第27話 クソ平常運行


 そういえば、と本題を切り出す。


「デザイア・フロントって知らない?」


「アンノウン……あなた……」


 インテリジェンス高めの美人からゴミを見るような目で見つめられる。


 デザイア・フロントがどういうお店か思い出し、その視線の意味を理解する。


 変な性癖に目覚める前に訂正しておこう。


「5日後、アサイラムの幹部たちがデザイア・フロントに集まるという情報を手に入れたんだ。そこを狙えば、マフィアの頭に風穴を開けられるかもしれない」


「冗談じゃ……ないようね? 危うく、また心変わりするところだったわ」


「もちろん、幻のお店で何が行われているのか知りたいという好奇心があることも、否定しないよ?」


 僕の悪い癖だ。余計な一言で、余計な反感を買う。しかしこれがまた癖になる。


 残念、僕はすでに変な性癖に目覚めていた。


「……私、早まったかしら?」


 眉間を揉むハートフル医師。


「君の選択の正しさは、結果で証明するよ」


 僕が太鼓判を押して見せると、キュアはため息まじりに口を開く。


「場所は知っているわ。常連客のおじさんが自慢げに教えてくれたもの……反吐へどが出そうな自慢話だったけど、それを彼女がルールの範囲内と捉えていたから、我慢したわ……男の人って、どうして自分の悪事をさも武勇伝のように語りたがるのかしらね?」


「呆れる気持ちもわかるけど、『俺はこんなにワルだ、こんなに強いんだ』と証明したい男心もわかってあげなよ。意中の女性の前では特に、ね? たぶんその人、キュアに気があったんだよ」


「馬鹿らしいわ。女を口説きたかったらまず、清潔感のある格好で、ロマンチックな場所に連れて行って、潔くバラでも渡しなさい」


 思ったよりも乙女な嗜好をしている。


「その点あなたは……ギリギリ及第点ね、まあ、悪くないんじゃないかしら?」


「それはどうも、ありがとう。やっぱり、医者にはちゃんとかかっておいたほうがいいね。問題が一挙に解決しそうだ」


「デザイア・フロントにはパスがないと、普通は入店できないらしいわよ?」


「大丈夫、普通に入店する気ないから」


「何か考えがあるようだけど、《アラクノフォビア》の目をかいくぐれるかしら?」


 僕は膝を叩く。


「それってもしかして、四六時中監視してくるアサイラムのキャリアーのこと?」


「ああ、やっぱりマリー・ミイに目を付けられているのね……」


「勝手にアサイラムプライムの定期刺客便に登録されて、ソドムにいるあいだ数時間おきに刺客を送ってくるんだ。まったく有難迷惑な話だよ」


 キュアは目と口を丸くしながら言葉を失っていた。


 僕はといえば、デザイア・フロントと監視のキャリアーの謎が一気に解けて、心の中でガッツポーズをしていた。この調子でいけばA判定も夢じゃない。


 痛い思いをした甲斐があったと思う。本当に、キュアのところに来たのは正解だった。感謝してもし足りない。可能なら、この病院を星5つで評価レビューしたいくらいだ。


『キュア・ハートフル心療内科はとても素晴らしい病院です。新規の患者さんにも非常に心折しんせつで、室内では奇麗なナースが泳ぎ回っています。そこでは死と隣り合わせのスリリングな治療を体験できるでしょう』


「…………うん、レビューはやめておこう」


「なんのこと?」


「いや、こっちの話。それよりキュア、マリー・ミイさんと面識はないの?」


「私が復讐を始める前に、何度か診察したことがあるわ。ミイはかなりの偏食家で、ゲテモノ食いって呼ばれているの。彼女とディナーに行ったら大変よ?」


「どうなるの?」


「昆虫食のフルコース。デザートは胃腸薬よ?」


「……すごいカルマを背負っているんだね……」


「ええ、もちろんチーターよ、よく死ななかったわね? 《アラクノフォビア》のミイと言えば、知る人ぞ知る10年プレイヤー、ヘル・シミュレータで五指に入るキャリアーだと思うわ。アサイラム殺し屋部隊の現筆頭、その広域監視網をワンオペしている超人……彼女に目を付けられてソドムを生きて出たヒトはいないと言われるくらいよ」


