第19話 完全犯罪

「これは、交換殺人かもしれません」


 飯田はパソコンのスクリーンを見据えて、そう呟いた。

 しかし、斉賀のパソコンからアクセスしたメールアドレスにfutaba_Mとやり取りしたメールはなかった。


 残されていなかった、というべきなのか。


「ゴールデンウィーク辺り、斉賀君の様子って覚えてますか?」

 宇佐美は華絵に訊ねた。

 バズが死んだのはゴールデンウィーク中だった。


「ええ。覚えてるわ。連休を利用して、夜だけアルバイトしたいって言いだしてね」


「アルバイトですか?」


「欲しい物があるなら買ってあげるっていったんだけど、頑として聞き入れなくてね。言い出したらきかない子だから、仕方なく、渋々許可したのよ」


「そのアルバイトというのは?」


「平城のサニーサイドっていうカフェバーよ。お酒も出してるお店だし、心配はしてたんだけど、一週間だけだからって言って……」


 三人の視線が、お互いの脳内を見透かしたように、濃密に絡み合う。


「これは……。まずいな」

 宇佐美は、額に噴き出す汗を、肩口で拭った。


「交換殺人って事は、斉賀君自身も、誰かの殺人をフタバに依頼したのかしら?」


「実際に、バズは死んでいる。という事は、契約は成立した、と見て間違いないだろうな。現に、斉賀は睡眠薬を4月の時点で入手している。そして、ゴールデンウィークに深夜帯のカフェバーでのバイト。睡眠薬と酒。状況的に、バズを殺したのは斉賀である可能性は否めないよな」


「そんな……、嘘よ。やめてちょうだい!」


 華絵が悲鳴じみた声をあげた。

 わなわなと唇を震わせて、今にも正気を失いそうである。


「華絵さん、落ち着いてください」

 飯田が華絵の肩を支えた。


「フタバという名前に、心当たりは?」

 飯田は興奮を無理に押し込めたような声色で、華絵に訊ねる。


 華絵は激しく首を横に振った。


「全く思い当たらないわ」


「偽名だろう。わかるわけないよ」


「じゃあ、エム。斉賀君と共通の知人でエムの頭文字が付く人物は?」

 今度は零子が訪ねた。


 華絵は浅く呼吸をしながら、脳内を探るように視線を左右に揺らす。

「ちょっと待って」


 そう言って、自分のスマホを操作した。

 アドレス帳の確認をしているようだ。

 深く首をかしげて、うーんと唸った。


「恵斗と共通の知人でエムが付く人物は、恵斗の担任の水木先生しかいないわ」


「え?」

「は?」

「まさか」


「ちょっと待ってー」

 零子が立ち上がり腕を組んだ。


「そう言えば、フタバは斉賀君が月ノ影学園の生徒だと知っていたわよね。そして、誰かに殺意を抱いていた事も」


「水木先生なわけないけど、フタバという人物が学園の中にいる可能性は高いな」


 そう言った宇佐美を零子は睨みつけた。


「ネコ娘じゃないって証拠は?」


「は? 先生なわけないだろ」


「そういう先入観は捨てましょう。そもそもこれは、常識なんて通用しない異常な事件なのよ」


「斉賀君が、フタバという人物に、殺したい人物を告げていたとしたら……」


「また、誰かが死ぬ。かもしれない」


「警察に……」

 華絵は震える手で、スマホを握り直した。通報するつもりなのだ。


「ダメです! まだ証拠が不十分です。この段階で警察が大々的に捜査を始めたら、犯人に勘づかれてしまいます。逃げられるかもしれませんし、証拠隠滅されるかもしれません。それに……一番恐ろしいのは、斉賀君だけがバズ殺害の犯人として、全ての罪を背負わされてしまう事です」


「死人に口なしってやつだな」


「とにかく、念のため、今後水木先生の前でこの話をするのはやめましょう」

 飯田はそう言って、今にも燃え上がりそうな眼で宇佐美と零子の顔を見た。


「そうだな」

「わかったわ」


 交換殺人というのは、動機から捜査線上に浮かび上がる事を回避して、完全犯罪を成立させるありがちな手口。

 関わりのない人物に実行させ、その間、自分は完璧なアリバイを作るのだ。

 バズの殺害動機は、斉賀にはない。しかし、フタバにはあると言う事だ。

 斉賀が殺したいと思っている人物を、フタバは殺す動機がない。

 バズは自殺と処理されたが、万が一、他殺が疑われたとしても、フタバには立派なアリバイが成立している事だろう。


 そして実行犯は既に他界。


 完璧な筋書きだ。


「もしかしたら、斉賀はそのフタバってやつに殺されたのかもな。フタバが偽物バズの可能性は高い。そして、AIZリサーチがあぶり出したストーカー男。3人は同一人物と見て、まず間違いないだろ?」


「僕も、同意見です」


「先ずは、そのストーカー男を探さなきゃ。私たち、顔を知ってるわけだし」

 宇佐美と飯田は零子の一声に「うん」と強くうなづいた。


「もう一つ問題があります。斉賀君の殺意の矛先です。斉賀君が殺意を抱く可能性のある人物――」

 飯田はその答えを知っているかのように、メガネのブリッジを押し上げた。


「佐倉乙女……か?」

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