第18話 秘められた殺意

「パスワードは1111です」

 飯田はそう言いながら、ダイニングテーブルに斉賀のノートパソコンを置いた。


 満を持して蓋を広げ、キーボードを叩く宇佐美。

 スクリーンは、何事もなかったかのように、すんなりとトップ画面を映し出した。

 斉賀の性格を物語っているかのように、フォルダーごとにファイルがすっきりと整理されている。

 とっ散らかっている宇佐美のトップ画面とは大違いだ。


「さて、何から見ようか」


「まずは、ネットにアクセスしてみてよ。よく使ってたSNSなんかがわかれば、人間関係が見えて来ると思うの」


 肩越しに零子が画面をのぞき込みながらそう言った。

「だな」

 宇佐美はインターネットのロゴをクリックした。

 そして、ブックマークをクリック。

 パソコンからアクセスしていたのは、主にツイッターとインスタグラム。それからティックトック。


 ツイッターのDMは空っぽで、誰かとやり取りした形跡はない。ツイートは主にリツイート。

 フォローやフォロワーに、バズはいない。


 インスタは主に日常の風景の写真や、加工したセルフィ。

 文章は短めで、読んでいてこちらが恥ずかしくなるようなポエムだ。

 DMは主に『フォローありがとうございます。フォロバさせて頂きました』という当たり障りのないメッセージや――。

『ティックトックから飛んできました。応援してます』とか『アンチ、気にしないで』とか。

『ファンです。大好きです』

 などという女の子からの、羨ましくなるような物まで。


「特に事件に繋がりそうな物はないな」


「あとはティックトックですね。彼もティックトックにムービー投稿しているようです」


「ああ、わかってる」


 宇佐美はティックトックにカーソルを合わせてクリックした。


「これはすげぇ」

 宇佐美は思わず声をあげた。


 フォロワー37万人。佐倉のフォロワーの数には足りないが、動画の再生回数は引けを取らない。


「すごいわね。けど再生回数が爆上がりしている動画って殆ど佐倉さんと一緒に映っているやつね」


「アンチコメントもすげぇな」


 斉賀がイケメンで、人気者だったのは学園の中だけのお話という事らしい。コメント欄には辛辣な言葉が並んでいる。


『男、じゃま。サクラちゃんをもっと映せ』

『サクラちゃん、マジで男の趣味悪いね』

『さっさと別れろ』

『お前いらね。消えろカス』

『よくこんなキモい事できるよな』

『何食って大きくたらこんな勘違い野郎に育つんだwwww』

『マジで草しか生えんwwwwwwww』


「ネット上で自分を露出すると言う事は、少なからずこういう攻撃は覚悟しなくてはいけません」


「佐倉さんとのバーターで、このフォロワー数を稼げてたってわけか……」


「恵斗はセルフプロデュースが下手なのよ」

 そう呟いたのは華絵さんだ。


「プロデューサーの息子なのに、皮肉ね」


「華絵さんは知ってたんですか?」


「ええ。こっそり見て別アカでイイネ押してただけだけどね。恵斗には音楽の才能があったわ。実の母親はプロのピアニストだったからその血を受け継いだのね。絶対音感があって歌もうまいし、ピアノもギターもすぐに上達したらしいわ。高校に入ってやめてしまったのよ」


「え? どうして?」


「ギターの弾き語りの動画をね、中学の時にYouTubeにアップしたの。高評価もたくさん付いたんだけど……。少なかったとはいえ、低評価もあったのよ。それを気にして、音楽を一切やめてしまったのよ。それだけは誰にも否定されたくなかったんじゃないかしら。結果的に中途半端なコンテンツになってしまったのね」


 その気持ちは、宇佐美にもよくわかる。

 自信があるものほど、他人に否定されたら死にたくなるほど辛いものだ。

 宇佐美自身、サッカーをやめたのは、中学からサッカーを始めた部員にレギュラーを奪われたからだ。

 散々監督に抗議したが受け入れてもらえなかった。

 ――絶対に俺の方が上手いはずなのに。みんな俺を求めているはずなのに。

 そんな思いを、未だ消化し切れずにいる。


「本人はアンチコメントに関して気にしてる様子は見せなかったけど、まだ17歳の子供にはこたえるわよね。恵斗はプライドの高い子だったし――」


 華絵さんはそう言って、斉賀の遺骨に視線を遣った。

 宇佐美は、そんな華絵さんの横顔をぼんやりと眺めていた。


「ねぇ!!」

 零子の声で我に返る。


「DM開けてみて。バズとの接点があるかもしれない」


「ああ、わかった」


 飛行機のマークをクリックしたが、特に気に留めるようなアカウント名はなさそうだ。

 直近のメッセージは、更新が止まっている事を心配しているフォロワーからの物が主で、ずらっと埋め尽くされている。


「バズとの接点はなさそうだな」

 マウスでずるずると画面を下にスクロールしてみる。


「あれ? そのアカウント、なんか怪しくない?」


 零子が指し示したのはfutaba_Mというアカウントだ。


「ああ、ほんとだ。アイコン設定してないな」


 盛りに盛ったアイコンが並ぶ中、初期状態のアイコン画像はなんだかやけに怪しく見えた。


 クリックしてみると、そこに並ぶメッセージのやり取りに、全員が絶句した。


 futaba_M『初めまして。双葉と名乗っておきます。君は月ノ影学園の斉賀恵斗君ですね。君の殺意に賛同する者です。よければ返信ください』


 Keito557『殺意? ちょっと何言ってるのかわかりません』


 futaba_M『そんな事はないでしょう? 君にはどうしても殺したい人がいるはずです』


 Keito557『どうして? そう思う?』


 futaba_M『君は私と同じ目をしている。妬み、嫉妬、不満、葛藤、無気力。そして誰にも言えない秘密がある』


 Keito557『秘密?』


 futaba_M『ヒントは斉賀華絵』


 Keito557『目的は何? 金?』


 futaba_M『金なんていりません。私が望む物は無秩序なパンが滅びた世界』


 Keito557『パン?』


 futaba_M『そう、パン。君がパンを滅ぼしてくれたらその代わり、私があなたの一番消えて欲しい相手を消して差し上げましょう。同意なら以下に記すメールアドレスに連絡してほしい。他言無用。24時間以内に返答がない場合、君の秘密は無秩序なパンにより全世界に暴露される』


 この後に記されていたメールアドレスを最後に、このメッセージは終わっていた。

 メッセージが交わされた日付は今年の4月1日。


「パンってなんだ?」

 宇佐美は咄嗟に飯田の顔を見た。


 飯田は全てを察した様子で、青ざめた顔をしている。


「パンとはギリシャ神話に伝わるパン神の事でしょう。パンは山や森、牧場、野生、自然を司る神で、人間の上半身と山羊の下半身を持つ姿が特徴的です。彼は非常に性欲が強く、神話の中ではしばしばニンフを追いかけ回すエピソードが描かれています。パン神になぞらえられている人物……」


「バズ……か」

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