第21話 覆面ユーチューバー

 次の日。

 外は相変わらずの酷暑。

 午前中とはいえ、正面から照り付ける太陽は、アスファルトごと体を焦がしに来る。


 宇佐美はことぶき駅前で、零子の登場を待っていた。

 昨日のグループチャットの進捗報告によると、零子自身も何かを掴んだらしい。

 上手く説明できないから、明日、会った時に話す、という事になったのだ。

 学校の旧校舎は改装が入るらしく、部室使用禁止のため、部活は中止。

 飾りと化していたスピーカーに命が吹き込まれるらしい。


 これから飯田の家に集合して、お互いの進捗を報告し合う事になっている。


 もっとも、飯田の方は、佐倉への接触に難航している様子だった。


 手にしたペットボトルのスポーツドリンクは既にぬるくなりかけている。


 約束の時間から30分が過ぎた頃。

 宇佐美の前に黒塗りのセダンが停まった。


「ごめんごめん。待った?」

 後部座席から、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔で、零子が降りてきた。


「ああ、30分も待ったよ。おせぇよ」

 涼し気な水色のワンピースをはためかせて、零子は舌を出した。


「ごめんごめん。道が混んでて」


「電車使えよ」


「やだー、暑いもん。パパが送ってくれるって言うから、車で送ってもらっちゃった」

 涼しい顔で、無邪気に笑う。


「やぁ、宇佐美君」

 助手席の窓が開き、運転席から相沢がにこやかに挨拶した。


「あ、どうも。こんにちは」


 相沢は、二度ほど浅くうなづき、少し表情を曇らせた。


「あまり、こういう事は言いたくないんだがね、余計な事に首を突っ込み過ぎない方がいい。人は知らない方が幸せな事だってあるんだ。誰かの秘密を暴くと言う事は、身の危険を覚悟しなくてはいけない。零子に言っても、なかなか聞き入れなくてね」


 現役調査員の言葉は重い。これまでの経験による懸念なのだろう。


「はい。わかってます。ご忠告、肝に銘じます」


「うん」


 相沢は更に表情を曇らせて、鈍くうなづくと右手をあげて、車を発車させた。


「飯田の家までは、道順わかるの?」


「あれ? お前、行った事なかった?」


「うん。初めて行く」

「大丈夫だよ。俺が覚えてるから」

 零子はうなづいて、宇佐美に並んだ。


「ねぇ、宇佐美。みーちょっていうインフルエンサー知ってる? 主にインスタで活動してたみたいなんだけど」


「みーちょ? 知らないな」


「パパから抜いた情報なんだけど、今年の1月から行方不明らしくて、家族から探して欲しいって依頼が入ってたのよ」


「抜いたって……。それ相沢さんにバレてるだろう」


「まぁ、今回は人探しの依頼だから、漏れても大した事ないのよ。私も聞かれたし。みーちょって知ってるか? って。そのみーちょってね、去年の12月に、バズと噂になった事があるの」


「噂って? いわゆる熱愛みたいなヤツか?」


「そうそう。けどね、それが大問題だったんだよ」


「おお! 早く続きを言えよ」


「みーちょってね、覆面ユーチューバーのミスターFの婚約者だったらしいの」


「ミスターF?」

 ミスターFとフタバM。なんとなくひっかる響き。


「知らない? 気味の悪い覆面被って、ボイチェンかけて喋るユーチューバー」


「ああ、見た事あるかも。もしかして、ミスターFがフタバの正体! とか?」


「あくまでも状況証拠だけどね。ミスターFのユーチューブのフォロワーは10万人に満たないわよね。そのフォロワーの殆どがバズと被ってるようなの」


「え? それだけ?」


「バカね! フォロワーが被ってるって事は、バズはミスターFの、ミスターFはバズの暴露の需要あるってことじゃない!」


「あーん? なるほど。つまり、お互いの暴露ネタは喉から手が出るほど欲しいって事か」


「そう。それに加えて、みーちょの二股」


「バズに婚約者を寝取られたってのが、バズを殺したい動機になるって言いたいの?」


「それも考えられるんだけど、いくらなんでも、それだけで、こんなに手の込んだ事件起こすかしら? みーちょも行方不明になってるのが気にかかるのよね」


「もしかして、既に……。それって警察は動いてないの?」


「みーちょは22歳。いくら女性とはいえ、成人済みの大人の行方不明はよっぽどの事件性がなければ事件にはなりにくくて、警察の動きも緩慢だ、ってパパが言ってた」


「そうなのか。それで探偵の出番か。生きててくれたらいいけど、ミスターFとフタバが同一人物だとしたら、望みうすだな」


「けど、フタバはかなり慎重な性格よ。交換殺人を企てるような人間なんだから。直接自分で手は下さないと思うの」


「確かに」

 確かにそうだが、これ以上の関連は今の所見出す事はできない。

 宇佐美の思考は完全に行き詰っていた。


「ここだよ、飯田の家」

 築年数は古いが頑丈そうな大きな戸建てだ。この頃ではあまり見かけなくなった立派な瓦の屋根。

 広々とした庭には、離れ屋も備えてある。

 頑固そうな面構えの門扉。石柱に埋め込まれたインターフォンを押した。

 カメラのないスピーカーだけのインターフォンだ。


「はい」

 と応答した声は、飯田っぽいが、安っぽいスピーカーからの声では判断が付かない。


「宇佐美といいます。一星君いますか?」


「小学生みたい」

 と零子が笑う。


「はい、すぐ行きます」

 と応答した声で、飯田だと解った。


 ガチャっと玄関が開き、中からTシャツと短パン姿の飯田が出てきた。

 無表情で門の内鍵を外した。

 ギギギギーっと門を内側に引いて「どうぞ」と招き入れた。


「悪いな。大丈夫だった? 家の人は?」


「誰もいません。祖父母は法事で出かけていて、明日まで帰ってきませんよ」


「そっか。お邪魔します」


 玄関を入って、艶やかに磨かれている廊下を歩く。

 飯田の部屋は、廊下の奥の階段を上がって、二階にある。

 リビングや仏間の扉は開かれていて、家の空気を入れ替えていたようだ。


「へぇ、なんかすごいね。戸建てって憧れるわ」

 零子はキョロキョロしながら家中を見回している。


「あ、あれってもしかして、妹さん?」

 仏間に飾ってある、妹の写真に目を留めたようだ。


「はい、そうです」


「へぇ、見せてもらってもいい?」


 飯田は少し俯き、意味深に間を置いてこう言った。


「別にかまいませんよ」


 そろりそろりと仏間に足を踏み入れる零子に、宇佐美も続く。


「めっちゃ可愛いよな。大きくなったら美人になっただろうにな」

 宇佐美は精一杯の尊厳を込めて、そんな言葉を選び、飯田の気持ちを慮った。


「あれ? え? この子って」

 零子は、飯田の妹の写真の前で、青ざめた顔で立ちつくした。


「もしかして……あの事件の……小森美緒……ちゃん?」


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