第26話 佐倉乙女の真実

 ライン通話で佐倉に連絡を取った飯田は、スピーカーをオンにして、宇佐美の枕元に自分のスマホを置いた。


 その隣に、相沢はICレコーダーを置いて、「うん」と深くうなづく。

 単なる事故なのか、それともやはり事件性があるのかを検証して、警察に通報しよう、と言うのが相沢の意見だ。


 相沢のうなづきを合図に、三人は病室を出て行った。


「佐倉さん。昨日はごめんね。あの後、ちょっとした事故に遭ってしまって、連絡途切れちゃって」


「飯田君から聞いたわ。宇佐美君があの後、線路に転落って……。心臓が止まるかと思った」


 佐倉の声は震えていて、まるで何かに怯えているようだ。


「ごめんごめん、心配かけちゃって。全然平気なんだけど、記憶がところどころ抜け落ちちゃってて、佐倉さんから返信もらってたのかどうかもわかんなくてさ。俺のケータイ壊れちゃって」


「そうだったの? 宇佐美君が無事でよかった。返信はね、明日、会えない? って送っただけよ」


「そっか。明日って事は今日だよね? 今、入院してて検査が終われば退院できるんだけど、今は動けないんだよね」


「うん。ゆっくり休んで。私の事は気にしないで」


「いや、そういうわけにはいかないよ。何があったの? 力になるから話してみてよ」


「うん……。でも」


「あ、安心して。今、ここには俺だけだから。みんな席外してもらってる」


「そう……」


 佐倉は少し間を置いて、震える声で話し始めた。


「斉賀君が事故に遭う一週間ぐらい前の事なんだけど」


 華絵によると、二人が言い争いのような事をしていたと言っていた件だ。


「この頃、なんだか彼の態度がおかしくて」


「おかしいっていうのは? 具体的にどんな風に?」


「素っ気ないっていうか、いちいち細かい事につっかかって来て、優しくなくなったっていうか……。前はあんなんじゃなかったのに……」


「そっか」


「それで、浮気してるんじゃないかと思って、彼のスマホをずっと気にしてたの。スクリーンが明るくなるたびに、チェックしてたのね。もちろんロックがかかってるから中身は見えないんだけど。かなり頻繁に、誰かからのメッセージを気にしていて」


「女?」


「それが、よくわからないの」


「あの日、ちょうど、彼がスマホを触っている最中に、インターフォンが鳴ったの。それで、玄関の所のモニターに、斉賀君が確認に行ったのね。その時、ロックが解除された状態でスマホがベッドに置きっぱなしだったの」


「うん。それで?」


「ちょうどその時、なんだかよくわからない、怪しげなSNSからのダイレクトメッセージの通知が入って」


「怪しげなSNS?」


「そう、見た事ないインターフェイスだった。確かイレーストレース」


「イレーストレース? なにそれ?」


「わからない。そこのメッセージが見えちゃって」


「で、なんて? なんて書いてあったの?」


「佐倉乙女を駆逐する準備はできた、って」


「え? 佐倉さんを、駆逐? なんだそれ?」


「彼が部屋に戻って来て、駆逐ってなに? って聞いたら、すごい剣幕で怒って、怒鳴られて、突き飛ばされた。人のケータイ勝手にみてんじゃねーって。まるで別人だった」


「他に、斉賀は何か言ってなかったの?」


「お前、フォロワー増やすために、自分の裸の画ぞうばら撒いたりしてるんだろうって」


「え? それは……」


「してないわ! そんな事までして、フォロワー増やしたいなんて思わないもの。でも、斉賀君は聞き入れてくれなくて。きっと私の方がティックトックの再生とかフォロワーが多いのが気にくわないのかなと思って、それから、SNSは全部更新をやめたの」


「そうだったのか。誰かが斉賀にデマを吹き込んだのかも知れないな」


「私、誰かに殺されるのかもって。怖くて、いつもビクビクしながら過ごしてたんだけど、斉賀君が死んじゃって……」


 佐倉は嗚咽し始めた。


「それ、警察には?」


「言ってない」

 涙にぬれた声で、佐倉はそう答えた。


「俺に、出来る事ある?」


「……ううん。いいの。誰かに話したかったの。警察の事情聴取があった日の朝、飯田君に聞いたわ。ミステリー研究部で斉賀君の死の真相を探ってるって。飯田君には、恋人を亡くした可哀そうな女の子に映っているみたいだけど、悲しみよりも恐怖でいっぱいで。次は私が殺されるんじゃないかって……」


「そうだよな。部活、出ておいでよ。君も一応ミス研部だろ。俺たちはいつでも歓迎するよ。ってかもう、仲間だと思ってるからな!」


「ありがとう。宇佐美君に話したら、なんだかすっきりした」


「お盆明けになるけど、合宿やるんだ。水木先生の実家だけどさ。参加するだろ? 参加費用は米三号だ!」


「んふふ。楽しそう。宇佐美君、大変な時に話聞いてくれてありがとう」


「全然! じゃあ、絶対合宿来いよな! 期待して待ってるから」


「うん! ありがとう」


「うん。じゃあ」


 そう言って、通話を終了したところで、乱雑に空いた病室のドアから三人がなだれ込んで来た。

 絶対、盗み聞きしてたな。

 壁に耳を当てて聞いてたな。


「どうだった?」

 最初に口を開いたのは零子だ。


「ほい」


 宇佐美は相沢がセットしたICレコーダーを零子に差し出した。


 それに群がる飢えた子羊たち。


「これ、どうやって再生するの?」

 零子がICレコーダーをこねくり回す。


「あ、あのさー、イレーストレースっていうSNS知ってる?」


 宇佐美は、飯田に訊ねた。


「イレーストレース!」


「知ってるのか?」


「はい。使った事はありませんが一応知ってます。イレースは消す。トレースは痕跡。送信者が時間を設定すれば、その時間が経過した時、送ったメッセージは自動的に消えてしまうという仕組みになってるんです。証拠を残したくない秘密の関係の人達が主に利用しているようですが」


「イケナイ関係か?」


「ええ、まぁ」


 それで、斉賀は頻繁にメッセージを確認する必要があったってわけか。


 メッセージの相手は……フタバしかいない。


 いや、しかし。


 フタバは斉賀に、交換殺人を持ちかけたはずだ。

 斉賀が殺したい相手に選んだのが佐倉だったとしたら、なぜ、双葉は佐倉ではなく、斉賀を殺した?

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