第17話 斉賀華絵❀隠された真実
「ストーカーの目的は、一体なんだったんですか?」
「見たんでしょ? ツイッターに上げられている動画」
華絵の言葉に、宇佐美は静かにうなづいた。
「他人の恥部を晒して注目を浴び、快楽を得る。承認欲求を満たすためならなんだってやるのよね、ああいう人達って。こちらがアクションを起こせばそれはたちまちエサにされる」
「バズの事?」
口を開いたのは相沢だ。
「そうよ」
「あれは偽物よ。本物のバズは5月に亡くなってるわ」
「え?」
得も言われぬ不安が押し寄せる。死んでいる?
「華絵さん、もしかしてストーカーがバズだと思ってました?」
哀れむような目で、宇佐美は華絵にそう言った。
AIZリサーチの調査員が見せた写真の男が、バズの中の人だと思っていた。
「違うの?」
「いずれわかると思いますが、あの動画を拡散した人物はバズの成りすましで偽物です。なので、あのアカウントの主が、わざわざバズに成りすまして、動画を晒した目的は他にあるはずなんです」
「一体、どんな目的があるというの?」
「それは、わかりません」
宇佐美は再びうつむいた。
得体の知れない悪意。その先には一体何があるというのか。鼓動は早くなり、恐怖で視界が閉ざされそうになる。
「知り得る方法は一つ……」
飯田が放った言葉に、華絵は一縷の光を見た気がした。
彼の目線の先には、恵斗の机の上にあるノートパソコン。
「あれ、見てもいいですか?」
その目はまるで魂が宿ったかのように鋭い。
「もしかしたら、バズと斉賀君は繋がっていて、斉賀君はバズの死に関わっているかもしれません」
「それは一体……?」
「あくまでも憶測です。確信を得るためには、斉賀君の秘密を調べる必要があるんです。あの中に真実が隠されている可能性があります。しかし、僕たちが勝手に開けるわけにはいきません。許可を頂けますか?」
「いいわ」
その返答はまるでテスト開始の合図のように、三人は一斉に恵斗の机を取り囲んだ。
宇佐美が椅子に座り、両脇から二人に見守られながら、ノートパソコンの蓋を開け電源を入れた。
「パスワードか!」
宇佐美はくしゃくしゃっと頭を掻きむしり相沢の方に顔を上げた。
「当たり前でしょ。パソコンもスマホもロックかけるなんて当然じゃない」
相沢に責められて眉尻を下げる横顔は、彼の人柄を物語っていて、うっかり笑みが漏れる。
「どっかにメモとかないかな。大体、机の裏とかに付箋が貼ってあったりするよな」
そう言いながら、手当たり次第に周辺を探し始めた。
「ウインドウズ10ですね。パスワード解除、できなくもないです」
そう言ったのは飯田だ。パスワード解除できるとは、彼は一体何者?
「え? そんな事できるの?」
「はい。正確には解除ではなくパスワード書き換えですが」
「ログインできるなら、なんだっていいや。じゃあ、飯田! よろしく」
そう言って、飯田に席を譲る宇佐美。
「もう一台、パソコンが必要なんですけど、お借りできますか?」
飯田は、華絵のほうに顔を向けた。
「私のでよければ……。ちょっと待って。取ってくるわ」
「それと、8ギガ以上容量があるUSBメモリースティックも必要です」
「わかったわ」
華絵は仕事で使っていた自分の部屋に行き、デスクの上からノートパソコンを手に取った。64ギガのUSBメモリースティックが刺さったままだ。8ギガの容量は余裕で残っている。
再び、恵斗の部屋に行き、パソコンを飯田に差し出す。
「これでいいかしら」
「ありがとうございます」
机に二台のパソコンを並べて、華絵のパソコンの蓋を開ける。
「ログインしてもらっていいですか?」
言われるまま、パスワードを入力してロックを解除した。
「15分ぐらいかかるので、皆さん、お茶でも飲んでいてください」
飯田は恵斗のデスクに腰を据え、華絵のパソコンで何やら操作している。
パソコンのロック解除という物は、そんなに容易くできる物なのか。一体どういう仕組みになっているのか気になる。
「もしかして、私のパソコンからハッキングするとか、そういう事なのかしら?」
ハッキングは犯罪だ。
「ハッキング? いえ、まさか」
飯田は、笑い交じりに否定する。
「極めて合法的な方法ですよ。バイオスの起動順位を変更するだけです。終わったら、また元に戻しておくので安心してください。あ、パスワードは書き換えてしまいますけどね」
そう言いながら、華絵のパソコンで、マウスとキーボードを高速で操作する。
「よし、これで、準備が出来ました。次は、斉賀君のパソコンのバイオスブートを書き換えます」
宇佐美と相沢は、こういうシーンに慣れているのか、驚く様子も見せず、何やら二人で談笑している。
まるで、料理が出来上がる瞬間を待つ子供のように。
「じゃ、じゃあ、お茶持って来るわね。ゆっくりくつろいでね」
二人にそう告げて、リビングに戻った。
ダイニングテーブルの上では、手つかずだった紅茶がすっかり冷たくなっている。
それらをシンクに流して、新しい紅茶を淹れなおしていた。
「失礼します」
そう言ってリビングに入って来たのは、宇佐美と相沢。
「どうぞ。どうしたの?」
相沢は華絵の声が耳に入らないかのように、嵌め殺しのガラス窓の前に立った。
宇佐美は華絵の方に体を向けて立ち止まり、こう言った。
「あの動画は、あの窓から望遠で撮影された物です。窓からの景色を見せてもらってもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
そういえば、どんな方法で撮影された物なのかを考える余裕すらなかった。
そんな事を考える前に、夫は気が狂ったように華絵に拳を浴びせ続けたのだから。
『淫乱』『恥知らず』『犯罪者』『恩知らず』
そう罵りながら、感情の赴くままに、幾度も傷みを与え続けた。
華絵の言葉など、まるで意味を持たない、ただの音。
彼にとって、真実も恵斗や華絵の事情や気持ちなど、どうでもいいのだ。
目に見えている事が全て。
彼にとって華絵は、恵斗の名誉を汚した罪人でしかなくなってしまった。
今、目の前にいる彼らだけが、真剣に華絵の言葉に耳を傾けてくれたのだ。
ウォーターサーバーから適温のお湯をティーポットに注ぎ、ゆっくりと香りを立たせる。
キッチンにダージリンの香りが広がった。
その時だ。
「ログインできました」
得意げに、そう言いながら飯田がリビングの入口に立った。その手には、恵斗のノートパソコンが握られていた。
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