?)
視界の隅に、仲間のキャリアーたちの驚愕した顔が映る。
「ぬるいね、地獄のヒトはカルマに頼りすぎじゃない?」
ぱっとしない青年の呑気な声が、すぐ近くから、やけにゆっくり聞こえてきた。
その間も、ザッカーバーグの視点はどんどん下がっていき、ついには、強かに側頭部を地面に打ち付ける。
ひどい痛みが走ったが、声は出ず、身体も動かなかった。
ザッカーバーグの頭は、地面から斜め上を向いて動かなくなる。
目の前には、針をまとった首のない老人が立っていた。
(これは走馬灯――いやだ、死にたくな――)
合点が行った時、狂った芸術家は虚無に堕ちた。
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