第18話 守ろう!地獄の交通ルール

 僕はビルの表通りに出て、ブルーと合流した。


 遠くにいかないように釘を刺していたが、逃げていたり、ビルと一緒に潰れていないか、僕なりに心配していたのだ。


「殊勝な心掛けだねブルー、無事で良かったよ」


 服にかかった粉塵を払いながらブルーにまたがる。

 

『軽く死にかけたんですけど! ビルから離れるのがあと一歩遅かったら死んでましたけど!(#`Д´)ノ』


「ふふふ……一歩って……歩けないのに面白いこと言うね?」


『ああ、新しいマスターは、本当にヤバいヒトなんだ……(; ̄Д ̄)』


「よせやい、照れるだろ」


『怖い……人間怖い……·(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥)』


 すでに車体は傷だらけだが、僕のおふざけが純粋なバイクの心まで傷つけてしまったようだ。


 愛車を慰めるという有史以来前例のない事に挑戦しつつアサイラムのビルから遠ざかろうとしたとき、違和感を覚える。


『どうしました(・_・)?』


「空気が変わった……」


 殺意だ。


 大気が一瞬で殺意のベールに包まれ、その場所が異空間になったような錯覚すら覚える。


 早くここから離れろと、僕の感覚が全力で警鐘を鳴らしていた。


 道路に集まった野次馬は、倒れたビルに注目していて気付いていない。


「いるな……同類ウジ虫が」


 ここは大殺界だいさっかいのど真ん中だ。


 群衆の海の中、殺意の発生源が静かにうごめいている。


 何台かの車がクラクションを鳴らす音が木霊する。


 元は6車線の広い車道を、ビルの瓦礫と野次馬が塞ぎ、多くの車が立ち往生していた。


 ブルーの持ち主もそうだったが、地獄の交通マナーは場所相応。人をき殺しそうな剣幕でクラクションを連打している。殺意の発生源はあの車たちかもしれない。


「まあ、あれだけ大量に野次馬がいたら、本当にき殺すような真似をする馬鹿は――」

「きゃああああああああっ!」

「暴走してるぞっ!」

「――いたね」


 僕はまだヘル・シミュレータ 地獄 を甘く見ていたのかもしれない。


「どこ見て運転してひぎゃあっ‼」

「ふざけんなクソがあヒギっ――‼」

「アサイラムの連中は何やってんだ⁉︎ 奴らのシマだろ!」

「やめてこっちこなギャっっ――‼」


 1台の黒いワンボックスカーが、人を跳ねながら直進していた。


「こっちに来る?」


 勘違いではなく、ワンボックスカーは僕らの方に向かってきていた。


 僕はブルーを発進させ、すれすれでワンボックスカーを回避する。


 避ける瞬間、運転席をチラ見して、僕は疑問を覚えた。


「なんだ?」


 ハンドルを握る壮年の男性は無表情。そこに殺意や不安定さは感じられなかった。


 僕らを通り過ぎたワンボックスカーは、すぐ後ろにあった大きなビルの瓦礫に衝突して止まる。


「薬でもやっていたのかな?」


 交通マナーの問題ではない気がした。


「嘘だろまだぎゃあああああ――!」


 再び悲鳴が上がる。


 今度は軽トラック、セダン、オープンカーが、3台揃って暴走していた。


 目を凝らして運転手を確認すると、やはり無表情。本人の意志が少しも感じられない。


 そして3台共、僕の方に向かってくる。


 ここまでくるとマナーの問題ではないと嫌でもわかる。


 空間に満ちる殺意とも符合する。


「また刺客か、今度は何のカルマだろう?」


 激しい擦過音に振り返ると、さきほどやり過ごしたワンボックスカーも復活して僕らの方に向き直っていた。


「向かってくる車からは何も感じないのに、いろんなところから不安定さを感じる……これ、僕から見ても結構ヤバいやつかも……」


 さっきのビルのキャリアーもそうだったが、一日も経たないうちにアサイラムは僕を対策しつつある。


 直接戦闘から、より陰湿な方法に切り替えてきた。


「アサイラムの殺し屋部隊は恥ずかしがり屋さんが多いみたいだけど、みんな優秀だね」

 

 ブルーを操り、逃げ惑う人々に混じって4台の追跡車から遠ざかる。


る気にはる気で応えてあげたいな。ブルーはどう思う?」


『いや、普通に逃げましょうよ……相手はミドル級以上のキャリアーだと思いますよ?(ー ー;)』


「ミドル級? ああ、なんかジーン君が言ってたな……」


『ドライバーを操っているならヒトに干渉する自哀ナルシシズム、車を操っているならそれを生み出せる創憎クリエイターです。という現実にない物を創憎クリエイターで生み出すのも、他人を操れる自哀ナルシシズムも、ミドル級やヘビー級の領分です。どちらにせよ、他のものを支配して戦わせ、キャリアー本人が表に出て来ないなら、近接戦メインのマスターは不利ですよ?(><)』