「はい」

 

 僕が手を上げる。


「なに?」


「ここにいます」


 キュアは頭痛をこらえるような仕草をしたあと、何かに気が付いたように、はっとなって僕を見た。


「ということは、ここにあなたがいることも……?」


「うん。そろそろ届く頃だと思うよ?」


 僕は慌てることなくキュアを抱いた。


「きゃっ……ちょ、ちょっと、アンノウン?」


 徐々に診療所内の安定が揺らいでいく。


「いいから、僕に身を任せて」


 そのとき、診療所の窓からギラギラした光が差し込む。


《THWMNS》に暴力とみなされないように注意しながら、僕は優しくキュアを地面に押し倒した。


「アンノウン、私たち今日会ったばかりよ? ちょっと、早いわ、まだ……」


 何か勘違いされているようだが、その勘違いはすぐに吹き飛んで消える。


 僕らが床に伏せた直後、診療所の窓ガラスが吹き飛んで消えたからだ。


「きゃああああああ―――‼」


 キュアの可愛らしい悲鳴をかき消すような激しい銃火で、診療所内が蜂の巣になっていく。


 わずかな間隙、安定しているところを探り、散らばった鏡の破片を拾って外を覗く。


 診療所のまわりを車やバイクのヘッドライトが取り囲んでいた。


 数は、逆光でよくわからないが、少なく見積もっても30人はいると思う。


 そうやって観察していると、ぴたりと銃声が止んだ。


「アンノウン! そこに居るのはわかっている! 出てこいっ!」


 包囲網から歩み出たリーダー格の男が、通りの悪いしゃがれ声で僕を呼ぶ。


「貴重な銃火器だ。フリーウェイ・キラーをやっていい気になっているだろうが、もうお前は本当にあとがないぞ! アサイラムは本気だ! 投降しろ!」


 そう宣言する黒ずくめの男には、見覚えがあった。


「大勢連れてきたねバイオリニスト。オーケストラでもやるつもり?」


 僕が大声で応えると、バイオリニストは鼻を鳴らした。


「相変わらず巫山戯ふざけた男だ……いいだろう、わかった――」


 バイオリニストが指揮者のように手を上げる。


「――虚無へ堕ちるがいい」


 彼の手が振り下ろされるのと同時に、銃撃が再開する。


「下手くそな演奏だ。(引き金を)バラバラに引いているし、息もあってない。さては大きな音を出せばいいと思っているな?」


 僕が無駄口を叩いていたら、キュアが頭を抱え始める。


「バイオリニストって……殺し屋部隊No.2の……嘘でしょう……」


 キュアは恐怖で体を震わせていた。


 銃弾が雨のように降り注ぎ、家財道具が破片となって乱舞している状況で、彼女の反応は真っ当だ。


 僕が巫山戯ふざけすぎなだけかもしれない。


 たとえそうだとしても、震えて縮こまり、ただ死を待つよりはマシだろう。


 僕はキュアの肩を揺さぶって、無理やりこちらを向かせた。


「ねえ、ミイの居所に心当たりはある?」


「わ、わからないわ……!」


「じゃあ、彼女はどうやって診療所にやって来たの?」


 質問に質問を重ねて、キュアの恐怖に染まった脳を叩き起こす。


「く、車で来たわ、電話で予約があったの……」


 そのときテーブルの上に置いてあった水差しに弾が当たって破裂する。的中だ。


「それだ。番号わかる?」


「え、ええ、折り返しする時にメモしたものが、どこかにあったと思う」


 無駄話が無駄に終わらない事もある。


 キュアは僕と話しながら少しずつ本来の調子を取り戻していった。


「というか、今更な疑問だけど、ヘル・シミュレータの通信インフラ事情ってどうなってるの?」


「キャリアやインフラがあるわけじゃあないわ。創憎クリエイターの産物、カルマ由来の理屈抜きでつながる電話や無線がでまわ……ってアンノウン、今はそれどころじゃあないでしょう⁈」


