第2話 この中に犯人が・・・?

 一人の人間の死が、周囲にもたらす影響は多大だ。

 それが、学校一と言っても過言ではない人気者の死なら尚更。


 昼休み。

 保健室は、気分が悪くなった生徒、過呼吸で倒れた生徒で飽和状態。

 スクールカウンセラー室は行列が出来ている。

 そんな生徒たちをしり目に、ミス研部員たちは学食にいた。

 今回ばかりは部員全員【他殺】という見解が一致している。


 なぜなら――。


 警察と直接話をしたはずの水木は、ホームルームでこう言ったのだ。

『2、3日のうちに、警察の方が皆さんの所に事情を聞きに来るかもしれません。できるだけ協力するようにお願いします』


 と、まぁ。根拠は薄めではあるが……。


「事故だったとしても、不審な点がある場合関係者への事情聴取は執り行われますけどね」

 飯田はそう言って、持参したアルミの弁当箱の蓋を開けた。

 中には、鯖缶。缶詰の鯖がそのまま入っている。

 それに購買で買っていたプレーンヨーグルトをかけはじめた。

 先ほど、学食の自販機で買っていたドロっとした真っ赤なトマトジュースもトッピングしている。

 この特殊な食べ方は鯖缶に留まらない。

 ご飯+味噌汁ならまだましだ。それに、ヨーグルト、青汁、温泉卵などをトッピングするわけだ。

 クリームシチューにオレンジジュースに納豆。

 バリエーションは色々。

 その画像を、インスタにアップするので、クラスメイトは密かに『ゲロ飯』と呼んでいたのだが。

 陰口をそのままあだ名にしてしまったツワモノが零子である。


「前から聞こうと思ってたんだけど、それって美味いの?」

 宇佐美は恐々訊いてみた。


「味ですか?」


「そう、味」


「味の事はあまり考えていません」


「何考えて飯くってんの?」


「効率です。効率よく栄養を摂取します」


 そして食べ始めたので、宇佐美は目を反らした。


「他殺だとしたら、やっぱり怨恨だろうね」

 零子はAランチの豆腐ハンバーグに箸を入れながら、意地悪な顔つきで周囲に視線を泳がせる。


「この中に犯人が?」


「いるって考えるのが自然じゃないかしら」


「だとしたら男でしょうね。男の嫉妬は恐ろしいですから」

 飯田は、つぶらな目にギラリと眼光を宿し、30ミリリットルの乳酸菌飲料を口元で傾けた。


「確かに。女の嫉妬なら矛先は斉賀じゃなくて佐倉さんにいくだろうな」

 宇佐美は少し伸び始めた味噌ラーメンをすする。


「けど、この学園は高校だけじゃないじゃない。同じ敷地に大学もあれば院もある。教師や教授まで入れたら総勢2万人越えよ。一人一人に事情聴くのかしら?」


「んなわけないよな。気が遠くなるだろう」


「接点がある人物に絞り込むでしょう」


「じゃあ、まぁ、うちらは確実に事情聴かれるわね。同じクラスだもの」

 零子は心なしか嬉しそうだ。不謹慎なヤツめ!

 とはいえ、またとない機会なのだ。仕方がない。

 警察の事情聴取。そんなビッグイベントにワクワクしないやつは、この中にはいないだろう。


「銭ゲバ、ゲロ飯。あんた達、わかってるわね。どんな事聞かれたかちゃんと、部長のあたしに教えなさいよ」


「お! そうだ。この経験を活かしてミステリー小説を書いて、新人賞取って、がっぽがっぽ印税生活~~!!」


「バカね。そんなのは夢のまた夢。それよりもその甘ったるい顔面活かしてユーチューバーにでもなった方が稼げるわよ」


「いや~、ユーチューバーはな~、顔出しして有名になってファンが増えたら困るじゃん。どこで誰が見てるかわかんないし、、落ち着かない毎日になっちゃう。家凸とかされたらいやだしな~」


 有りよりの無しだな。


「それより、零子は辛くないのかよ。斉賀死んじゃって。お前も一応女の子だろ」


「……一応?」


「女なら誰でもああいう男が好きなんじゃないの?」


「別に。はっきり言ってタイプじゃない。斉賀ってなんだか作り物っぽくて人間味に欠けてる感じ。絶対裏では違う顔があるだろうし、モラハラ男の匂いがするんだよね。それに人は誰でも死ぬわ。雰囲気に流されて感傷に浸る時間なんてもったいない」


人間味に欠けてるのはお前だろ。


「飯田は?」


「僕は、誰かが死んで悲しいと思う気持ち自体が麻痺してるんです」


「ああ、そっか、そう言えば。妹、亡くしてたんだよな」


 飯田は引きつった笑顔で俯いた。


「はい。あれ以上の悲しみはありません」


「そうなの? なんで亡くなったの? 病気?」

 零子が驚いた様子で訊いた。


「いえ。…………事故、です」


「事故? もしかして、他殺、とか」

 宇佐美は、ついうっかりいつものノリでやらかしてしまった。


「やめてください!!!」

 普段大人しい飯田の地雷が大爆発した。

 学食は一瞬にして鎮まりかえり、仁王立ちになった飯田に視線が集まる。


「ご、ごめん。不謹慎だった」

 宇佐美はおろおろと謝った。


「大体、宇佐美君はデリカシーがないんですよ。今度妹の尊厳を踏みにじるような事があったら、僕は躊躇なくあなたを殺す!!!」


「ひぇぇぇぇぇええ、ごめんなさい。本当に悪かった」

 両手を頭の上に組み、必死で拝んだ。


「まぁまぁ、落ち着け、ゲロ飯。銭ゲバも謝ってる事だし」


 肩を上下させ、深呼吸しながら飯田は腰かけた。


「はぁはぁ、はぁ、大声を、出してしまった事は、はぁはぁ、謝ります。はぁはぁ、すみませんでした」


 高校に入ってから知り合った三人は、お互いの過去の事や家庭の事情について、あまり知らない。

 宇佐美は、何度か飯田の家に遊びに行った事がある。

 両親はおらず、祖父母宅に居候している飯田は、肩身が狭そうだった。

 小さな仏壇にはいくつかの位牌が窮屈そうに収まっていて、それを取り囲むように写真が飾ってあった。

 その中に、妹と思しき幼い女の子の写真があったのだ。

 他人の目から見ても可愛らしい子で、飯田はさぞ苦しんだのだろう。


 それにしても、あれほどまでに怒りを露わにした飯田は初めて見た。妹の死は本当に事故なのだろうか? 


 真相は、案外エグかったりして?

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