第16話 斉賀華絵❀二人の秘密

「あの、僕たち、恵斗君の死には疑問を持っていて――」

 ダイニングテーブルに腰かけた恵斗のクラスメイト達。細い銀縁のメガネをかけた男の子が、少し申し訳なさそうに呟いた。

 この子は確か、飯田と名乗った子だ。

 賢そうな顔立ちとは裏腹にどこかおどおどしている。人見知りなのかしら、と華絵は思った。


「それは一体どういう意味かしら?」


「つまり、ただの事故ではなく、他殺。或いはなんらかの事件に巻き込まれたのではないかと――」

 飯田はそう言って、中指でブリッジを押し上げた。


「なぜそう思ったのかしら?」

 トレーに乗せた紅茶をそれぞれの前に置きながらそう訊ねたが、華絵自身も恵斗が亡くなる前の行動には疑問を持っていた。


「あ、あの、別に気にしないでください。僕たち、ミステリー研究部で身近な人の死の真相を探るのが活動の一つで……、それで斉賀君の事を調べていたら、不審な点を色々見つけてしまって」

 おろおろとしながら飯田の発言を遮ったのは、宇佐美と名乗った男の子だ。

 その隣で、相沢と名乗った女の子は終始怪訝そうな顔で部屋中を眺めている。


「不審な点というのは一体どういう? 差し支えなければ聞かせてもらえるかしら」


「その前に、斉賀君のご自宅での様子で変わった事はありませんでしたか?」

 冷ややかな口調でそう訊いたのは、相沢だ。

 確かAIZリサーチの相沢専務のご息女ね。

 父親に似ず、不愛想な子だわ。


「いくつかあるわ」

 華絵のその言葉に、心なしか、三人の目が鋭く光ったように見えた。


「恵斗の様子がおかしいと感じ始めたのは、今年の4月ぐらいだったかしら。そう2年生に進級した頃ね。恵斗に通販会社から宅配便が届いたの。何を買ったの? と訊ねると、急に取り乱して――。これまでそんな態度を見せた事なかったから驚いてしまって」


「その荷物の中身は確認したんですか?」


「いいえ、でも中身なら何だったのかわかるわ。彼が学校に行ってる間に部屋に入ったら、包みはゴミ箱に捨ててあってね――。それから、薬の箱もゴミ箱に捨ててあったわ」


「薬? ですか?」


「そう、睡眠薬。もしかしたら不眠とかで悩んでたのかもしれないわね」


「睡眠薬?!」


 三人の視線が忙しく動き始める。


「それが、どうかしたの?」


「いえ。他には?」

 青ざめた顔で、宇佐美が訊いた。


「えっと。付き合っている彼女がいたのよね。佐倉乙女ちゃんっていうかわいらしい女の子だったわ。一年生の時から家にも何度か遊びに来ていて、仲良くしてたようだったのだけど。私が仕事の打ち合わせから帰って来た時、ちょうど家にいたみたいだったんだけど、彼女急いで部屋を出て行ったの。随分、取り乱していたみたいだった。それが、そうね! 事故の一週間ぐらい前だったかしら。よくある痴話げんかじゃないかしら。でも、恵斗は随分思いつめた様子だったわ」


「佐倉さんはどんな様子でしたか? 悲しそうだったとか、怒っているようだったとか」


「そうね、強いて言えば、何かに怯えている様子だったわ。ちょっと来てもらえる?」


 そう言って、華絵は椅子から立ち上がり、恵斗の部屋に彼らを促した。

 日頃から部屋の整理整頓はきちんとできる子で、華絵はもっぱらゴミ箱のゴミを回収するぐらいしか手を出した事がない。むしろ部屋の物を他人に触られる事を、酷く嫌がる子だった。

 亡くなった後も、そんな恵斗を想い、華絵は彼の物には一切触れていない。


「どうぞ」

 部屋の扉をあけた。


「お邪魔します」

 彼らは律儀にお辞儀をして、部屋の中へと入った。


「これ、なんだけど」

 華絵は壁に飾ってあるいくつかの写真を彼らに指し示した。

 体育祭や文化祭。自然教室に入学式。彼女との楽し気なツーショットや、彼女だけが写った写真。

 その写真は全て、カッターのような物で、彼女の顔が無惨に切り裂かれている。


「こ、これは……どうして? 一体だれがこんな事を?」


「恵斗よ。彼しかいないわ。あの喧嘩の直後から、写真が切り刻まれていったの」


「つまり、二人の間で、なんらかのトラブルが起きた。それが原因で二人の間には深い溝が出来てしまった、というわけか」


 まるで独り言のようにそう解説したのは宇佐美。


 その直後、鋭い視線を感じた。

 華絵を、鋭く睨みつけているのは相沢だ。


「あなたのせいよね? 本当はわかってるんでしょう? 斉賀君とあなたの関係を佐倉さんは知ってしまったんじゃないの?」


「恵斗との関係? 私と恵斗は親子よ。母と息子」


「親子であんな事……」

「零子! やめろ!!」

 宇佐美に強く肩を掴まれた相沢は、下唇をきゅっと噛みしめた。


「あら、あなた。お母さんのおっぱい飲まずに大きくなったの?」


「はぁ? 何言ってるの?」


「恵斗はね、生まれてすぐ母親を亡くしてるのよ。子供が母親のお乳を欲しがるのは当たり前の事でしょう」


 恵斗と初めて出会ったのは、彼がまだ小学6年生の時だった。

 普通の家庭で育った子なら、そろそろ母親離れする年齢なのだろう。


 当時29歳だった華絵は、モデルとしての仕事も鳴かず飛ばずで、羽振りのいいおじさんを見つけては寄生して飲みに連れて行ってもらっていた。

 その時に出会ったのがテレビの番組プロデューサー、斉賀宏。

 斉賀宏はすぐに華絵を気に入って、この家の家政婦として雇ったのだ。


「あれは、性行為ではなく子育ての一環としての授乳だったとでも言いたいの?」

 相沢は怒りに声を震わせた。


「そうよ。恵斗とは、それ以上の関係はないわ」


「それは、斉賀君のお父さんは知っていたのでしょうか?」

 恐々と、細い声でそう言ったのは、飯田だ。


「知るわけないわ。絶対にバレてはいけない秘密だった。私だって、それが異常な行動だって言う事ぐらいはわかる。それでも、私は恵斗の母親になりたかったのよ。甘えて来る恵斗を抱きしめて、願望を叶えてやる事ぐらいしかできなかった。それを――」


 込み上げる怒りに言葉が詰まる。


「人の不幸が、蜜であるがのごとく群がってくる下衆な連中が、恵斗を傷つけて、彼を死に追いやったのよ。ストーカーの目的が、まさか、こんな事だったとは……」


「ストーカーの目的は、一体なんだったんですか?」

 一人、冷静な宇佐美がそう訊いた。

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