第4話 飯田一星★復讐に捧ぐ青春
自動的に流れていく車窓の景色を視界に収めながら、ぼんやりと妹である美緒に想いを馳せる。
世界は色を失くし、眠らない修羅が姿を現し、赤黒い炎を燃え上がらせる。
奥歯をぐっと噛みしめ、眼に力を込める。
つり革を握った拳はぶるぶると震え出す。
腕には青筋が立ち、心臓は破れんばかりに鼓動する。
あれは6年前の春のこと。
美緒は6歳で、もうすぐ小学校に入学する時だった。
満開の桜が咲き誇り、柔らかな風が希望を運んでいた。
美緒は、祖父母に買ってもらったランドセルを背負って、一年生になることを楽しみにしていた。
天真爛漫で――。甘えん坊のくせに時々大人ぶった態度を取る。
小学生になったら、なんでもでもできると思っていたんだ。
『小学生になったら、お兄ちゃんにごはん作ってあげるね』
『小学生になったら、美緒がお小遣いためて、お兄ちゃんにゲームかってあげるね』
『小学生になったら、美緒がお勉強おしえてあげるね』
そんな日は、もう二度と訪れない。
美緒が無惨な姿で発見されたのは、6年前。
飯田が小学5年生。4月になったら6年生。そんな頃だ。
早く小学生になりたかった美緒に、飯田は言った。
『小学校に入ったら、お兄ちゃんと一緒に学校に行けるぞ』
そう言うと、たいそう喜んで、ピンクのランドセルを背負い、家中を走り回っていたっけ。
かん高いはしゃぎ声が今でも耳の奥にこびりついている。
入学式を2週間後に控えた日曜日のこと。
セレモニーのための服を買うため、美緒は、母と二人で近所のショッピングモールに出かけた。
『お兄ちゃんも一緒に行こうよ』
と、随分駄々をこねたが、どうしてもやりたいゲームがあって、飯田は頑なに拒んだ。
『やだよ。お兄ちゃんは忙しいんだ』
母の買い物はただでさえ長い。
欲望にまっすぐだった少年時代の飯田に、休日に女性の買い物につき合うなどというのは酷な事だったのだ。
なぜ、あの時、一緒に行ってやらなかったのか。
自分が一緒に行っていれば、こんな事にはならなかったはずだ。
という後悔が、未だ、飯田にどす黒い影を落とす。
母が、ほんのちょっとの間、目を離した隙の出来事だったという。
美緒は忽然と姿を消した。
いくら探しても、店内放送で呼びかけても、防犯カメラ映像を見返しても、どこにも美緒の姿を見つける事はできなかった。
近所の人も、警察も、自衛隊までも総動員で川辺、山中、10キロ四方に渡り捜索が行われた。
誰しもが、生きて帰ってくると信じていた。
美緒が、変わり果てた姿で発見されたのは、いなくなってから7日後の事だった。
自宅からおよそ5キロほど離れた山小屋で、小屋の持ち主により、無惨な姿で発見された。
服は身に付けておらず、首には絞められた痕跡。体中に打ち身のような青あざ。
死因は気道を圧迫された事による窒息死。
大きめのスーツケースの中に、胎児のような姿勢で、眠るように死んでいたそうだ。
家族はその姿を誰も目にしていない。安置所で遺体の確認をしたのは父のみ。
母も飯田も、美緒の無惨な姿を、どうしても見る事ができなかった。
記憶の中には、明るく元気で可愛らしい美緒のまま――。
鑑識の結果。
体毛や体液、歯型。犯人は、美緒の体にありとあらゆる痕跡を残したにも関わらず、未だ捕まっていない。
捜査中とは名ばかり。
警察はとっくに犯人検挙を諦め、この事件を迷宮入りさせた。
『お前のせいだ。お前が美緒を殺した』
父はそう何度も母を責め、ついには家を出て行った。
美緒の死は、およそ3ヶ月ほどに渡り、メディアを騒がせた。
詳細な情報は公開されていなかったため、ネットでは母に対して心無い誹謗中傷が溢れかえった。
『母親が怪しい』
『子供が死ぬ事件て、大体親が犯人だったりするよね』
『保険金目当てとか』
『しかし可愛い女の子だな。ロリ好きにはたまらないな』
半年後。母はついに心を病み、自殺。
自宅のクローゼットで首を吊った母を発見したのは、飯田だった。
母の足元にはきちんと揃えられた遺書。
何度も読んだ。自分に充てられた手紙。
『一星へ
ごめんね。お母さんは罪を償わなくてはいけません。天国にいってしまった美緒に会いに行こうと思います。
あなたは、あなたの人生を精いっぱい生きてほしい。
一星と美緒にどうしても伝えたかった言葉があります。これだけは絶対に伝えたかった。
私を、お母さんにしてくれてありがとう。
一星なら、どんな苦悩も乗り超えていけると信じてます。お兄ちゃんだもんね。あなたはとっても勇敢で、賢く、頑張り屋さん。立派な美緒のお兄ちゃん。
ごめんなさい。お母さんを許してね。』
一人取り残された飯田は、母方の祖父母に引き取られ、父の姓から母の姓へと変更。
名前も居住区も変わった事で、あの事件の家族だと察する者はいない。
日本の警察は優秀だと、一体誰が言ったのか。
警察が捜査をしないのなら。犯人を捕まえないのなら。
司法が裁かないのなら。
――僕がこの手で、家族を奪った犯人を切り刻むまでだ!!
もはや、飯田一星を生かしているのは、犯人への復讐のみであった。
とはいえ、犯人にはまだ到底辿り着かない。手がかりすら雲をつかむような物である。しかしミス研部の顧問、水木しげ子の兄は科捜研に努める職員らしい。生物第四研究室。
つまり、犯罪捜査の鑑定、検査のためのDNA個人識別などを実施している機関だ。
面識はないが、いずれ何かしらの足掛かりにはなるかもしれないと、飯田は思っている。
「次は月ノ影ー、月ノ影駅です」
降車駅を知らせる車内アナウンスが、飯田に顔を上げさせた。
その時だ。
「飯田君? 飯田君だよね?」
透き通るような凛とした声が耳をなでた。
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