第25話 消えた真実

「だから、危険な事に首を突っ込み過ぎるなと言ったんだ!」

 零子の父、相沢豊が、ゆでだこのように顔を紅潮させて声を荒げている。


「宇佐美ーーー!! 宇佐美ぃぃぃいいい!! なんでこんな事になっちゃったのよ。バカ」

 零子は白いフェイスタオルを両手で握り締めて、顔を覆った。

 タオルの中で嗚咽しているのだ。こんなに泣いている零子を見たのは初めてだ。


「あの駅で立て続けに転落事故が起きたんです。さすがに警察も本腰入れて動き出すでしょう。宇佐美君の無念は必ず晴らされます!」


 飯田はいつになく声を震わせて、拳を握った。


「私が悪いのよ。私が、フタバにDMしてみようなんていわなかったら、こんな事にはなってなかった。ごめんなさい、ごめん……なさい」


 しゃくり上げて泣き崩れる零子。

 その姿に、相沢は目頭を押さえた。


 飯田は零子の肩を抱えてこう言った。


「過ぎてしまった事、悔いても仕方ありません。起こってしまった事は取返しが付かないのです」


「宇佐美……いいやつだったよね。惜しい人材を亡くした。ううううーーーーー。やだよー、宇佐美ーーー。死んじゃいやだーーーー。なんで親より先に、逝っちゃうんだよーーー。そんなの一番の親不孝だんだからねーーー。戻って来い!! 戻ってこーーーい! 宇佐美のばかやろーーーーー」



「あ、あの……。生きてるんですけど……」


「はっ!! 宇佐美ー!! 目さめた?」

 雪崩のように、ベッドに駆け寄る面々。


「えっと。数分前から」


「え? どのあたりから?」


「んとね、だから危険な事に首を突っ込み過ぎるなと言ったんだ!! ってとこから」


「よかったー。お医者さんからはね、命に別状はありませんって聞いてたんだけど、目覚めるまで心配で、私……もう、どうしようかと思って……。ご飯も喉を通らなかったよ。晩ごはんの後でよかった」


「晩飯食った後かーい! ってか、今何時?」


「13時よ」


「13時? ってか俺、どうしちゃったんだろう? ここ、病院だよな?」


「そう、病院。線路に転落したんだよ!」


「え? 転落? 俺が?」


「そう。覚えてないのね」


「思い出そうとすると、頭が締め付けられるように痛む……」


「無理はダメです」

 飯田が心配そうに声を震わせる。


「高校生がことぶき新町駅のホームから、線路に転落したって、昨夜ネットニュースで流れたの。22時頃だったかな。それで、宇佐美じゃないかって思って、あんたに電話したけど、全然繋がらなくて――」


「俺のスマホは?」


「それが……」


 飯田はベッドサイドから宇佐美のスマホらしき物を取り、こちらに差し出した。

 チャック付きのポリ袋に入ってるスマホはバキバキに割れていて、ひと目で使い物にならない事がわかる。


「あちゃー」


「宇佐美君の代わりに、電車に潰されたようですね。被害がこれだけで済んでよかったです」


「お母さんからネコ娘に連絡があったのよ。

 私たち、ネコ娘から連絡もらって、それで、急いでみんなで駆け付けたの。

 さっきまで宇佐美の両親も、ネコ娘もいたよ」


「そっか。心配かけたな」


「ご両親は着替えに帰った。ネコ娘も一晩ここにいて、うちのパパと入れ替わりで、一旦帰るって言って、さっき病室を出たところ」


「相沢さんも、わざわざすいません」


「いやぁ、他人事じゃないからね。いいかい? 宇佐美君。君たちもよく聞いてくれ。この件は大人に任せるんだ。君たちはこれ以上立ち入ってはいけない。いいね」


「はい」

 とそれぞれ、気のない返事をして、俯いた。


「ねぇ、昨夜、何があったの? 飯田の家を出てから」


「えっと……。あ! そうだ!! 駅前のスタバに行ったんだけど、双葉はいなかった。双葉だと思った男は、やぼったい感じの別人で――。それで、俺は、嵌められたんじゃないかと思って、怖くなって、すぐに店を出たんだ。それで……。あれ? どうしたんだっけ?」


 それ以降の記憶がぷっつりと途絶えている。

 どれだけ考えても、その後の記憶は蘇らない。ひたすら頭が痛む。


 噂には聞いていたが、これが記憶喪失か。

 頭に手を置くと、髪ではなく、包帯に触れた。


「無理は禁物です。頭を強く打ったんです。今はゆっくり休んでください」

 飯田は、はだけた宇佐美の胸元に、布団をかけてくれた。


「ああ、ありがとう」


 とはいえ、手も足も自由に動く。

 動き辛いのは、点滴が刺さってる左腕ぐらいだ。


「どうやら宇佐美君は、最高に幸運の持ち主のようです」


「幸運?」


「はい。落下した態勢は、列車と並行だったそうで、見事に車輪と車輪の間に仰向けになり、列車の真下で気を失っていました。医者の診断は軽傷ですが、実質無傷に近いそうです。元サッカー部の運動神経が奇功を成したのでしょう」


 飯田は嬉しそうに、そう力説した。


 そこへ、コンコンと穏やかにドアをノックする音が聞こえた。


「失礼しまーす。宇佐美さーん、目覚めましたね」

 初めて見る顔のナースだか女医だかが、まるで顔見知りのように病室に入って来た。


「あ、はい。ついさっき」

「私は宇佐美さんの担当の外科医、和田と申します」

 医者だったのか。

 和田と名乗った医者はネームプレートをこちらに向けて自己紹介した。


「レントゲン検査では骨に異常はありませんでしたが、後日MRI検査をします。一応、念のため。レントゲンには写らない細かいひびとかもあるかもしれないので、それで異常がなければ退院となります」


 和田先生は淡々とそう言って、点滴の残量を確認した。


「あー、はい」


「痛みはありますか?」


「背中が痛いです」


「そうですか。じゃあ、湿布と痛み止めを出しておきますね」


「はい。ありがとうございます」


「あのー、俺はなんで線路に落ちたんですか? 改札をくぐってからの記憶がまるでないんです。その記憶って戻りますか?」


「記憶は……個人差がありますし、ケースにもよります。はっきり戻りますと断言はできませんが、戻る事が多いですよ。戻らない場合もありますし、長い年月が必要な場合もあります」


「つまり、どうなるかわからないって、事か……」


「検査の結果で、脳に異常がなければ望みは薄くありません。気長に回復を待ちましょう」


 優しい笑みを湛えて、和田先生は出て行った。


「あ、一つだけ思い出した。佐倉……。佐倉からメッセージが届いたんだ。えっと……、確か、助けてって」


「佐倉さんから?」


「うん。こうしていられないな。彼女が危険に晒されてるかもしれない」

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