この青春、復讐に捧ぐ
神楽耶 夏輝
クラスメイトの死の真相を探れ!
第1話 自殺か他殺か
「やっぱ他殺よ、他殺」
スマホの画面をスクロールしながら、
「いや、自殺っしょ!」
「ゲロ飯はどう思う?」
酷い呼称で零子に呼ばれた
「他殺です」
「ほらね!」
まるで自分の手柄のように、ドヤ顔を見せる零子。
確かに飯田は成績もいいし、頭も切れる。知識量もハンパない。けれども――。
ここは、
部員は三人で、どうにか部活の体は成していて、これはれっきとした部活動なわけで。
彼らが他殺だの自殺だのと議論している事件はもうとっくに警察で自殺と処理された案件だ。
それなのに、なぜに彼らがこのような議論をしているのかというと……。
これこそがこのミステリー研究部、通称ミス研部の部活動だからである。
真相が例え、事故であろうと自殺であろうと、他殺の可能性を探る。無理やり他殺に仕立て上げる。つまりは陰謀論を唱え悦に浸る。
中にはかなり真実に近い見解もあったはずで、そういう場合は警察に行き、『あれは事故ではなく他殺です』などと報告する事もある。
しかし――。
どんなに信憑性の高い見解だろうが、警察からは全くもって相手にされていない。
よって、社会的に役に立っているかどうかは、言うまでもない。
あれは、ゴールデンウィーク中の出来事だった。
暴露系ユーチューバーとして人気を博していたブラックバズ、通称バズが自家用車の中で首を吊って死んでいるのが発見された。体内からは睡眠薬と多量のアルコールが検出されたらしい。
生前は、過激な暴露だけでなく女好きでも有名で、他のユーチューバーに淫らなプライベートを晒され、ブーメランを食らう事も度々。
だが、それすらもエンタメとして昇華させる技量を持ち合わせており、鋼のメンタルが売りであった。
しかし、鋼のメンタルの持ち主など存在しない。
誰も皆、等しく心は弱い物だと、宇佐美は思う。
「だって、遺書があったんだろ。自殺だろ」
「遺書と言っても、ツイッターへの書き込みです。居合わせた人間なら誰にでもできます」
と、秀才飯田は言う。
バズは死ぬ直前、『もう生きてるのがいやになった。死ぬわ。じゃわわー』という書き込みをしていた。『じゃわわー』というのは、終わりの挨拶。動画の〆に使うバズのお決まりのセリフだ。
そのツイートを最後に、彼がネット上に現れる事はなく、数日後、【暴露系ユーチューバーブラックバズ車内で自殺】というニュースがテレビで大々的に報道された。
ネット上ではファンもアンチも過激なリプバトルを繰り広げ、実しやかな陰謀論に色めき立ち、その火は未だ燃え続けている。
あれから、2ヶ月が経つというのに。
そのリアルバージョンがこのミステリー研究部の部活動というわけである。
ガラっと音を立て、部室の扉が開いた。
「あなた達、朝の活動はそれぐらいにして、教室に戻りなさい」
「げ! ネコ娘」
顧問であり、担任である水木しげこ。確かな年齢はわからないがアラサー独身。
本人を前にして悪口のようなあだ名でネコ娘と呼ぶのは零子だけである。
きゅっと吊り上がった細い目は、ぎゅーっとてっぺんでまとめてお団子にしている髪型のせいではないかと、宇佐美は思う。このごろたるんで来た頬を誤魔化しているのだろう。
いつもなら、吊り上がった目を更に吊り上げ、反論するのに、今日はどういうわけかテンションが低い。
「ちょっと早めにホームルーム始めるわよ。ここ、スピーカーがないから放送聞こえないんじゃないかと思って」
この部室は旧校舎の元家庭科準備室だ。
確かに放送は聞こえにくい。
「わかりました。教室行きます」
この日は放課後、それぞれ予定があったため、朝に活動していた。
はっきり言って、部活は楽しい。
朝だろうが放課後だろうが、完全下校時間ギリギリまで活動する。
陰謀論は、愉しいのだ。
古びた渡り廊下を渡り終えると、まるで別世界のように豪奢な空間に変わる。以前、この学園は、設立40年を誇る、私立柏木商業高校という商業系の私立高校だった。
5年前に表向きだけは改装されて、外観と表側の校舎はピカピカ。
名前も最寄り駅の地名を冠した『私立月ノ影学園』に生まれ変わったのだ。
近代的なエントランスの二階が、彼らの教室2年A組である。
シャーっと扉を開けると、いつもは騒がしい生徒たちが皆一様に、暗い顔で席に着いている。
ハンカチを両手で握り締め、涙を流している女子生徒までいる。
「ん? 何があったんだ?」
「異様な雰囲気ですね」
飯田が眉間にしわを寄せて、メガネのブリッジを中指で押し上げた。
「大体、早めにホームルームっていうのも異例じゃない?」
零子は控えめな声でそう言って、自分の席に座った。
宇佐美と飯田もそれぞれ席に着いた所で、水木が入室。
さっきは気付かなかったが、今日は黒いスーツだ。いつもは割とふんわりしたラフなブラウスなのに。
「起立」
学級委員の掛け声で全員立ち上がる。
「礼」
「おはようございます」
「おはようございます」
「着席」
ガシャガシャと椅子を引きずる音が耳を擦り、続いてシーンと静けさが教室を覆った。
「えー、今日は、皆さんに、残念なお知らせをしなくてはいけません。もう既に知っている人もいるかもしれませんが――」
誰か死んだ?
宇佐美は目だけを動かし、空席を見つける。
一番前の右端。あの席は……。
まさか。
「このクラスの
その言葉で教室は一気にお葬式ムード。すすり泣く声で充満していく。
なりふり構わず号泣する生徒もいる。
宇佐美の視線は自然と、斜め前に座る
ハンカチをぎゅっと握り締め、さめざめと涙を流す。
こんな時に不謹慎だが、泣いている顔も、なんとも絵になる。美しい。
佐倉乙女は、確か斉賀と付き合っていたはずだ。悲しいだろうな。
クラスメイトとはいえ、さほど接点がなかった宇佐美でさえ、ショックは隠しきれなかった。
「今の所、事故と報告されています。詳しい話はまだできませんが駅のホームから転落して電車にひかれたという事です。お葬式は――」
水木は、涙をこらえながら通夜と葬儀の日程を案内した。
このクラスメイト斉賀恵斗の死によって、バズの死の真相は、ミス研部員にとって、どうでもいい事に変わるのであった。
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