第29話 私にいい考えがある!
ファンの囲みから抜け出した僕らは、小休止を挟み、周囲を警戒しながら、ソドムを移動していった。
「まだ死んでもらったら困るわ。大したことはできないけど……」
小休止中、キュアが僕の傷を手当してくれた。
ボロボロだった服もツケで直してもらった。
おかげでかなりツケが貯まっている。それでも、彼女のカルマの便利さを考えれば使わない手はなかった。
一度殺されかけたが、僕にはもうこの殺人女医が救いの女神にしか見えなかった。あるいは、僕の目がおかしくなっているだけかもしれない。
そうこうしている内に、あるいは走行している内に、僕らはソドム外縁にある環状道路の高架下に到達した。
あらかじめ集合場所は決めていたのだ。
そこには対照的な2人が待っている。
思い人を待つように、長いまつ毛を伏せ背筋を伸ばして佇む女性は、美の巨匠が手掛けた彫刻のようだ。
一方、高架の太い脚を背もたれに使いながら気だるげに煙草をくゆらせる男性は、スロットの外れ台で全財産を溶かして明日からどう生きていくか考えるヒトの姿に酷似している。
どちらもヒトの一面。その清濁を併せ吞んでこそ、人生は
「陽動がうまくいったみたいで良かったよ。首尾は?」
そう質問すると、ジーン君は煙草をくわえたまま無言で3枚の板を取り出して見せた。
ヘル・シミュレータで流通している携帯電話だ。
その見た目と大きさは、Li○ht ○honeに近い。
「また派手にやったみてぇだな」
ジーン君は呆れ半分、驚き半分という様子で目を細めていた。
『マスターと走る度、生きた心地がしません(>_<)』
「スリリングで退屈しないだろう?」
僕がそう言うと、ブルーは声を荒げた。
『マスターの場合は退屈するくらいがちょうどいいんですよ!(>_<)』
「てめぇも苦労してんだな……頑張れよ」
『わーん! ボクチンに優しい言葉をかけてくれるのはジーンさんだけですー‼。゚(゚இωஇ゚)゚。』
「強く生きろ……いや、そもそもてめぇ、生きてんのか?」
『それバイク差別ですよ?(#゜Д゜)』
「初めて聞く種類の差別なんだが?」
ジーン君が戸惑っていた。
『SDGsです! 多様性の尊重です! バイクにも人並みの権利を! だいたい地獄のヒトは――ヽ(`Д´#)ノ』
云々かんぬん、バイクと爆弾魔が話していると、ウルウが僕に近づいてきた。
「アンノウン様……その方は?」
ウルウの視線は、最初からずっと僕の後ろに座るキュアに釘付けだった。
女悪魔から普段感じない圧を感じる。死地に放り出されたときに似た、不安定さだ。
僕は一つ咳払いしてから、みんなに経緯を説明した。もちろん、キュアの個人的事情には配慮し、だ。
「――というわけで、キュアには一時的に仲間に加わってもらう」
「ファーストネームで……そういうことが聞きたいのではありません。失礼します」
ウルウは、僕の腰に添えられていたキュアの手をとり、腰からキュアの太股の上に移動させた。
「あら」
「私はウルウ。アンノウン様の女です」
「ふーん……そういうこと?」
「僕のアイテムボックスに名前が登録されている悪魔の女性だ」
間違ってはいないんだけど、ウルウの言い方だと誤解を招く。まだ男女の関係になったつもりはない。
「私は別に、2番でもいいわよ?」
キュアは斜に構え、意味深に髪をかき上げてみせた。
「さっき会ったばかりの良く知りもしない男に、そんなことを言っちゃあダメだよ」
だいたい君、同性愛者だろう? とはさすがに口にしなかった。
「吊り橋効果には懐疑的なスタンスだったけれど、少し考えを改めるわ」
キュアはどこか楽しげだった。絶対、からかってきている。
「キュアさん、いえ、キュアと呼ばせてもらいましょう。キュア、そこから降りてください」
「それは難しいわ。さっきアンノウンといっぱい運動したから、足腰が立たないの。もう少しここで休ませてちょうだい? 何の運動かは……わかるわよね?」
「もちろんわかっています。英雄色を好むと言いますし、アンノウン様の器量ならば、会ってすぐ体を許したくなってしまっても仕方のない話でしょう」
「わかってないから、魅力1だから、仕方のある話だから」
「ふふふ、あなたたち面白いわ……本気になりそうよ?」
「わざと言っているだろう?」
「問題ないわ。私、両方いけるから」
そう耳元で囁かれ、思わず閉口してしまう。
新事実に驚いた事もあるが、僕の配慮が無駄になった事を無念に感じていた。
「アンノウン様、大丈夫です。全部、わかっていますから……3人じゃないとできないことも、ありますよね? 私は問題ありません」
ウルウは菩薩のような顔で微笑む。とんでもない悟りを啓いてないかい?
「ですが、譲れないこともあります。とりあえずキュア、まずはそこから降りなさい。立てないなら私が支えます」
「うーん、どうしましょうねー」
降りる降りないで揉めはじめた2人は、もう無視する事にした。
監視が手薄と思われるソドムの外縁を選んでいるが、これもマリー・ミイに見られていたらと思うと、笑えない。
僕はジーン君に話しかけた。
「話を戻すけど、デザイア・フロントの場所は、キュアが知っているから良いとして、マリー・ミイの《アラクノフォビア》を攻略しないと、僕らの動きは筒抜けだ」
「ソドム全域を一人で監視しているチーターなんだろ? この大都市で一人の人間を手がかりもなしに、どうやって探す? 結局、振り出しに戻っただけじゃねぇか」
「ミイの手がかりも手に入れた。これさ」
ちぎられたメモ用紙を取り出してみせる。
そこには電話番号が書かれてある。
「これでミイと連絡が取れるはずだ」
「それはいいが、電波で通信しているかも怪しいカルマで創られた電話だ。現実みたいに、GPSや通信記録から居場所を特定するなんてできねぇぞ?」
「わかってるさ。それに現実でも、ちゃんとした専門家と設備が揃わないと、電話から正確な位置を逆探知するなんて、そうそうできないよ」
電話から相手の位置を逆探知するには、電話交換機や基地局にある通信機器に自動的に保存される通話記録や発信元情報を、何らかの方法で手に入れなければいけない。
携帯電話の場合は基地局から大まかな位置しか特定できない上に、飛ばし携帯などの抜け道もある。
「考えがあるんだ。ジーン君、ちょっと実験させてよ」
僕が微笑むと、ジーン君はいつも嫌そうな顔をする。
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