第12話 疑惑の女
学園の最寄り駅である月ノ影駅から、ことぶき新町駅まではおよそ15分足らず。
同じ制服の学生が、この車両を埋め尽くすのは極めて異例だ。
目的地はみな同じ。
ことぶき新町駅からほど近い、ことぶき会館。
そこで、クラスメイト斉賀恵斗の通夜が執り行われる。
車窓から差し込む夕日が、車内をセピア色に染めている。
宇佐美は、人生で一度だけ身内のお別れの義に参加した事がある。
子供の頃から可愛がってくれた祖父の葬儀だ。確か、小学3年の頃だった。
訃報を聞いた時は悲しくて泣きじゃくったが、棺桶の中で眠る祖父を見た時は、不思議と涙が出なかった。
何もかもが無だった。
祖父の亡骸からは、痛みも苦しみも感じない。会いに行けばいつもこの上なく喜んでくれた祖父は目を閉じたまま、何の感情も見せずに、宇佐美の前にただ存在していた。
今ならばわかる。あれが安らかに眠るという事なのだと。
斉賀は、死ぬ瞬間、何を思っただろうか?
生前の苦悩や死の瞬間の痛みや恐怖から解放されて、今、安らかに目を閉じて眠っているのだろうか。
「今日、やっぱり佐倉さん来なかったわね」
座席に座る零子が顎先をつまみながら、そんな事を呟いた。
「昨日、ずいぶん具合悪そうでしたから」
宇佐美の隣でつり革を持つ飯田が夕陽に目を細めた。
「通夜にも来ないかな?」
「学校休んでるわけだし、来ない可能性の方が高いでしょ」
プライベートで殆ど接点のない佐倉乙女の気持ちはおろか、今どうしているのかという状況すら
宙に浮遊する靄。
掴んだとて、手のひらにわずかに付着した水蒸気では、何の情報も得る事はできない。
「連絡先とか聞いてないのかよ?」
零子に訊ねると、短く首を横に振る。
「入部届、渡したけどまだもらってないから。ねこ娘に聞けばわかるかもしれないわね」
「女子のグループラインとかはないんですか?」
「あるにはあるけど、私、入ってないから」
「入ってないの? お前はぶられてんの?」
「そんなんじゃないわよ。しょうもない話ばっかりで、通知が鬱陶しいから抜けたのよ」
「その中に佐倉さんはいましたか?」
「うん、いたよ。ティックトックの更新のお知らせしたりしてた。それにイヤっていうほどイイネスタンプが付くわけ。鬱陶しいでしょ」
宇佐美は飯田と目を合わせて、固まった。
心の声が共鳴し合う。
(怖え~~~~)
辺りを見渡すと、他の生徒はそれぞれ出来上がったグループの者同士でおしゃべりに夢中だ。
今の零子の発言は、誰にも聞かれていないようで、宇佐美は胸を撫でおろす。
『次は、ことぶき新町~。ことぶき新町駅です。お降り口は――』
車内アナウンスで、同じ制服を着た乗客たちがうごめき出す。
会館までは徒歩で約10分といった所。国道沿いをまっすぐにひたすら歩けば到着する。地図アプリなど必要ないほどまっすぐな一本道だし、行先は皆同じだから、流れに乗って歩けば、間違えなどない。
いつの間にか、厳かな雰囲気を醸し出す葬儀場に到着していた。
立派な筆文字で書かれてある斉賀の名前を確認して、エントランスをくぐる。
署名をするために、受付に出来ている列に並んだ。
開け放たれている扉の向こうが通夜の会場のようだ。
既にたくさんの人がその場を埋め尽くしていて、斉賀本人の人気や両親の人脈を見せつけられる。
「宇佐美、あれ」
零子は宇佐美の袖を引っ張って、控えめに人さし指を目線と同じ方向に向けた。
指が示す方向には、会場の入り口付近で、今にも泣き崩れそうな斉賀華絵の姿があった。
ハンカチで目頭を押さえながら、来る人に会釈している。
「ここにいるって事は、釈放されたのね。って事はやはり華絵は犯人じゃないって事かしら。いや、証拠不十分でしばらく泳がされてるだけかも?」
「あのさ、零子。今、その話やめないか? さすがに不謹慎だぞ」
今、宇佐美の目に映っているのは、大切な人を失って、純粋に悲しみに暮れている女性の姿だ。
それ以上でも以下でもない。
「わかったわよ」
零子は少しふくれっ面を見せたが、素直に宇佐美の袖から手を離した。
「おお! 零子」
黒い礼服に身を包んだ、恰幅のいい中年の男が零子に向かって手招きをしている。黒々と艶を帯びる髪。
手入れの行き届いた口髭。
清潔感はあるが、どことなく堅気ではない雰囲気を醸し出している。
誰だろう?
「あ! パパー!」
零子が嬉しそうに手を振った。
父親?
零子に声をかける前、父親が話をしていた人物もこちらに振り向いた。
同じような黒い礼服に、茶色く染めた髪はどこか無理をしている印象。
やたら老けて見えるのは、疲れてやつれた顔をしているせいだろうか。腫れぼったい目はデフォルトなのか、泣きはらした跡か。
斉賀の身内?
零子の父親は、複雑そうな表情を湛えながら、こちらに歩いてくる。
それに倣って、茶髪のおじさんもこちらにやって来た。
零子の父親は、茶髪のおじさんに向かってこう言った。
「斉賀さん、紹介します。娘の零子です」
斉賀? 斉賀恵斗の父親か。
零子は斉賀の父親らしき人物に丁寧に頭を下げた。
「父がお世話になっております」
「どうも。恵斗の父です。今日はわざわざ皆さんで来てくれてありがとう」
そう言って、血走っている目頭を抑えた。
宇佐美と飯田も、斉賀の父親に向かって深々と頭を下げた。
「とても不幸な事故でね。息子の体は損傷が激しくて、顔をお見せする事はできないんだけど、どうか側に行って、お別れをしてやってください」
そう言って、苦しそうに体を曲げた。
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