第23話 じゃあな!
双葉という名前は珍しい。
これは偶然か、それともビンゴなのか。
柏木商業高校の卒業生なら、斉賀の事を知っているのも合点がいく。
「シールはさぁ、いわゆる親が離婚とか、再婚とか、そういう感じなんじゃないの? 苗字変わって修正したんでしょ」
零子は涼しい顔でペットボトルのレモンスカッシュを口元で傾けた。
宇佐美たちは、再び飯田の家に来ている。
コンビニで買って来たおにぎりや唐揚げを、レジ袋から取り出しながら飯田がこう言った。
「水木先生の態度が、どうも怪しいような気がしたんですが、どう思いますか?」
「なんかわかる! 言いたい事はわかるよ。考えようともせずに、写真をちら見しただけで知らないとか。なんか不自然だったよな。訳ありの生徒なのかも」
「調べる価値はあるわね。とりあえずフルネームはわかっているわけだし」
当然、そのつもりだ。
宇佐美はスマホで既に何度も「松浦双葉」を検索している。
「全然ヒットしねぇな」
「あのさ、いい考えがあるの」
そう言ってこちらに身を乗り出す零子。
「なんだよ。いい考えって」
「直接、本人に探りを入れる」
「はぁ? どうやって?」
「futaba_Mは、ティックトックにアカウントがあるじゃない。DMを送ってみようよ。松浦双葉君ですか? って。高校時代の同級生を装ってさ」
「面白そう」
宇佐美は早速、手にしているスマホでテッィクトックの画面を開いた。
検索窓に打ち込む。
【futaba_M】
ユーザーがヒットした。
スマホに収めた卒アルを見ながら、適当な名前を探す。
「青山優斗で行こう。地味そうだし、双葉は覚えてない可能性あるけど」
悪ふざけに近かった。
どうやって嵌めてやろうかとワクワクしていた。
【yu_toA2017】という、なんともそれらしいアカウントを作って、早速双葉のダイレクトメッセージにアクセスした。
『間違ってたらごめんなさい。松浦双葉君ですか? 僕は柏商で同じクラスだった青山優斗です。覚えてますか?』
送信。
返信はすぐに来た。
『青山優斗?(笑)』
『覚えててくれた? 懐かしいね。今、どこにいるの? 僕はことぶき駅周辺です』
『こっちは最寄り駅ならことぶき新町です』
『近くじゃん! 一駅だね。せっかくだから会いませんか?』
そこで、返信は途絶えた。
「やっぱ怪しまれたかしら?」
「だよなー。そんな上手くいくわけないか」
「しかし、これは認めたって事ですよね。futaba_Mは、松浦双葉で確定じゃないですか!」
「確かに!!」
「これはかなりの収穫よ!」
零子は久しぶりに、笑顔を弾けさせた。
その時。
零子のスマホが鳴った。
「あ、パパからラインだ。迎えに来てくれるみたいだから、私はこれで帰るね」
「ああ、この場所わかる?」
「うん。位置情報送る」
「そっか。俺はもうちょっとここにいるわ」
宇佐美はコンビニのおにぎりを頬張った。
「うん。じゃあ、また明日ね」
零子はそう言い残して、部屋を出て行った。
窮屈だった部屋は、零子がいなくなった事で、随分広々と感じる。一人で随分騒々しかったんだなと言う事に、改めて気づく。
「で、佐倉さんの様子はどうだった?」
「それが、ラインの連絡先を交換したまではよかったんですが、なかなか会話に応じてもらえなくて」
「既読スルーか」
「ええ、まぁ。僕より、宇佐美君の方が適任かもしれません。連絡先送るので、佐倉さんに連絡取ってもらえませんか?」
「ああ、いいよ」
飯田はスマホを操作して、宇佐美のラインに佐倉の連絡先を送ってきた。
「じゃあ、早速メッセージ送ってみるかな」
『佐倉さん、こんばんは。宇佐美です🐰
飯田から連絡先を聞いて、メッセしてます。
突然ごめんね。
夏休み前から全然学校来なくなっちゃって、心配してます。
ミス研部は夏休みも活動してるから、気が向いたら顔出してよ。
それから何か困った事があるならいつでも相談にのるよ。
気軽に連絡ください。
では✋』
送信。
「とりあえず、ジャブはこんなんでいいか」
スマホをブラックアウトさせ、ポケットに仕舞おうとした時の事だ。
RRRR
スマホがメッセージを通知した。
通知をタップすると、ティックトックのDMが開いた。
「双葉から返信来た!」
「本当ですか?」
緊張が走る。
『ことぶき新町駅前の、スタバにいるよ。よかったらお茶でもしようか』
「おおおお!!! 来た!!!!」
「けど、どうするんですか? 会ったら青山優斗じゃないって事がバレてしまいますよ」
「当たり前じゃん、そんなの。顔だけ見て帰るよ。どうせ向こうは俺の顔なんて知らないわけだし、その後、ティックトックのアカウント消しちゃえばいいだろ」
「なるほど! 頭いいですね」
「いや、飯田ほどじゃないよ」
早速、そのDMに返信する。
『もちろん! 今から20分ぐらいで着けると思うけど、いい?』
『ああ、もちろん。待ってるよ』
宇佐美は手にしていた、おにぎりの残りを一気に口の中に押し込んだ。
「
「僕も一緒に行きますよ」
宇佐美は口の中のコメ粒を急いで咀嚼して呑み込んだ。
「いやいや、いいって。お前は妹を殺した犯人を調べろ。そして自分の手でブタ箱にぶち込んでやれ!」
「宇佐美君……」
「いいか。お前の手は、刃物じゃない。犯人を切り刻むのは法律だ。お前が戦う場所は法廷だ。俺が絶対、お前の人生までめちゃくちゃにさせない。復讐は自分が堕ちたらお終いだぞ。幸せになってこそ復讐には意味がある!」
「宇佐美君……。ありがとう」
飯田はうっすらと下瞼を膨らませた。
宇佐美がもしも神様なら、飯田に飯田自身の手で、憎い犯人をズタズタに切り裂かせてやりたいと思う。
しかし、宇佐美は神様じゃないのだ。
せめて、自分の未来を捨てるような真似だけは、阻止してやりたかった。
そして、そんな事は無駄だと言う事も承知している。
こんな安っぽい言葉で、飯田の復讐の炎は、決して消えない。
人の心は、そんなに簡単じゃない。
「宇佐美君。君のリーダーシップには、嫉妬するほどです」
「は?」
「ミス研部の部長は零子さんですが、僕たちのリーダーは宇佐美君です」
「やめろって、照れるじゃん」
飯田は、いつになく柔和な表情で、笑いをこぼした。
そんな表情に安堵するも、宇佐美は焦っていた。
大きな獲物が、すぐそこでかかっているのだ。一刻も早く、リールを巻き上げなければならなかった。
「じゃあ、行くよ。じゃあな」
じゃあな、と言った自分の声に、なぜかエコーがかかった気がした。
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