第38話 二人は幸せなキスをして御仕舞
『奴隷と車輪のアサイラム』解体は、大きなニュースになった。
これにより、ソドムの街を支配していたパワーバランスは奇麗さっぱりなくなり、混乱に乗じて名をあげようとする様々な勢力が台頭し、罪の都はただいま絶賛乱世中だ。
二大マフィアが戦争をはじめようとしているなんて噂もあるが、僕は蚊帳の外にいる。
「アンノウン!」
突然ドアを開けて姿を現したのはムラタだ。
僕はその場にいたが、ムラタに僕の姿は見えていない。
不安定さを感じたので、ウルウにお願いして事前に姿を消していた。
「ジーン! あのボケクソカス代表代理はどこいった?」
散々な言われようだ。
これでも一応、アサイラム残党の代表代理なんだけど……やはり前代表のボスと比べると魅力不足は否めない。ゴスロリじゃないとダメなのか?
「あんたが来るのを察して、ウルウと消えた」
ジーン君が革張りの椅子に座り、組んだ脚を机にのせて、煙草を吹かしながらムラタに答えた。
「んだと⁈」
「たぶん、いま部屋を出ようとしてるとこじゃねぇか?」
いい勘してる。付き合いが長いだけはある。
「アンノウン! おめーのサインがいる書類が何枚あると思ってんだ!」
「もう遅ぇよ」
怒声を背に、そろそろと階段を上がった。
ビルの屋上に出たら、まず《プラン9》を使った。
ナイフを取り出して素振りする。
緩急をつけて移動、突き、回転蹴り、低い姿勢から
一通り我流の型をなぞったあと、ナイフをペン回しの要領で指から指へ移動させながら、眼下の街並みを眺める。
ボス亡き後、アサイラムは解体したが、なくなってはいなかった。
腐っても元三大マフィア。
未だにソドムの各所に影響力を残しており、殺し屋部隊も健在だ。
僕は、勝手にボスから指名されて、アサイラム残党の代表代理に収まっている。
アサイラム構成員のほとんどが仇敵の僕を恨んでいたため、多くの離反を招いたが、一番反対しそうなボスの忠臣のムラタが、僕を代表代理に推挙した。
ボスほどではないが、ムラタも人望のあるアサイラムの幹部だ。
彼の手腕でアサイラムは空中分解しきらず、組織としての体裁を保っていた。僕よりもよほど代表代理に向いていると思う。
面倒な肩書いらないから、僕は何度もムラタに譲ろうとしたが、「ボスが言ったとおり地獄を見てもらうぞアンノウン、おめーがアサイラム残党の代表代理だ」と首を縦に振ってくれなかった。
それだけムラタにとってボスの言葉は重たいのだろう。
悪い面もあれば良い面もある。
いま僕が居るのは、残党がいくつか所有するビルの屋上だ。
僕は晴れて指名手配犯ではなくなった。
代表代理のあれこれがあり、離反者たちに命を狙わているが、《アラクノフォビア》の監視がなくなっただけでおつりがくる。
自然豊かな野盗団のアジトも悪くなかったが、大都会の淀んだ空気も悪くない。その空気を肺いっぱいに吸い込んでから、振り返る。
「千客万来だ」
屋上の入口に、黒ずくめの男が影のように立っていた。
「ボスが何と言おうと俺はお前を代表代理とは認めていない」
しわがれ声の男――バイオリニストが僕を睨む。
「認めてもらわなくても結構。ムラタは『ボスの遺言に従う』の一点張り。話を聞いてくれなくて僕も困っているんだ。なんなら、君に代表代理の座を譲ろうか?」
「俺と戦え、アンノウン」
「君も話を聞かない奴だな……」
ヘル・シミュレータで長生きしているヒトは唯我独尊的なところがある。マイペースというかなんというか……自我が強くないとやっていけない世界なのだろう。もちろん自分の事は棚に上げている。
「戦うのは良いけど、手加減はしないよ?」
僕はナイフを取り出して軽く振る。
「望むところだ」
「騙し討ち、不意打ち、何でもありでいこう。後で『卑怯だ!』とか、ごねないでよ?」
「当たり前だ。始めるぞ!」
「まあ、もう終わっているんだけど」
「は?」
《プラン9》
僕はこの屋上に来てすぐに命を脅かすような不安定さを感じていたから、屋上の扉付近で運動がてらカルマを使用していた。
その《出口》に向かって、今作った《入口》から掌底を差し込む。
掌底は、バイオリニストの顎にクリーンヒットする。
彼は脳震盪を起こして気を失った。
「代表代理に未練はないけど、君と正面からやり合うと服がボロボロになるから嫌なんだよ。まあ、勝ちは勝ちだから」
《プラン9》ほど暗殺向きのカルマはないと思う。
罰のせいで致命傷が与えづらい点を除けば完璧だ。できなくはないが、《聖人衝動》の『+』がどこまで増えるかわからないところが怖い。
あまり『+』を加算されると、正義のヒーローみたいに助けが必要なヒトを探し回る羽目になるから、カルマを使った殺人には慎重にならざるを得なかった。
今も状態異常 《聖人衝動》+1が加わり、バイオリニストを殺せない。
今更いいヒトぶる気はないが、とりあえず厄介事を無難に凌げたから良しとする。
僕は屋上に捨ててあった電源コードを持ってきて、バイオリニストの腕と足を縛り上げ、階段から蹴落とす。彼なら鍛えているから死にはしないだろう。
「きゃっ⁉」
階下から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
