第3話 おいでませ罪の都

 どうやら僕は、現実世界では物理的に死んでいるらしい。

 

 死んだショックのせいか、なんなのかはわからないが、多くの記憶が欠落している。


 それでも忘れていない事が一つあった。


 僕という人間は、一般的な道徳心や価値観を持ち合わせていない真性のクソ野郎だ。


 地獄に堕ちるヒトをまとめたリストには、絶対名前が載っていると思っていた。


 そのとおり、僕は地獄に堕ちた。


 ただ、この地獄はさまざまな宗教で語られるものとは、かなり毛色が違う。


 重犯罪者管理システム、ヘル・シミュレータ。


 人工地獄。

 電子監獄。

 仮想蟲毒。


 呼び方はなんでもいいが、死刑すら不等とみなされた犯罪者は肉体を処分され、仮想空間で刑期を過ごすのだ。


 戦争やパンデミックで全世界が疲弊し、犯罪者のために使うお金も時間も労力も惜しいと開発されたシステムが、コレである。


 悪い冗談のような終身刑に処された気持ちは……まあまあ愉快。


 ヒトをヒトとも思わない命を弄ぶような行為がまかり通るのだから世も末だと思うが、重犯罪者にはおあつらえ向きかもしれない。


 きっと僕らは、命を弄ばれて然るべき罪を犯したのだろう。


 それはいったいどんな罪だろう? 教えてドストエフスキー先生。


「ジーン君、ここであってる?」


「ぐぇっ……あ、あってます、こ、ここです」


 並んで歩く僕らを客観視すると『ボコボコのならず者を縄で縛って連行する冴えない青年』だ。


 普通ならとんでもなく目立つが、不思議と馴染んでいた。


 それもそのはず、まわりにはボンテージ姿の美女をかしずかせるモヒカン男、全裸で歩道に寝そべった浮浪者、街路に吊るされた死体に群がる三本足のカラス等々、似たり寄ったりの光景が広がっていた。


 ヘル・シミュレータのヒトは全員犯罪者であり、受刑者だ。


 諸兄姉は僕らの奇態に一瞥もくれず、街路を行き交っている。


 なるほど彼ら彼女らも地獄に墜ちた罪人に違いない。


 僕はひとしきり街を眺めたあと、ため息をこぼした。


「ここがあの有名なか」


 ヒトは多い。


 その多さたるや……何とも言えない諧謔かいぎゃく的な気持ちになる。


 ヘル・シミュレータ同様、天国と呼ばれるような場所があるとして、天国そこ地獄ここ、果たしてどちらが賑わっているだろうか?


 ヒト、ヒト、ヒト、罪人でごった返している。汚いタイムズスクエアだ。


 それくらい地獄の三丁目は盛況で、異様な熱気と悪意が充満していた。


「いま死ね! すぐ死ね! ほら死ね! はやく、ほら、死ねよぉ! なんで死んでくれねぇんだよぉっ!」


「このクソ××××! テメぇのクソ×××をクソ××××してクソ×××××ってやろうか‼」


「あのグズ、もっと上手く使い潰しなさい。何年飼ってやったと思ってるの?」


「いっっ! いってぇよぉぉぉぉぉぉ! こいつ、俺の小指、食っちまいやがった!」


「お兄さん、どうですか? 私と一晩――――はッ? っザケンな! お高くとまってんじゃねぇぞ租チ×野郎!」


「あ、肝臓。おで、おでの、肝臓、いる? いらない?」


 まるで狂騒曲だ。


 リリックは罵詈雑言ばりぞうごん

 メロディーは阿鼻叫喚あびきょうかん


 全員、いい具合に頭のネジが外れている。


 倫理観ゼロのヒトが暮らす街の姿は、住人同様に混沌そのもの。


 古風な石造の建築物の横に、一面ガラス張りの前衛的なビルがあり、遠くから蒸気機関車の汽笛の音が聞こえてきたかと思えば、ドゥ○ティのモ○スターがマフラーをふかしながら走り去っていく。


 その様相は、世紀末芸術で描かれる絵画よりも絢爛けんらんで醜悪。


 文明レベルの異なる建物や乗り物は、すべてカルマで生み出されているそうだ。


創憎クリエイターのカルマは重宝される……あ、されます」


 露店に並ぶ携帯ゲーム機と民芸品とバイ×レーター――この店は何のお店だ――を眺めていた僕に、ジーン君が教えてくれた。


 創憎というのは、カルマの分類の一つだ。


 特定の条件を満たすと、何らかの物品を生み出せる。


 そのほか死全ネイチャー自哀ナルシシズム痕沌ケイオスというカルマの分類が存在し、その作用や影響範囲によって更に細かく系統分けできると、ジーン君は説明したが、専門用語が多くなってきたあたりから聞き流した。


 カルマはヒトの数だけある。


 しかし、カテゴライズされているという事は、大多数のヒトの罪は似通るのだろう。


 僕らは類を以て集まった罪人だ。


 誰も彼も救いがたい。

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