第24話 いわく付きの駅

 ことぶき新町駅は、斉賀が死んだいわく付きの場所だ。

 futaba_Mの正体を暴くのには、最高の舞台である。

 改札を出て、賑やかな駅前通りに視線を走らせる。

 都会的でスタイリッシュなネオンを放つ、スターバックスの位置を確認した。

 うすめた濃紺に、堂々と四角い口を開けている。


 フタバの顔が、華絵のストーカーと一致していれば、同一人物。疑惑は確信に近付く。

 ストーカーの顔なら脳内にインプットしてある。

 ひと目見ればすぐにわかるはずだ。


 重いガラス扉を押して、店内に入ると、爽やかな空調が汗ばんだ体を癒した。


 先ずは、さほど混んでいないレジに並び、ドリンクを注文しなくては。


「ご注文はお決まりですか?」


 店員がマニュアルな対応をする。


「アイスカフェラテ」


「かしこまりました。お会計と、商品受け取りは、あちらでございます」

 店員の手の先に展開される流れに乗りながら、店内を見回した。


 女子校生ぽい集団に、サラリーマン風のお一人客。子連れの主婦に、OL風のお一人様。

 そんな顔触れの中、若い男の一人客を見つけた。


 真四角の二人掛け用テーブルに、一人で座っている。

 黒いTシャツにダボっとしたダメージジーンズ。

 やせ型で小柄だ。

 あれが、双葉だろうか?


 見渡した限り、他に若い男の一人客はいない。


 顔を確認するには、隣のテーブル席に座るしかなさそうだ。


「アイスカフェラテ、お一つでお待ちのお客様」

 店員に呼ばれて、ドリンクを取りに行く。


「ごゆっくりどうぞ」


「どうも、ありがとうございます」


 会計を払い、ドリンクを受け取り、素知らぬ顔で黒Tの男が座るテーブルの隣に陣取った。

 ストローを口に含みながら、顔をチラ見する。

 男はしきりにスマホを操作しているが――。


 残念ながら、ストーカー男とは別人だ。


 やぼったい髪に、太い眉。色黒でニキビ面。

 双葉ではないのか? それとも、これがfutaba_Mで、松浦双葉?

 じゃあ、AIZリサーチの調査員が追っていたストーカー男は誰?


「はぁ」

 拍子抜けのため息を吐いて、宇佐美もスマホを取り出した。


 ティックトックにアクセスして双葉にメッセージを送る。


『今、スタバに着いたとこなんだけど、席どの辺?』


 しかし、そのメッセージに返信が来る事はなかった。


 勘づかれた?

 逆に、こっちが嵌められたとか?

 そんなバカな。


 宇佐美は急に怖くなった。

 双葉はどこかで宇佐美たちを見て、あざ笑ってるんじゃないだろうか?

 何もかもお見通しなんじゃないだろうか。


 そんな思考はどんどん深みに嵌まっていく。


 視線を周囲に泳がせてみると、なんだか何もかもが怪しく見えてくる。


 まずい!

 早いところ店を出て、家に帰ろう。


 アイスカフェラテを一気に飲み干して、来店からわずか10分ほどで席を立った。



 時刻は21時。

 この時間は、ことぶき駅の混雑ピーク時間に突入する。

 最近、この辺りにできた、子供向けテーマパークが閉園する時間帯なのだ。

 駅は芋の子を洗うような大混雑。

 10分置きに到着する電車に乗るため、宇佐美はホームに立っていた。

 足元にちょろちょろと行きかう小さい子供。

 手には、テーマパークのキャラクターを模した風船や、お土産の袋を持っている。

 そんな子供たちに、わずかに頬が緩む。


 目が合った子供が、見せびらかすようにキーホルダーをこちらに向かって掲げている。

「なんだ? 買ってもらったのか?」

 そう訊ねると、勢いよくぶんと頭を振って首肯した。


「大事にしろよ。落としたら大変だぞ」


「うん。お兄ちゃんもこれほしい?」


「いや、別に」


『3番線に電車が通過します。白線の内側までお下がりください』

 ホームにアナウンスが流れた。

 遠くで、巨大な車輪が線路を擦る音が聞こえる。

 キーホルダーを見せつけた子供の親はどこだろうか?

 辺りを見回したが、それらしい人物が見当たらない。


「危ないぞ。下がってろ」


 その時だ。

 ポケットのスマホが短く震えてメッセージ受信を知らせた。

 ミス研部のグループチャットだ。


『無事帰り着いたよー』

 という零子のメッセージに、『お疲れ様でした。無事に帰り着いてよかったです』と、飯田が返信している。


 宇佐美も、先ほどの出来事を報告しようとメッセージを打ち始めた時――。

 スクリーン上部に通知が降ってきた。


 佐倉からのラインだ。


 通知をタップすると、メッセージが映し出される。


『宇佐美君。お願い、助けて』


 メッセージはそれだけだ。

 助けて、とは? 一体どういう事なのか。

 緊急事態なのか、はたまた精神的に辛いのか?


『どうした?』

 とりあえず、それだけ打ち込んで送信ボタンを押した。


 次の瞬間、チリンと足元で音が響いた。

 世の中の喧騒が全て途絶え、その音だけがやたら大きく宇佐美の鼓膜を支配した。


 先ほど、子供が見せて来たキーホルダーだ。

 宇佐美のつま先の数十センチ先。

 白線を超えている。

 子供の姿は見えない。


「ったく。落とすなよって忠告してやったのに」

 そんな言葉を漏らしながら、キーホルダーに手を伸ばした、その時だった。


 尻に軽い衝撃が走り、体は大きくバランスを崩した。

 頭の重さを感じながら、線路に吸い込まれる。

 その瞬間。

「青山優斗は、3年前に死んだんだよ」

 という声が聞こえた。


 グワァァァァァーーーーーンと、すさまじい音を轟かせながら電車が勢いよく迫ってくる。


 耳元に覆いかぶさる爆音と共に、視界は真っ暗になった。

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