手すりから覗き込むと、バインダーを持った白衣のキュアが、バイオリニストの頬を叩いていた。
「ちょうどよかった、バイオリニストの介抱、お願いしてもいい?」
「やっぱりアンノウン……あなた、じっとしていられないの? 前世はマグロか何か?」
「格好付かないから、せめてサメにしてくれない?」
「ジンベエザメやホオジロザメはそうだけど、ナースシャークやブルヘッドシャークは止まっていても呼吸ができるから、一括りにサメを止まったら窒息死する魚というのは乱暴よ」
「……驚いたな、魚に詳しいんだねキュア」
「詳しくもなるわ。相棒が彼女だから」
そう言うキュアに、いつの間にか現れた人魚が寄り添う。
「ついでだから今言っておくわ。アンノウン、いろいろとありがとう」
キュアが頭を下げる。
僕は面食らった。
「アサイラムは根絶できなかったし、いつの間にか代表代理にされちゃうし、キュアの希望は全部叶えられなかったよ。むしろ申し訳ないくらいなんだけど?」
「それでも区切りは付いたわ」
それに、とキュアが意地悪気に唇の端をつり上げた。
「アンノウンがトップになったんだから、滅んだも同然でしょう?」
「違いない」
僕はキュアに微笑みかけながら、ずっと気になっていたことを質問してみようと思った。
「
キュアは少しだけ目を見開いた。
それから自分の心に問いかけるようにゆっくりとまぶたを閉じた。
やがて、まぶたと口を開く。
「いいえ…………けど、いいの。罪も罰も、背負って生きていくわ」
寄り添う人魚の頬を撫でてから、気丈に笑ってみせる。
「そうか、それもいいね。じゃあ、そろそろ僕は行くよ」
少し不安定になってきた。
長話をしていたらムラタに見つかるかもしれない。バイオリニストも目を覚ましそうだ。
「アンノウン」
去ろうとする僕の背にキュアが声をかけた。
「私、本気になったわ」
「どういう意味?」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアンノウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!」
ゆっくり話をしている暇はなさそうだ。
「まずい。キュア、またね」
「ええ、また」
僕は屋上に出て鉄柵を乗り越える。
ナイフの刃を射出し、ソドムの空へ。
地上は騒がしい。
「はぁ……死んでくれって、あれだけ頼んだよな、俺? なんでノコノコ姿を現して、俺の前で息してるんだてめぇ? はやく止めろその臭ぇ息をよぉっ!」
「このクソ×××のクソ×××のクソ××××するクソ××××クソのクソの××××××! テメぇの××××××クソ×××をクソ××××してクソ××××のクソが××××クソ×××××××××××××ってやろうか‼クソが!」
「上手く使い潰せとは言ったけれど、人間やめろとは言ってないわよ……なんなの? この名状しがたいものは……?」
「小指が生えてきた。2本も……」
「ちょっとお兄さん、今晩私とどう? ――――はッ? っザケンな! 誰がタダでやらせるかイ○ポ野郎!」
「肝臓は品切れ……あとは、どこが売れるかな?」
『加速逝ってみっか、早速言ってみっか? 言うほど? いつもの? カルマァァァァァァランキィィィィィィィィィィィィィィィィィィング!!』
大怪獣の破壊の爪痕は地獄の三丁目にも及んでいたが、住人たちはもういつもの調子を取り戻していた。
着地した僕は、その浮ついた空気を心地よく思いながら歩き出す。
すると、プロパティからウルウが出てきた。
「どうかした、ウルウ?」
「アンノウン様、先ほどの件、よもや、私よりも先に
いきなり古めかしい口調で詰め寄って来た。威圧感が凄い。
「考えすぎだよ。どうせいつもの冗談だろう?」
「
ウルウは眉間を揉んでいた。
「ちょうどいいや。君と話がしたいと思っていたんだ。付き合ってよウルウ」
「それはつまりデートのお誘いですか? デートのお誘いですね?」
「うん。ダメかな?」
そう聞くと、ウルウは握りしめた拳を天に向かって高々と振り上げた。
「それは……遠回しなNO?」
「違います! すみません。少し我を忘れました。はい、嫌ではないです。もちろん、はい、デート、しましょう、デート!」
「そう? じゃあ、行こうか」
「はい!」
元気よく返事してから、ウルウは僕の腕に腕を絡ませてきた。
地獄巡りと
ヘル・シミュレータに堕ちた初日とは打って変わり、とても華やいでいる。
途中、ウルウの見目麗しさに釣られて難癖をつけてきた男たちを(僕から)救い、聖人衝動を解除した。
一通り大都会を堪能したあと、ナイトツーリングに出る。
『
「ええ、とてもいい気分よ、こんなに素敵な一日はないわ」
風に銀色の髪をなびかせながら、
白い花が群生する道に差し掛かると、僕はバイクを止めた。
「少し歩こうか?」
「はい」
月光の下、ウルウと腕を組んで無垢の道を散策する。
甘い香りが漂う白い海原は、どこまでもどこまでも続いてた。
僕はウルウを引き寄せ、その細い顎に指を添える。
「アンノウン様……」
ウルウが目を閉じる。
2人は幸せなキスをして終わり――――、
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