第8話 完璧なアリバイ
放課後。
学校の最寄り駅である月ノ影駅から電車を乗り継いで、およそ1時間。
目的の平城駅の改札を抜けた三人は、まっすぐとブルームカフェに向かった。
拘りぬいた事が伺える外観は、都会的でそつがなく、選ばれし者だけが入る資格があるかのように、堂々と構えている。
黒っぽい外壁には木の枠がはめ込まれ、入口には樽を半分に割ったようなプランターが置いてあり、色取り取りの花が形よく植えられている。
「すげぇ。初めて来たけど、高そうじゃね?」
宇佐美は、先頭にいる相沢の腕を引いた。
「やっぱり、何もオーダーしないというわけにはいかないでしょうね?」
飯田も店の外観を眺めながらそんな言葉をこぼす。
「当たり前でしょ。私たち、警察でもなんでもないんだから。客としてドリンクを注文して、その時にさりげなく店員さんに訊ねるしかないじゃない」
「アイスコーヒーだけなら、500円ぐらいで済みますよね?」
飯田は、尻ポケットから財布を取り出し、中身を確認する。
「だよな。アイスコーヒーなら高くても700円、いや600円ぐらいのもんだよな」
恐々、扉を開けたのは宇佐美。
カランコロンと爽やかなドアベルが響き、「いらっしゃいませ」と、茶色いエプロンの男性店員が、こちらに歩いて来た。
「あれ? えーたじゃん。どうしたの?」
若い男性店員は驚いた様子で宇佐美を見た。
「あ! 正平くん! なんで? え?」
「俺、ここでバイトしてるんだよ」
「えー、マジ? ちょうどよかったー」
カランコロンと追いかけるようにドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
正平君は急に店員の顔になって、後から入って来たお客を待ちあいの椅子に促した。
「少々お待ちくださいませ」
糸島正平。
3つ上の兄の友達である。
よく家に遊びに来ていたし、小学校の時は、サッカーで同じクラブチームに所属していた。しばらくぶりの対面だが、すっかり大人になっている事に驚く。
濃い茶色に染めた髪はゆるくウェーブがかかっていて、耳にはシルバーの四角いピアスが嵌まっていた。
「じゃあ。ご案内します」
少し照れたように、宇佐美たち一行に会釈をして、窓際の席に案内してくれた。
先に奥の椅子に腰かけた宇佐美の対面に、飯田が座った。
零子は、当たり前のように宇佐美の隣の席に腰を下ろした。
この配置でいいのか? などと考えている余裕はない。
テーブルに置かれているメニューを早速手に取り、ぎょっとする。
「アイスコーヒー、950円!? たっか」
一番安いメニューがそれだった。
「うちの店、高校生にはちょっと高いけど、従業員の友達は半額にしてくれるんだ。友達って言っておくよ」
そう言いながら、おしぼりを各々の前に丁寧に置いた。
「マジで? めっちゃ助かる。ありがとう、正平君」
「その代わり、行儀よくしとけよ。騒いだらつまみ出すからな」
そう言って、口の端を上げる。
「当たり前だよ。もうガキじゃないんだ。大丈夫だよ」
「ふふ。じゃあ、お冷持って来るから、オーダー決めといて」
そう言って、カウンタ―の方へと消えた。
「さすが、顔広いわね」
零子が目を丸くする。
「う~ん。広いのかな? たまたまだよ」
とはいえ、小学1年から6年まで所属していたサッカーチームは、全学年合わせて常に150人ほどが在籍していた。
卒団しては新学年が入団してくるわけだ。
学年関係なく、その殆どと仲良くしていた宇佐美は、割とどこに行っても知った顔に遭遇する。
友達にだけは事欠かない人生だ。
「さて、何頼む? 半額って事は、マック並みじゃね?」
「せっかくだから、なんか飲んだ事ないようなの頼もうかしら」
「ぼ、僕は、アイスコーヒーでいいです」
飯田はそう言いながら、神経質そうにおしぼりで手を拭う。
「そ、そっか。アイスコーヒーも色々あるな。ブルームブレンド、キリマン、マンデリン……」
「ブレンドで」
「私はー、ピーチティにしよ! ピーチが丸ごと入ってるんだって、すごくない?」
いつになくテンションが上がっている零子を見て、宇佐美は思う。やっぱり女の子だな。
「えっと俺は……アイス抹茶ラテ」
全員の注文が決まった所で、計ったように正平君が水を運んで来た。
「ご注文はお決まりですか?」と、ちゃんと客扱いしてくれる。少しくすぐったい。
各々、決めたメニューを伝えると「かしこまりました」と気取り気味のセリフを吐いて、オーダー票に書き込んでいる。
「ねぇ、今よ。佐倉さんの事。聞いて」
零子が宇佐美の脇腹をつつきながら耳打ちした。
「うん。わかってる。俺に任せろ」
零子を落ち着かせるように両手の腹を見せる。
「あのさ、正平君。ちょっと聞きたい事があるんだよね? 仕事中、悪いんだけど」
「ああ、なんだよ。今は割とゆっくりだから、かまわんよ」
「今週の日曜日なんだけど、正平君、バイトだった?」
「ああ、バイトだったよ。午後からだけど」
宇佐美はポケットからスマホを取り出し、佐倉のティックトックのページをにアクセスした。
「この子、この店に来てたと思うんだけど?」
正平君はスマホを覗き込んで、すぐにこう言った。
「ああ、来てたよ。って言うか、それさっき警察にも同じ事聞かれたぞ」
「え? 本当?」
「ああ、どういう捜査なのかまでは教えてくれなかったけど。何があったの?」
「いや。それはちょっと。でも確かに彼女は日曜日、ここに来てたんだね?」
「ああ、5時ちょっと前かな。あの奥の席に座ってた。店内の防犯カメラにも映ってたみたいで、オーナーが警察にそれを見せたと思うよ」
「なるほど。アリバイ成立か」
「アリバイ? なんだよ、それ?」
少し呆れた顔でクスリと笑う。
「いや、なんでもない。なんか変わった様子とかなかった。彼女一人だけだった?」
「ああ、一人だった。けど、もう一人連れが来る予定だったはずだけど、連れは現れなかったんだよ。ずっと一人でかわいそうだなって思ってた」
「なるほど。ありがとう正平君」
「おお、あんまり余計な事に首突っ込むなよ」
「はは。わかってる」
他の席に呼ばれた正平君は、少し早足で去って行った。
テーブルの上で気まずい視線が交錯する。
「いや、俺はさぁ、別に佐倉さんが怪しいとか、思ってなかったからな」
「いや、怪しいよ」
声のトーンを落としてそう言ったのは零子。
「何が怪しいんだよ?」
「アリバイが完璧すぎる」
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