第29話 合宿初日

『今日未明、琥珀川下流で女性の遺体が発見されました。女性は道長さゆさん22歳。現場の状況から、警察は事故とみて捜査を進めています』


 みーちょ事、道長さゆの訃報は、昨日の夕方のローカルニュースで知らされた。

 夏になると毎年のように琥珀川は水難事故が多発するため、数ある事故の一つとして、警察は処理するつもりなのだろう。


 バズの時に比べて、ツイッター上は静かだった。みーちょの死は、誰かがニュースをリツイートしたに留まり、目新しい情報はなかなか出て来ない。


 そんな中、火種を作ったのは、ツイッターのフォロワー数70万人越えを誇るスーパー女子校生、佐倉乙女だった。


『みーちょさんの死は不審死です。これは誰かの陰謀。みーちょさんは事故なんかじゃない。情報求む!』

 と、ツイートしたのだ。


 そのツイートには、みーちょとやり取りしたインスタのDMのスクショが貼ってあり、変だと思う個所に赤ペンで印をつけている。


『みーちょさんは私の下の名前を知らないはず。それに、長文を続けて打ち込むのは変! このメッセージはみーちょじゃない。みーちょは殺された!』


「あ、また通知が来たわ。リツイートがあっという間に100超えた」

 水木の運転する7人乗りのミニバンの後部座席で、佐倉がスマホを見ながら呟いた。


「そういう勝手な行動は控えてよね。私たちが探りを入れてるのが相手にバレたら、私達みんな、命狙われてもおかしくないのよ」


 やたら棘のある言い方で、三列シート中央に座る零子が後ろの佐倉を睨みつけた。


「ごめんなさい」

 佐倉はしゅんと項垂れる。


「そんな言い方しなくたっていいだろー。せっかく、これから合宿なんだし、楽しく行こうぜ」


 零子の隣に座っている宇佐美の言葉に、ふんと鼻を鳴らして、正面に向き直る。


「はーい。スマホはもうお終い。合宿中はスマホは触れません。私が預かるので、みんなこれにスマホを入れてくださーい」

 軽い口調で水木がそんな事を言った。


「はぁ? 聞いてないよ。なんで?」

 口を尖らせる宇佐美。


「今流行ってるのよ、デジタルデトックス。あなたたち、いつもスマホやパソコンばっかりでろくに外の景色も見てないでしょ。いい機会だから今日から2日間、ケータイは私が預かります。この二日間はネットも禁止。文句がある人は下ろす! はい、相沢さん、お願いね」


 そう言って、安っぽいポーチを零子に差し出す。


「はいはい。は~い、スマホここにいれなさい、あなた達」

 零子も水木の口調を真似て、ポーチをこちらに差し出した。


「ちぇーっ」


 口を尖らせながらもそれに従う宇佐美、佐倉、飯田。


 みーちょの訃報から一夜あけ、現在時刻は午前9時。


 学校に集合したミス研部員たちは、今日から合宿のため、水木の自宅に向かう所である。


 が、しかし――。


「あれ? この道……。今日ってネコ娘の家に泊るんじゃないの?」

 スマホを回収したポーチを、助手席に置き、零子が水木に訊いた。


 そういえば、車は水木の自宅を反れて、山道に差し掛かろうとしている。


庵治山あじやまの方に別荘があるのよ。うち、大広間のエアコンが壊れてて、修理に時間がかかりそうなの。海沿いとはいえ、この時期のエアコンなしは辛いわよ。寝苦しい熱帯夜は嫌でしょ? 急遽で悪いんだけど、場所変更よ。山の暮らしも悪くないわよ。ケータイの電波もWi-Fiも繋がらないけどね」


「確かに。暑いのは嫌だな」


「どうしよう。私、パパにネコ娘の家を教えたわ」

 相沢さんは今夜、一時間ほど合宿に顔を出し、ちょっとした座学をしてくれる予定だった。


「パパに場所が変わった事、連絡だけさせて」


 そう言って、零子が助手席に置いたポーチに手を伸ばした。

 それをすかさず、水木はひったくるようにして取り上げた。

 走行中の車は、一瞬、中央の白線を超えるほど右に車体を揺らす。


「え?」


「大丈夫よ。心配ないわ。全員の親御さんには場所が変わった事は連絡しているから」


「そ、そう。ならよかったわ」


 零子は腑に落ちない表情を作りながら、宇佐美の顔を見た。


 今朝、出がけに「行ってきます」と声をかけた時、両親は何も言わなかった。

 それが少し引っかかったが、水木が連絡したと言っているのだ。

 間違いないだろう。

 もしかしたら、今朝、家を出た後に連絡したのかもしれないし……。


 ふと、後ろを振り返ると、飯田が腕組をして背もたれにもたれかかり、目をぎゅっと閉じている。

 眉間に深いしわを寄せて、額にはじんわりと汗がにじんでいた。


「飯田? どうした? 具合でも悪い?」

 その声に反応して、パチっと目を開けた飯田は、何でもない顔を取り繕った。


「いえ。大丈夫です。昨夜、ちょっと眠れなくて」


「そうか。庵治山って、車で1時間ぐらいかかるんだっけ?」

 水木に向かってそう声をかけると「そうね」と返事が返ってきた。


「着いたら起こしてやるから、少し寝るといいよ」


「はい。そうします」


 そして、再び目を閉じた。


 隣に座る佐倉は、心配そうに飯田の顔を覗き込んでいる。


「ったく、ガキみたいだな。遠足じゃあるまいし、はしゃぎすぎだろー」


 重く漂う不安な空気を払拭するように、宇佐美はわざと大きな声でそう言って笑い飛ばした。


 車は、ギリギリ離合できるかどうかという細い山道に進入している。

 曲がりくねった道には、空を隠すように木が覆いかぶさっていて、時々不気味なほど薄暗くなる。


「先生のお兄さんも来られますか? 科捜研の?」


 突然、飯田が水木にそう訊ねた。


「ええ、どうにか時間作ってもらったわよ」


「そうですか。ありがとうございます。楽しみです」


 飯田はそう言って、再び目を閉じた。

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