第28話 みーちょ、死んでる説

「ツイッター上では、既にみーちょは死んでる説とか流れ始めてるわ」

一口サイズのチキンナゲットを、指先で摘まみ上げながら、零子がそう口を開いた。


 お昼前に部活を切り上げたミス研部員たちは、月ノ影駅構内のハンバーガーショップにいた。

 

「あー、見た見た。バズは実は自殺じゃなくて他殺で、殺したのはミスターF、っていうツイートも、かなりインプレッション稼いでたな」 


 4人はそれぞれ、ハンバーガーやポテトを口に運びながら、テーブルに置いたスマホから目を離せないでいる。


「それはかなり的を射てるわね」


「ただ、決定的証拠がないんだよな。一番の証拠を持ってるはずの斉賀は死んでる。双葉とやり取りしたメッセージは、イレーストレースで自動的に消滅。あれって、サーバーにログも残らないんだろ? 証拠を残すにはスクリーンショットしかない」


「斉賀君は、スクショしてないでしょうね」

 飯田は、ケチャップとマスタードとバニラシェイクをたっぷりと絡めたポテトを、ぼそぼそとかじりながらそう呟いた。


「してないだろうな。その証拠は、斉賀自身もヤバイだろ。佐倉さんは、みーちょの連絡先知らないの?」


 佐倉は、ちゅっと音を立てて、ストローから唇を離した。

「ラインとかはさすがに知らないんだけど、インスタのDMなら、何度かやり取りした事あるわ」


「本当?」

 宇佐美はその答えに身を乗り出した。

 策士の血が騒ぐ。


「最近、ネットで見かけないけどどうしてますか? 心配してます、って感じでメッセージ送ってみようよ。で、それとなく居場所を聞き出せれば!」


「それ、いいアイデア!」

 零子が乗ってきた。


「僕は反対です。宇佐美君の二の舞になりかねません。ここは大人たちの意見を尊重した方が……。水木先生もなんだか今日は様子が違いました」


「大丈夫だよ。佐倉さんの自宅はセキュリティ完璧。警備員まで付いてるマンションだし、それに警察がパトロールも強化してるんだろう? 外出の時は俺らが付いてるわけだし。闇雲に琥珀村を探す方が危険だろう?」


「しかし、みーちょが一人でいるとは限りませんよ。もしも既に双葉の手中にいたなら、危険だと思うのですが……」


「じゃあ、こうしようぜ。一回だけDMを送ってみる。返信が来なければ、この計画はお終い」


「返信がきたら?」


「その時は内容次第だな」


「じゃあ、一度だけ。絶対に、個々で勝手な行動はしないと約束し合いましょう」


「わかった」

 佐倉は宇佐美の目を見つめて「うん」と深くうなづき、唇にきゅっと力を入れた。

 テーブルの脇に置いたスマホを操作する。


「これでいいかな?」


 作った文章を宇佐美に見せてきた。


『みーちょさん、お久しぶりです。この頃、ネット上で見かけませんね。

 どうしたのかなと心配してます。

 ネット上では変な噂も流れてるし、心配です。

 今、どこでどうしてますか?

 困った事とかないですか? 』


「うん。いいと思う」

 宇佐美は佐倉の目を見据えてうなづいた。


「じゃあ、送信するね」


 送信ボタンを押し終えて、佐倉はしばらくスマホの画面を見つめていた。


「とりあえず、既読が付いたら、生きてるって指標になるな」


 飯田はうなづかない。


「逆に、既に死んでたら、どうにでもできます」


「え? どういう事?」


「パソコンと同じで、スマホのロックも、専用のソフトがあれば簡単に解除できるんです。指紋だろうが顔認証だろうが……。殺す前にロック解除させておけば、パスコードなしに設定を変更する事だってできますし……」


「なるほど。それは言えてる。どちらにしても、油断は禁物ってことか」


「既読がついたわ」

 佐倉が画面に向かって目を見開いた。


「生きてたか? それとも双葉か……」


「入力中になった!」


 その数分後――。


「返信がきたわ」


 佐倉はスマホをテーブルの中央に置いた。

 そこに、部員全員の視線が集まる。


『乙女ちゃん、久しぶり。連絡ありがとう。今はとあるキャンプ場でバカンス中。SNSは低浮上でごめんね。バカンス終わったら色々更新する』


「バカンス?」

 零子は腑に落ちない様子で、食い入るように画面に集中する。


「佐倉さんは、どう思う? このメッセージ、みーちょだと思う?」


 佐倉は、震えながら激しく首を横に振った。


「違う! 絶対違う!!」


「どうしてそう思うの?」


「みーちょさんは、私の下の名前を、知らないはず。いつもはサクラちゃんって呼ぶの。それに、メッセージの文章も細かく改行するか、一つ一つのメッセージを一回ずつ送信する。こんなに長文を繋げてのメッセージは初めてよ」


 そういえば、佐倉はティックトックでは、サクラというハンドルネームを使っている。


「これは……。かなり危険だぞ。ネット上で、佐倉さんの下の名前まで知っている人物――。それは、斉賀と交換殺人を企てた双葉しかいない」


「宇佐美君、やはり、琥珀村に行くのはやめましょう。もう、手遅れかもしれません」


 飯田は青ざめた顔で、宇佐美の顔を見据えた。


「わ、わかったよ。この件は相沢さんに報告して、お終いにしよう」



 みーちょ事、道長さゆが、琥珀村キャンプ場を通る、琥珀川下流で、遺体となって発見されたというニュースが流れたのは、その2日後の事だった。

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