 もちろん僕らが話しているあいだも銃撃は続いている。


 アサイラムの連中が診療所に入ってこないのは、人魚を警戒しているからだろう。


 キュアは、もう大丈夫そうだな。


「それじゃあ、僕が時間を稼ぐよ。バイクを置いておくから、ミイの番号を見つけたら乗って合図を待って」


「わ、わかったけど……あ、あの、アンノウン……わ、私……」


 一瞬、また恐怖で震えているのかと思ったら、少し様子が違う。


「うん?」


「……れないの……」


 頬を赤くしたキュアが、ぼそぼそと何か言っていた。


「なに? 銃声でよく聞こえないんだけど?」


「乗れないの! 私、バイクに乗ったことがないから、乗れないわ!」


 僕は戦場で転びかけた。一大決心して口にするような話ではないと思う。いや、彼女の中ではそういう類の話なのだろう。女心は難しいと、改めて思う。


「ああ、うん、それなら心配無用だ。プロパティ、ブルー」


 気を取り直して、僕はプロパティからバイクを出す。


『今度はなにやらかしたんですかマスター?(´∀`;)』


「失敬な、ちょっと片腕を切断しちゃったから、こちらのキュア・ハートフル医師に治療してもらったところ、アサイラムの団体様が僕らを包囲・銃撃してきているだけだよ」


『クソ平常運行!(ʘ言ʘ)』


「この不平不満の塊がブルー。生きたバイクだ。またがってハンドルを握ったら勝手に動いてくれるから。頼むよブルー?」


『よかった、マスターを乗せるより数倍マシな仕事です(´∀`)』


 持ち主を差し置いて、女性を乗せる方が良いと言っている。現金な奴め。まあ逆の立場なら僕もそう考えるだろうから、許してやろう。


 そんな無駄な事を考える僕の隣で、キュアはあわわあわわと口を開いたり閉じたりしていた。


「ば、ばい、バイクが、喋って……え? トー○スやカー○的な? 何? 夢? 私、もしかしてディ○ニーにいるの?」


 キュアは頭の中で、銃声と怒号をBGMにした前代未聞のエレクト○カルパレードに参加しているようだ。


 パレードはパレードでも軍事パレードならまだ近いと思うが、これがたとえ軍事パレードだとしても、もう少し静かにやるだろう。


 キュアは、銃弾が飛び交う非常事態に、ブルーという異質な存在が加わり、またキャパオーバーになりかけていた。


 彼女は理性的だが、それ故に深く考えすぎて、危ない状況や突飛な存在を受け止めるのに時間がかかるのだろう。


「ああ、わかったわ。おしゃべりクソサイコキラーの乗り物だからおしゃべりできるのね?」


 知的な美人が台無しだ。


「ほらキュア、しっかりして」


 デコピンで無理やり現実に連れ戻す。


「いたっ――――もう、何をするのよ!」


 全盛期の僕の筋力STRで本気のデコピンをやったら頭蓋骨にヒビが入りかねないから、かなり手加減はした。

 

「正気を失うのはまだ早いよ。これからもっとたくさん、信じられないことや正気を疑うようなことに付き合ってもらうんだから」


『このヒトはホントもう……(´∀`;)』


「で、でも、ここからどう逃げ切るつもり? 私たち、袋のネズミよ?」


「ネズミも追い詰められればネコを噛むさ。大丈夫、こういうのには慣れている。せいぜい派手に暴れてやるよ」


「言っておくけど《THWMNS》は屋内限定だからね? 外じゃあ使えないからね?」


「わかってるって。それと悪いんだけど、少しのあいだ診療所は閉めることになるよ?」


 僕はアイテムボックスからダイナマイトの束を取り出して見せた。


 昨日一日で在庫の補充はばっちりだ。


「もういい、わかった。毒を食らわば皿までよ、やって!」

 

 キュアはやけくそ気味に叫んだ。


「オーケー、それじゃあ頭の悪い連中の治療をはじめよう」


 僕は、導火線に火を付けた。

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