第7話 アリバイ

「保健室!! 俺が付き添います!」

 コミュ力モンスターと、二つ名を持つ宇佐美でも、コミュ英は苦手だ。いい口実ができた。

 勢いよく手を挙げた横で、同時に手を挙げた男がいる。


「僕が保健室に連れて行きましょう」

 音楽以外は評定4以上の飯田である。


「いやいや、俺が!」


「いえ、僕が」


「私が行くわ」

 立ち上がり、有無を言わせず佐倉に駆け寄った人物。

 相沢零子。


「じゃあ、相沢さん。お願いするわ」

 女の子の急な体調不良はデリケートな事情による事が多い。

 ここは、女子の出番か。

 がっかりを隠しながら、どさくさに紛れて椅子に腰かけた。

 零子はふらつく佐倉の背中を優しく支え、教室を出て行った。


「はい、それでは授業を続けます」


 このどさくさで、教師は宇佐美と飯田の事を忘れてくれたらしく、授業は再開された。


「佐倉さんの前で、斉賀君の話はやめた方がいいかもしれませんね」

 声をひそめた飯田が宇佐美に耳打ちする。


「え? でも、それじゃあミス研部の活動の意味ないじゃん」


「そんな事はありません。不審な事故や自殺はそこら中に溢れています。せめて、佐倉さんが部活に参加している時は、斉賀君の話はやめましょう」


「まぁ、そうだな。そうしようか」


「今日は、佐倉さん部活参加できるでしょうか?」


「どうだろう。随分、顔色悪かったよな。せっかく入部してもらったけど、あの様子だと早く家に帰って休んだ方がよさそうだけどな」


「佐倉さんの事情聴取の内容は聞きましたか?」


「うん。聞いた。まず日曜日の午後5時から6時の間なんだけど――」


「そこーーーー!!!! 宇佐美君、飯田君!! 何度言わせるの? 私語はやめなさい! 私の授業、バカにしてるの?」

 ヒステリックな教師の声が飛んできた。


「「ひっ! は、いえ! すいませんでした!」」



 結局この日、3限目が始まる前に、佐倉乙女は早退した。

 真珠のように輝く高級車がエントランスに停まったのは、11時頃。運転席から降りて来た、恰幅のいいスーツ姿の男は佐倉の父親だ。

 左腕のゴールドの時計は、2階の窓からでもわかるほど高級そうだった。

 零子はその様子を宇佐美の机の上に腰かけたまま見下ろして、「ふん」と鼻を鳴らした。


 ここ、月ノ影学園は、私立の経済大学の付属高校だ。

 学費なんかは一般の私立高校並みではあるが、国立大学への進学率がやたらと高いため、県内では人気の学園の一つである。

 敷地外ではあるが、付属の中等部もあり、半分ほどの生徒が中等部からエスカレーターに乗って入学した生徒だ。


 高等部は付属中学から持ち上がった生徒と、高校から受験して入学した生徒が同じクラスに混在する。

 宇佐美、飯田、零子は高校から入学した部類で、佐倉、斉賀は中学からの持ち上がり組である。

 言葉にはいい表せない、複雑なカーストが出来上がり、優越感と劣等感が入り乱れ、人間関係に異様な陰を落とすのは必然。

 零子が佐倉に冷たい態度を取るのは、そういう事情からだろうと、宇佐美は察している。

 とは言え、零子の家だって裕福な部類だろう。父親は同族会社とはいえ、会社役員だ。

 零子だって、それなりに華々しい将来が約束されているだろう。


 宇佐美は典型的な滑り止め組で、第一志望を高望みし過ぎて受験落ち。第二志望のこの学園に入学した。

 父親は歯科医で、細々とではあるが、地元でクリニックを経営している。生活にはなんの不安も不満もない。


 不思議なのは、飯田だ。

 この学園の偏差値は、57程度である。

 飯田ならもっと上の高校を狙えたはずなのに、なぜこの学園を選んだのか?

 割と自由な校風が魅力的な学園ではあるが、飯田がそれを望んだとも思えない。

 聞くところによれば、専願での受験だったそうだ。


「なんだか、臭うわね」

 零子は机の上から、佐倉乙女が車の後部座席に乗る姿を見下ろしながら、ねばっこい口調でそう言った。


「え? 俺、昨日ちゃんと風呂入ったぞ。今朝なんかシャワーも浴びてきた。汗ばむ季節だからな。飯田、お前、朝シャンしてきたか?」


「もちろんです。朝シャンは男の身だしなみです」


「バカね。あんた達じゃないわよ。佐倉さんよ」


 そう言って、窓の方に向かって顎を突き出す。


「は? どういう意味だよ?」


「おかしいと思わない? あの取り乱し方は異常よ」


「そういえば、保健室に行く時の様子はどうだったんだよ?」


「うーん。なんて言えばいいんだろう。授業中だったから通路に学生はほとんどいなかったんだけど、それでもなんだかキョロキョロしていて、何かに怯えている様子だった」


「怯えてる? なんで? 何に?」


「さぁね。それはわからないけど、例えば」


「例えば?」


「彼女は斉賀君の死に関係してる、とか。何か重要な秘密を握っている、とか?」


「まさか」


「だって、警察は多分、あのことぶき新町駅を見張っていたはずよ。そこで見かけたゲロ飯と佐倉乙女に目を付けた。警察は恐らく防犯カメラ映像も見てるでしょ? 関係がありそうな生徒に絞って、事情を聴きに来たのよ。その証拠にこのクラスで事情聴取を受けたのは二人だけだった」


「警察の初動調査もあんまり当てにならないけどな」


「けど、根拠なく動かないわよ。警察はそんなに暇じゃないんだから。あの日、彼女は本当に平城駅前のブルームカフェにいたのかしら?」


「それは――」


「確認する価値はあるわよね?」


「変わった様子はなかったか、なんていうのも現場で聞き込みしてみないとわからないしな。今日のミス研部の活動内容、決まりだな」


 やる気満々の宇佐美と零子に対して、飯田は眉根を寄せていた。


「仲間の秘密を暴くような事はしたくありませんが、僕は彼女の無実の証明と、平穏のために活動に参加します」


「よし! 決まりだな」

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