第11話 相沢零子◆怪しいアカウント

 次の日の朝。

 寝不足気味でぼんやりしている脳の酸素を入れ替えるため、あくびを一つ。

「ふぁぁ~~あ」

 騒々しくなり始めた教室で、昨夜の出来事を整理するため、バッグの中から手帳を取り出すと。

「色々掘り起こしてたら、とんでもないもん見つけたぞ」

 背後から宇佐美がそう声をかけて来た。


「おはようぐらいいいなさいよ。いきなりびっくりするじゃない」


「ああ、おはよう。それよりさ、これ見て」


 宇佐美はそう言って、スマホの画面を差し出した。

 挨拶よりも大事な事があったようだ。


「え? バズ? え? 死んだんじゃ?」


 宇佐美の差し出したスマホのスクリーンには、生き生きと小物インフルエンサーの暴露ツイートをしているアカウントがあった。

 自撮りの顔の目元に、黒い線でモザイクをかけた怪しげなアイコンは、紛れもなくブラックバズの物だ。

 そして、件の動画をアップしている。

 ツイートには『#斉賀華絵#ハナエ』というハッシュタグのみ。


「どういう事? 暴露系ユーチューバー、ブラックバズは2ヶ月も前に死んだはずでしょ。それなのに、どうして?」


「はっはっはっ。よく見ろよ。青い公式マークが付いてない。アイコンやプロフの文言をコピーしただけの偽物だ。熱狂的な信者か、その逆か。多くの場合、後者だな」


「は~ん。なるほど。悪質ななりすましか」


「そうそう。掘り下げてみたらこれに行きついた。一番日付の古いのがこの偽物バズ。この動画を上げた日付は7月9日日曜日。斉賀が死んだ日だ。そして……、この動画を一番最初にリツイートしたアカウントも、なかなか怪しいんだよ。これなんだけど」


 宇佐美は、スクリーンショットを次々に見せて来る。


 スクリーンネームは【復垢@拡散用】。


「このアカウントは偽物のバズしかフォローしていない。にも関わらずフォロワーは10万人を超えている。ツイッターを始めたのは、今年の5月から。にも関わらずだ。しかも、ツイートにはこの斉賀の動画のリツイートだけ」


「怪しすぎる!! この動画の拡散だけを狙った行為に見えるわね」


「そう考えるのが自然だよな。フォロワーは恐らく買ったんだ。つまり、この偽物のバズと復垢は、何らかの関連がある。または、同一人物」


「妙なところでバズと斉賀家が繋がったわね。もっとも、このバズは偽物なんだけど、バズに成りすましてる所が、何やら関連を匂わせてるみたいね。それに、この復垢の復って……ミス? それともわざと?」


「複数アカウントという意味の複ならころもへん。ぎょうにんべんの復から連想されるのは――」


「復讐?」


 そこへ――。


「おはようございます。新情報が出ましたか?」


 飯田が二人を目掛けていそいそと歩いて来る。


「おはよう、飯田。今日、電車で来た?」


「はい。お通夜、みんなで行くんですよね」


 斉賀恵斗の通夜は今日の18時から。ことぶき会館という葬儀場で行われる。


「ええ、もちろんよ。昨日、あれから面白い事がわかったわ」


「ほう」


「パパの電話の声が、たまたま聞こえてきたんだけど。本当に、たまたま……」


「嘘吐け! 盗み聞きしたんだろ」


「違うわよ。壁に耳を当ててたら、たまたま聞こえたんだから」


「…………」


「あのね、斉賀華絵情報なんだけど、昨日、彼女、警察に連行されたらしいわよ」


「ええ? あの斉賀の継母?」


「そう。なんでも、あの日、あの駅の防犯カメラ映像に映り込んでたらしいの。それで、まぁ、任意の事情聴取だったらしいんだけどね」


「で、それで? 犯人だった?」


「いや、待て待て。先走りすぎ! うちのパパの会社が斉賀華絵の調査をしていたのは昨日話した通りね」


「うん」


「それで、調査報告書を早めに出してほしいって、昨夜お願いされてた」


「それで?」


「それだけよ。まだ詳しい事はわからないわ。パパは昨日仕事休みだったのよね。斉賀華絵の担当の調査員なら、日曜日の斉賀華絵の様子がわかると思うの。もし彼女が犯人なら、調査員は現場を目撃しているはずでしょ?」


「確かに、そうだな。けどいくら何でも息子を殺すか?」


「さぁね。世の中、邪魔者は殺す、っていうサイコパスが一定数いるのは確かよ。自分の子供だろうが、親だろうが――。そもそも、あんな非常識な事する人よ。血のつながりがないとはいえ、息子とだなんて。しかも、旦那さんの息子よ」


「まぁ、そこだけ切り取ればそうだけど――」


「その一部分だけで、人を判断するのはよくありません。ネット上では、こんな風に簡単に、人は操作されていくものです」


 飯田はそう言って、首を45度に折ってうつむいた。


「たとえ、どんな才能に溢れてて、どんなに素晴らしい人格の持ち主であったとしても、全部が崩れ去るぐらいには、おぞましい行為よ」


 どこにどう転がったとしても、私は斉賀華絵を好きにはなれないし、軽蔑する。

 周囲の気持ちをおもんばかる事のできないサイコパスよ。間違いない。

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