第20話 接点

「この中で夜のバイトOKな人~!」

 斉賀宅を後にして、駅までの道のりを歩きながらの事だ。零子はこちらを振り返りながら、そう声をあげた。

 この問いかけが一体何を意味しているのか、宇佐美にも飯田にもわかっている。


「私は無理なんだよね。絶対親に許してもらえない」


 月ノ影学園の校則はゆるい。アルバイトも法律の範囲内なら、学校への報告のみで許可される。


「僕も、祖父母は夜の外出には厳しく、無理だと思います」

 飯田は申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。


「って事は、俺しかいないじゃん」


 という経緯で、宇佐美は夏休みの間だけ、平城のカフェバー、サニーサイドでバイトをする事になった。

 目的は、もちろん潜入しての裏取りだ。


 今年の5月6日。バズが死んだとされている日。

 この店にバズは来店していたのか。その時の様子は? 斉賀はシフトに入っていたのか。斉賀の様子はどうだったのか。斉賀とバズの接点は――。


 それらを怪しまれないように、さりげなく店員から聞き出すのだ。


 バズのツイッターやインスタを遡ってみると、確かに酒が好きな様子で、いろんな店で飲み歩いていた事が伺えた。


 ここ、サニーサイドらしき店の写真もあった。


 現在、夏休みに突入し、宇佐美はいよいよ面接へと出かけた。


 こうしている間にも、零子は父親から情報を抜き、フタバを特定するための調査に乗り出している。

 飯田は佐倉乙女に近づき、斉賀と何があったのかを聞き出す予定だ。

 先ほどからひっきりなしにポケットの中でスマホが震えている。

 新たに三人でチャットルームを作った。

 常に進捗を共有しあうためだ。



 面接は開店前の店で行われる。

 バーテンらしき若い男に案内されて、カウンタ―に座り、オーナーの登場を待つ。

 ちゃんと履歴書も写真を貼り、準備してきた。


「は~い。お待たせ。どうぞ。暑かっただろう」

 オーナーらしき人物は、登場と同時にしゅわしゅわと弾ける炭酸飲料を出してくれた。


「暑かったっすねー。ありがとうございます。いただきます!」

 宇佐美は遠慮なく出されたドリンクを一気のみした。外は40度に迫る酷暑。駅から10分ほど歩いて辿り着いた頃には全身汗だく。

 無色透明の炭酸飲料はさっぱりとした味わいのサイダーだった。スカっと涼が体に染みわたる。


「ぷっは~~~」

「いい飲みっぷりだね。俺はここの店のオーナー。秋葉っていいます。どうぞ」

 そう言って、名刺を滑らせた。


「どうも。宇佐美瑛太です」


 秋葉はやせ型、というよりガリガリ。いかにも不健康そうな見た目をしている。

 どす黒い顔は、ひげの剃り残しも目立っていて、肌もかさかさだ。

 鼻の頭だけがやけに脂でテカっている。

 それらを全て解消したら、けっこう渋めのイケメンなのではないかと、宇佐美は思った。

「若いね。いくつ?」

 秋葉はそう言いながら、カウンタ―に広げた履歴書を覗き込んだ。


「17です」


「17かぁ。未成年じゃん」


 秋葉は大げさなリアクションで笑い飛ばした。


「はい。高校生です。夏休みの間だけバイトさせてもらいたくて」


「あのな、うちは飲み屋だよ。未成年はたとえ短期のバイトであっても雇えないよ」


「へ?」

 とんでもない拍子抜けだ。


「え、でも、同級生がここでバイトしてたはずなんですけど」


「同級生? 誰?」


「斉賀恵斗って言って……クラスメイト……なんですけど」


「サイガケイト? おい、知ってるか?」


 カウンタ―の中で何やら作業をしている店員に、秋葉が声をかけた。

 声をかけられた店員は首をかしげる。


「いや、ちょっとわかんないですね。いつ頃の話?」


「ゴールデンウィーク、なんですけど」


「ゴールデンウィーク?」

 秋葉と店員は同じように腕を組み、同じような表情で更に首をかしげた。


「ああ! あれじゃないですか?」

 店員は何か閃いた様子で、人差し指をオーナーに向けた。


「バイトさせてくれって面接に来たじゃないですか。背の高い、けっこうイケメンの」


「ああー、はいはい。いたな」

 秋葉は閃いた顔のまま、宇佐美を見た。


「たぶん、それっすね」


「けど、雇ってないぞ。かなり食いついて来たけど、未成年は無理だって断ったんだ」


「けど、せっかくだから遊びにおいでよって言ったら、確かゴールデンウィーク中、ずっと来てましたよね。カラオケとかめっちゃ上手くて、常連の客からも気に入られてて、18になったら絶対バイトに来いよって言ったんですけど、めっきり見かけなくなりましたね」


「客で来るのはいいんですか?」


「別にかまわねぇよ。酒は出せねぇけどうちはノンアルのカクテルやフードメニューも充実してる。カラオケは歌い放題だ。22時までなら高校生だって遊びに来ていいぞ。けど、高校生にはちょっと高いけどな。サービスしてやるよ」


「マジっすか」


「おお、そして18になったらバイトに来い。その時は雇ってやるから」


「ありがとうございます」


 と、ここで、のこのこと帰るわけにはいかない。

 バイトが目的というわけじゃないのだから。


「あの、この店って、ユーチューバーとかもよく来てますよね?」


「ふはっ」

 秋葉はまんざらでもなさそうに笑いを吹きだして、宇佐美の顔を見た。


「高校生は、本当、ユーチューバーが好きだなぁ。その斉賀君もやたらユーチューバーの事聞いてきてたよな」

「はいはい」

 店員は合いの手をいれるようにうなづいて、こう続けた。


「あれでしょ? ブラックバズだっけ? 暴露系の。あいつ、死んだんでしょ」


「そ、そう、なんですよ」


「ネットニュースで見ただけだけど、確か、あの日もうちで飲んでましたよね?」

 店員は秋葉に同意を求める。


「ああ、いたね。あの日、随分飲んでたよな。相当酔ってたな。あれ? あの時、確か、斉賀君もいたよな」


「いましたね。なんか随分親し気にしてたような気がします」

 そして、店員はこちらに顔を向けてこう続けた。


「彼、ティックトッカーなんだっけ。今度コラボしてください、なんて言ってたの覚えてるよ」


 見つけた!

 バズと斉賀の接点。

 やはり、斉賀は目的を持ってバズに近付いたのだ。


「その日はやっぱり斉賀君は22時で帰ったんですか?」


「ああ、早かったよな。22時前には店を出たんじゃなかったかな」


「バズは? バズは何時ごろまで飲んでたんですか?」


「うーん、随分遅くまでいたよ」


「閉店時間が過ぎて、店で寝ちゃっててね。あの人いつも車で来て、駐車場で一夜を明かして朝とか昼に帰るんだよ。あの日もそんな感じでこのビルの前の立駐に車停めてたと思うよ」


 その車中で首つり……か。


「それと、この人、見覚えありませんか?」


 宇佐美はダメ元で、華絵のストーカー、フタバとおぼしき男の写真を見せた。


「え? こいつもユーチューバーなの?」


「知ってる人ですか?」


「顔だけは知ってるよ。最近見かけないけど、うちの客だったよ」

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