第6話 事情聴取

 佐倉が警察の事情聴取を終え、教室に戻って来たのは、ちょうど朝のホームルームが終わった時だった。

 同時に教室の内線電話が鳴り、水木が対応した。

「わかりました。すぐに行かせます」

 受話器を置いてすぐに、水木の視線は宇佐美の隣に座っている飯田を捉えた。


「飯田君、職員室に行ってくれるかしら。警察の方があなたに事情を聴きたいそうよ」


「え?! 僕、ですか?」


 戸惑いを見せる飯田。

 興奮と困惑が入り混じった表情で、徐に立ち上がる。

「来た!!! 頑張って来いよ、飯田」

 そう声をかけると、飯田は宇佐美の目を見つめて力強くうなづいた。


 教室を出て行く飯田の後ろ姿を見送り、宇佐美は佐倉の元へ行く。もちろん事情聴取の内容を訊くためだ。

 宇佐美に続いて零子も着いて来た。


「佐倉さん。どうだった? 何聴かれたの?」


 彼女の顔色はすこぶる悪く、さすがに痛々しい。ハンカチを口元に当てたまま、重々しく声を振り絞った。


「アリバイっていうのかな。主に……。今週の日曜日、午後5時から6時の間、どこで何をしていたかって」


「それで? どこで、何してたの?」


「私、あの日、実は斉賀君と会う約束していて、待ち合わせをしていたの。場所は平城駅前のブルームカフェ。そこににいたの」

 平城は、高校生にはちょっと敷居のお高い店が多いおしゃれな街だ。駅周辺もビルに囲まれていて充実している。


「平城? 地元の駅じゃなくて、どうして平城?」

 零子が不満そうに訊ねた。


「よくわからない。思い出の場所だからかな?」


「思い出の場所?」


「私たち、別れる予定だったの。だから、彼は思い出の場所である平城駅前のブルームカフェを選んだのかなと思ってた」


「訊いていいのかわからないんだけど、なんで別れる事になってたの?」


 佐倉は、色の悪くなっている顔を、更に具合悪く歪めて俯いた。


「ごめん。それは、言いたくない」


「わかった。ごめん」

 飯田がいたら、またデリカシーがないって怒られる案件だった。


「アリバイを調べてると言う事は、少なからず警察も他殺をうたがってるって事かしら?」

 零子は腕組みして視線を宇佐美の方に上げた。


「警察はほぼ事故、または自殺とみているらしいの。他殺という線は、ほぼないって言ってたわ。事故または自殺という線を確定するための確認のようだった」


「なるほど。消去法って事かな?」


「たぶん、そんな感じ。彼が自殺するような動機に心当たりはないかって」


「で、なんて答えたの?」

 零子が訊いた。


「わからない、って答えたわ」


「そのブルームカフェには、どんな思い出があるの?」

 この質問は、いいだろう、別に。


「1年の夏休みにね、彼に告白された場所よ。一緒に映画を観に行って、その帰り。そして、私たちは付き合う事になった」


 楽しい思い出のはずなのに、斉賀の話をする佐倉は苦しそうで、込み上げる何かを必死で我慢している様子。

 全て吐き出してしまえば楽になる事だってあるはずなのに、佐倉は頑なに斉賀との別れの原因については口をつぐんだ。


 飯田が教室に戻って来たのは、一時限目のコミュニティ英語が始まって15分ほどが経った頃だった。つまり、授業真っただ中だ。


 飯田の席は、都合よく宇佐美の隣である。


「どうだった? 何訊かれた?」

 小声で話しかけると、教壇をチラチラ意識しながら声を潜めた。


 左斜め前に座っている零子がこちらを振り返って、恨めしそうな顔を見せる。

 早く聞きたくてうずうずしているのだろう。


「先ず、刑事は二人です」


「バディってやつか」


「はい。ベテランと若くて経験の浅そうな刑事です。で、先ずはお決まりの日曜日の午後5時から6時の間のアリバイについて尋ねられました」


「なんて答えたの?」


「家で読書をしていた、と」


「それで?」


「それを証明できる人はいるか? と」


「うんうん。で?」


「いません。僕は家に一人だったので。祖父母は同級生たちとカラオケ大会に出かけていたので、家には僕一人です」


「それ、疑われちゃうヤツじゃね?」


「そうなんですよ。その間、誰かと連絡を取らなかったか、とか、インターネットを使ったりとか、誰かが家に訊ねてきたりとかは、どうかと」


「それで?」


「全く何もなく、一人で本を読んでいました。と答えました」


「やば!」


「それと、今朝、どうやら僕と佐倉さんは警察につけられていたようです」


「ええ? それ、本当? 気付かなかったの?」


「全く気づけませんでした。僕はいつもは電車を利用しません。それなのに、今日はなぜ電車に乗ったのか、と。それから、最寄り駅ではない一つ先の駅を利用したのはなぜだ、と」


「なんて答えたの?」


「クラスメイトが亡くなった現場に興味があったからです、と答えました」


「そしたら?」


「かなり疑ってる様子でした」


「まずいじゃん」


「そうなんですよ。しかし、紛れもなく濡れ衣なので、もう授業が始まっているので、もういいですか、と言って教室に戻ってきました。また、来るかもしれません」


「そこの二人ーーー!! 何こそこそ話してるの? 授業中ですよ。私語は謹んでください。飯田君、宇佐美君起立!」

 英語担当教諭の南田先生は、教育ママのようなシルバーフレームのメガネの縁を、揃えた指先できゅっと上げた。


 授業、全く聞いていなかった。

 

 うつむきながら、おずおずと立ち上がる宇佐美と飯田。


「What do you think about ~~。このセンテンスを使って二人で会話してください。はいスタート。宇佐美君からね、はいどうぞ」


「………ワッ、ドゥーユー、えーっと……」

 にわかにクスクスと笑い声が湧きだす。


 その時だった。


「先生! 佐倉さんが大変です!」

 悲鳴にも似た女子生徒の声で、教室の空気が一変した。

 宇佐美の視界は、胸を抑えて机にうずくまる佐倉を捉えていた。



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