第28話 戦場のバイオリニスト

 包囲網と診療所の間に数珠じゅずつなぎのダイナマイト放り投げる。


 爆発を隠れみのにして、僕は診療所から打って出た。


 すぐさま銃撃の応報を受ける。


 銃弾が頬を掠め、大小無数の傷を負うが、支点を利用して致命傷だけは避けた。


 すると突然、近くの地面から鉄の鎖がうじゃうじゃ湧き出る。カルマだ。


 その鎖は独りでに動き、僕の足を絡めとろうとする。


 それをバク転でかわし、命を揺らしてくる不安定さの源――鎖のカルマのキャリアーと思われる人影に向けてナイフの刃を発射した。


「ぎゃっ!」


 肩に刃が刺さり悲鳴を上げるキャリアーをワイヤーで引っ張り、僕の前に引きずり出す。その頭を掴み、首の骨をへし折った。


 続く銃弾とカルマの波状攻撃は、ちょうどできた肉の盾を使い強行突破した。


 すぐにグチャグチャになった盾を放棄し、射手たちに接近しようとしたら人影が立ち塞がる。


「正解だ。生半なキャリアーに僕の足止めは務まらない」


 軽口で挑発すると、バイオリニストは重苦しげに嘆息する。


「化け物め……」


「誉め言葉として受け取っておくよ」


 僕はいつの間にか彼の中で狂人から化け物に昇格したようだ。もしかしたら降格かもしれない。


「地獄の秩序のために、貴様は生かしておけない」


「地獄みたいな秩序のために生きるなんて、気が知れないな」


 会うのが2回目だからか、少し会話してくれるようになった。


 この調子で会う回数を重ねて親密度を上げていけば、いろいろ打ち明けてくれるようになるのかもしれない。これはなんのゲームだ?


 そうやって無駄なことを考えているあいだも、戦闘は継続中だ。


「銃が当たらねえ!」

「クソ、なんなんだ! なんなんだアイツ?!」

「知らねえのかよ、アレがおしゃクソキぶべっ――」

「それ広めないでよ」


 一人始末してから、銃弾と見えない弦を転がって避ける。


 それから駐車スペースにある街灯の頭に刃を射出し、ワイヤーを巻き取る勢いで跳躍した。


 街灯を掴み、鉄棒の要領で身体を持ち上げ、その上に立つ。


 敵の人数と位置をおおよそ把握し、両手で握ったナイフで狙撃。


 ワイヤーを巻き取ると、2つの死体たてが釣れた。


 それを持って軽自動車のボンネットに着地。


 そのままバイオリニストに再接近する。


《リーベスグルース》


 バイオリニストの体から殺気が解放された。


 腰から高い位置の全方位に死の線が描かれて、僕が持っていた盾が細切れになった。


 血と肉と臓物の煙幕に紛れて、僕はバイオリニストに斬りかかる。


 弦に遮られるが、想定内。


 僕の目的は弦のマーキングだ。見えなかった弦の動きが、今は血霧ちぎりの揺らめきではっきりわかる。


 バイオリニストというくらいだから弦の数は4本と予想していたが、実際は6本だった。確かに、低音域用に6本の弦を持つバイオリンもある。そもそも、まだ全力を出していないかもしれない。やはりカルマに先入観を持つのは危険だ。


 ひとまず回避しやすくなったので、僕はより大胆に、攻撃に転じる。


 もうバイオリニストの弦は、僕の命の支えを揺らさない。


 そのカルマは、フリーウェイ・キラーや人魚のような爆発的な怖さと不安定さがない反面、キャリアー自身が安定している。


 堅牢堅固けんろうけんご。バイオリニストは攻防で安定したキャリアーだ。


 よほど油断してくれるか、うまく虚を突くかしないと、バイオリニストの守りは崩せない。


 しかし、僕がバイオリニストを殺せないように、バイオリニストも僕を殺せない。


 それならと、バイオリニストには固執せず、縦横無尽に動き回りながら、一人、また一人、彼を援護するヒトを片付けていった。


 特に『おしゃクソキラー』というワードを口にした人間は優先的に倒す。あまり広めてほしくない。


 一流キャリアーと援護射撃にはそれなりに手こずったが、そろそろ網にバイクを通すくらいの穴があきそうだ。


「頃合いか……」


 僕は新しいダイナマイトを取り出して、この状況をもっと不安定にできる場所に放り投げた。


「今だキュア‼」


 するとキュアがブルーに乗って診療所から飛び出す。


 殺人鬼とバイクと、時々、ダイナマイト。


「今度は三択だ、さあどうする?」


《フィアウントゥツヴァンツィヒ・カプリチェン》


 バイオリニストは迷わなかった。


 そしてやはり、まだ余力を残していた。


 バイオリニストを中心に大量の弦が生み出され、それらは渦を巻くような複雑な軌道を描きながら僕を攻め立てる。防ぎきれない。


 一瞬で体のいたるところに生傷が追加され、男前魅力1が台無しになる。


 僕は、とにかく受けたら不味い弦だけを感覚的に捉え、ナイフでさばいていった。


 先日の反省を活かして、最初から僕に火力を集中している。


 傷だらけの僕は、戦えば戦うほど出血を強いられていく。


 以前と立場が逆転した形だ。


 だけどおかげでブルーたちは包囲網を抜けられた。


 まだ、僕の命は揺らぎきっていない。


「いま君を仕留めるのは諦めるよ」


 現時点の目標は、僕らが生きてこの包囲網を脱出する事だ。


 そのために打てる手は打っている。


 作戦は、肉を切らせて網を断つ。


 肉は、僕と僕の一張羅いっちょうら


 網は、バイオリニストの弦と、バイオリニストの援護に回っている射撃手たちだ。


「誘爆するぞ!」

「うわあああああああ‼」

「退避、退避ーっ‼」


 先ほど投げたダイナマイトの先には、タンクローリーが停めてあった。


 次の瞬間、大爆発が起こる。


 その光と音と熱はすさまじく、まるで地上に太陽が生まれたようだ。


 それには、さすがの殺し屋部隊No.2もたじろぐ。


 援護のヒトたちも爆発の影響で散り散りになっていた。


 弦の動きが緩慢になり、援護射撃がまばらになった隙に、僕はナイフの刃を射出した。


 背の高い街路樹の枝にワイヤーを括り付け、巻き取りながら飛び跳ねて一気に包囲網を抜け出した。


「アンノウン! 逃げるな、戦え!」


「君も一度逃げただろう? これでおあいこだ。またね」


 先に行って待っていたブルーに乗り、その場を後にした。

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