 説明が長かったから聞き流していた部分を、ブルーが改めて説明してくれる。


「物知りだねブルー。知識量でバイクに負けるなんて、ヒトの沽券こけんに関わりそうだ」


『何すっとぼけたこと言ってるんですか……仕掛けてきたということは、勝利条件が整ったに違いありません。真面目に相手したら馬鹿をみますよ┐(´-`)┌』


「うーん……なら、やろっかな……」


『なんでそうなるのー!(><)』


「僕も馬鹿だから、同じ馬鹿が好きなんだ。それにどうせこのキャリアーもアサイラムの刺客だろう? ヒトを轢き殺しても何も思わない同類だ。それが強力なキャリアーなら、後顧の憂いにもなる。その命と憂い、両方ここで断つ」


 マフラーを吹かし、フルスロットルで車輪が回りだす。


「まずは、シャイなあの子を見つけるところからだね」


 ウィリー気味になりながらブルーのスピードを上げた。


『あれ、戦うんじゃないんですか?(・_・)?』


「戦うよ。これは逃げるふりさ、駆け引きだよ」


『はあ……まあ、結果的に逃げるんですよね?(ー ー;)』


「そうとも言う。男の尻で悪いけど、さあ追っておいで~」


 バイクを蛇行運転させる。


『マスターってヤバいヒトですけど、無駄口が多いのが玉にきずですよね……(ー ー;)』


 ぼやくバイクを横倒し、カーブを曲がり、蒸気機関車の線路を一時停止せずに走り抜ける。


 ちなみに、踏切前での一時停止の義務を明記した道路交通法を採用した国は日本と韓国だけだ。それに、ソドムにまともな道路交通法があるとは思えない。


 制限速度を気にせず風をきるようにバイクを走らせる。


 4台が後ろから追いかけてきていると思ったら、ブルーのテールランプに誘われるように追跡車の数が増えていた。


 5、10、30……もう数えきれない。


「あれだけの数を操れるのか、さっきのゾンビもだけど、キャリアーのレベルを上げてきたな」


 後方は追跡車で埋め尽くされている。


 僕の近くを通った車が、軒並み追いかけっこに参加してきていた。


 カルマで車を支配し、運転手ごと攻撃手段に転嫁。


 発動条件、効果範囲、罰は不明、キャリアーの姿は影も形もない。


 ゾンビや薄緑色のキャリアーと同じ厄介なカルマだが、こちらは更に規模がでかい。


『チーターかもしれませんね(ー ー;)』


「哺乳綱食肉目ネコ科チーター属の?」


『違います。動物博士ですか?ヾ ( ̄皿 ̄メ) 』


博覧強記はくらんきょうきの殺人鬼と呼んでくれ」


『呼びにくいので嫌です。マスター、さっきからずっとテキトーなこと言ってません?( ̄ー ̄;)』


 バレた。


『はぁ……ヘビー級のカルマを連発して死なない罰を科されたキャリアーをチーターと呼ぶんです(`・ω・´)』


「チートじゃん。あ、だからチーターか」


 いつの間にか自動車の数がイナゴの群れと見間違うレベルになっている。


 手ごろなところでバイクを捨てて建物に避難するのも手だが、キャリアーとカルマの攻略法が見えてこない現状、時間稼ぎが唯一やれることだ。


 それに、下手な建物に避難したら、車両爆弾のような使い方で建物ごと粉砕されかねない。


 戦いはするが、万が一の時のための退路は確保しておきたい。


『あ、ボクチンのこと見捨てないでくださいよマスター。゚(゚இωஇ゚)゚。』


 僕の内心を読んだように、そんなことを言ってくる。妙にさといバイクだ。


「心にもないこと言わないでよ……僕は君の仇だよ?」


『こうなればもう呉越同舟ごえつどうしゅうですよ! いま見捨てられたらボクチン確実に死んじゃいますよ!。゚(゚இωஇ゚)゚。』


 僕らが止まって白旗を上げても、追跡車は止まってくれないだろう。


 先ほどの惨劇が繰り返される未来しか見えない。


「機械のくせに命が惜しいんだ……面白いバイクだ、気に入った。死ぬまで使ってあげるよブルー」


『それも嫌だーーーー‼ヽ(`Д´*)ノ』


 可愛い奴め。


 僕はだんだん愛着がわいてきたバイクのスピードを緩めず、思いっきり車体を傾ける。


 膝を路面に擦るようにして急カーブを曲がり切った。


 坂道を登っていく。


 ここから先はソドム都市環状道路ハイウェイだ。

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