第22話 友の秘密
「どうぞ」
飯田は神妙な顔で、お盆に乗せたカルピスをローテーブルに置いた。
ほどよく角の取れた氷がコロンと涼し気な音を立てる。
二階にある飯田の部屋は東向きで、窓からの強い日差しが、イ草の匂いを立たせている。
「ありがとう」
零子もいつになく控えめな態度で、カルピスの入ったグラスを持ち上げた。
零子は6年前。小学校入学前の女の子が、無残な殺され方をしたあの事件を覚えていたらしい。同じ女の子だし、衝撃的だったのだろう。しばらくの間、両親の過保護がエスカレートしたのだそう。
宇佐美は事件自体は覚えていたが、被害者の女の子の顔までは覚えていなかった。あの世間を騒がせた、女児スーツケース遺体遺棄事件の被害者が飯田の妹だったとは、露とも思わなかった。
「あのさ、飯田。俺たち、友達だよな。俺は少なくともそう思ってる」
飯田は俯いたまま、宇佐美の顔を見ない。
「お前、何隠してる?」
うつむいたまま無言を貫こうとする態度で、宇佐美は察していた。
「妹の事件と、月ノ影学園は関係あるのか?」
「え? 宇佐美、何言ってる?」
零子が宇佐美の顔を覗き込む。
「前からおかしいと思ってたんだ。飯田ならもっと偏差値の高い高校に行けたはずだろ? なんで月ノ影に入った? しかも専願で」
飯田は腿の上に置いた拳をぎゅっと握った。
それはまるで宇佐美の推測を肯定しているかのようだった。
おもむろに立ち上がり、押し入れの襖を開ける飯田。
襖の向こうの光景に、宇佐美と零子は絶句した。
「こ、これは?」
壁一面に貼られている、卒業アルバムを再現したような高校生の写真の数々。
その周囲には付箋がたくさん付いていて、細かい文字でびっしり何やら書かれている。
小さい引き出しをあけて、飯田が取り出したのは、小さなチャック付きのポリ袋。
それをこちらに差し出した。
「あの日妹が来ていた服は現場から10キロも離れた山中で見つかりました。スカートのポケットに入っていたそうです」
ポリ袋の中に入っているのは、校章のようだ。
見覚えのない校章である。
三日月を模したような土台に、柏商の文字。
「あ!! 柏木商業高校……」
「はい。5年前まで月ノ影学園は、柏木商業高校でしたよね。当時の月ノ影学園の校章です」
「犯人は当時の生徒の中にいるって事か?」
「いえ、そこまではまだ。何も掴めていないと言って差し支えない状態です。情けない……」
飯田は立ったまま肩を落とした。
「当時の生徒数は1年から3年まででおよそ2000人。僕はあの日からずっと妹を殺した犯人を捜していたんです。当時の生徒の顔は、道ですれ違っただけで名前が浮かぶほど、脳内にインプットされています。
しかし、2年に進級して、ミス研部に入ってからというもの、なんだか忙しくて、犯人捜しを忘れる日もありました。
宇佐美君、友達だと言ってくれて嬉しかったです。友達なんて作る気なかったから」
「ばかやろ! 当たり前じゃんか! 仲間だろ」
「うちは、母親も自殺してるんです。あの事件が家族をバラバラにしました。僕はあの日から味覚を失いました」
「もしかして、それで、あんな風になんでもかんでもトッピングするのか?」
「どうせ、味なんてわからないのだから、効率だけを考えて食事をするようになりました。季節の移ろいに、想いを馳せる事もなくなって……。復讐だけが僕を突き動かしてるんです」
「復讐……? って。、もしかして、犯人を捜し出して……?」
「この手で切り刻んでやります」
「飯田……」
その修羅のような表情に、宇佐美は底知れぬ不安を感じた。
「この校章って、犯人の物なのかしら?」
零子はポリ袋ごと、中身をまじまじと見つめた。
「警察の話によると、その校章から出て来たのは、妹の指紋だけだったそうです。持ち主を特定できなかったため、遺品としてこちらが受け取る事になりました。妹の服のポケットに入っていたわけですし。
どこかで拾った物なのかもしれませんし、もしかしたら犯人の手がかりとして、妹がポケットに入れたのかも。僕は後者だと信じてるんです。これは美緒からのメッセージのような気がしてならないんですよ。
美緒が、早く犯人を捕まえてって言ってるような気がして――」
「今の所、他に手がかりは?」
「それが、さほどなくて。当時から先生たちの顔触れも大きく入れ替わっているんです。当時、この学校に在籍していた先生の一人が水木先生だと言う事がわかりました」
「それで、夏合宿で科捜研のお兄さんをリクエストしたのか?」
「はい。まだ質問する項目は決めてませんが――」
「あのさ、もし、飯田がイヤじゃなかったら、この事件の事を合宿の時に話してみない? ネコ娘がもしかしたら何か知ってるかも知れないじゃない?」
「校章って、当時在学してる生徒だけが持ってるわけじゃないよな。それ以前の卒業生だって持っているわけだ」
「なるほど。それもそうですね。過去の卒業アルバムなら学校の資料室で見れますよね」
「資料室なら夏休み中でも入れるわよね」
という経緯で、宇佐美たちは学校に来ている。
資料室は新校舎のエントランスを入ってすぐ右にある。
二階へ上がる階段の向こう。
ガラスケースには運動部の戦利品であるトロフィーや盾が、これ見よがしに飾ってある。
資料室には、誰もいなかった。
「ちょうどよかったな」
宇佐美はスマホを片手に、卒業アルバムが展示してある場所へとまっすぐに向かう。
それに続く飯田と零子。
「2017以降は、飯田が全部確認済みなんだよな。という事は、とりあえず2016年以降を写真に収めていこうぜ。俺、2016年やるわ」
「じゃあ、私は2015年いくわ」
「じゃあ、僕は2014年」
「怪しまれないようにサクサクやるぞ」
「了解!」
詳細を見るのは後で。
今はとりあえず、カメラに収めて行く。
と、決めたのだが、宇佐美の視界に無視できない文字と顔が飛び込んで来た。
【松浦双葉】
3年B組。
伸びっ放しの前髪は目元を隠していて、卒アル撮影で、よくこんな写真が許されたなと思う。
わずかな違和感は、苗字部分に修正テープが貼られている事だ。つまり、苗字部分は後で書き換えられている。
「おい! ちょっと来て!!」
「なになに?」
と宇佐美の両側から手元を覗き込む飯田と零子。
「これって……」
「松浦?」
「フタバ?」
「フタバ……エム」
「シールが貼ってありますね。それって剥がせますか?」
「剥がせそうだよな」
宇佐美は深爪気味の人さし指で、シールの端っこをコリコリと引っかいてみた。
そこへ――
「あらあら、夏休みだっていうのに随分熱心ね。こんな所で部活動?」
開けっ放しだったドアの外に立つのは、水木しげ子。
「あっ、せっ、先生」
「ねぇ、ネコ娘。この松浦双葉って生徒、知ってる?」
零子は淡々と、水木にそう訊ねた。
「松浦双葉? さぁ? 受け持った生徒にはそんな子いなかったけど。松浦双葉がどうかしたの?」
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