第33話 罠

 ガソリン入りのポリ缶2個は、どうにか土の中に隠す事ができた。

 土砂降りの雨のせいで、二人とも泥だらけ。

 しばし、雨に打たれて泥を流した。

 雷鳴にもすっかり慣れて、恐怖心は半減している。


「宇佐美君、これを見てください」

 雨に打たれながら、飯田はスマホの画面をこちらに向けた。

「え?! なんだこれ? マジ?」

 画面に映っているのはネットニュース。


 見出しはこうだ。


『暴露系ユーチューバーブラックバズの死は自殺ではなく他殺か!?』

 記事によると、バズの死には不審な点がいくつかあり、警察は自殺ではなく事件として再捜査を進めている、という。


「僕たちが相沢さんに渡した情報が役に立ったのかもしれませんね」

 飯田は声を弾ませた。


「こんな事、初めてだな」


「そうなんですか?」


「ああ、そっか。飯田はまだ入部して4ヶ月だもんな。ミス研部は大会や試合があるわけじゃないし、ずっと日陰に潜んで活動しているようなもんだろう。地域貢献が目的だけど、調べた事故や事件の情報を警察に献上しても、適当にあしらわれて終わりだよ」


「ほとんどが陰謀論ですからね」

 飯田はおかしそうに笑った。


「そうそう。やっと日の目を見た気がするよ」


「警察が双葉に辿り着くのは時間の問題でしょう。しかし、警察がバズを殺した犯人が斉賀君という事で事件を処理したらお終い。このままでは、立件はせいぜい殺人教唆。双葉が斉賀君を殺したという証拠になり得るのは、宇佐美君の記憶です。線路に落ちる瞬間、あいつの顔が見えたんですよね?」


「ああ、確かにあの顔で笑ってた」


「僕の推理はこうです。双葉はずっと宇佐美君を遠目から観察していて、キーホルダーを持っている子供と接触するのを見ていた。そのキーホルダーを子供から何らかの手段で奪い、宇佐美君の足元に転がした。双葉は絶対に宇佐美君がそれを拾うために屈む事を想定していたに違いありません」


「斉賀も同じ方法で――」


「恐らく」

 飯田はびちゃびちゃに濡れた肩口で、顔を拭った。


「その子供から言質が取れれば、双葉はもう言い逃れできません。みーちょの件も、いずれはっきりするでしょう」


「俺たちは、今夜をどう生き延びるかだけに集中、だな」


「はい。そろそろ戻りましょう。怪しまれては水の泡です」


「ああ」


 びちゃびちゃと泥を飛ばしながら、シャベルを片手に、コテージに向かって走った。

 警察が捜査を再開させたというニュースで、手柄をあげた気になっていた。

 怖いものなんて、もう何もない。


 シャベルを元の場所であるコンテナに戻し、何食わぬ顔でドアを開けると、零子と佐倉が駆け寄って来た。


「何してたの? 随分遅かったじゃない」

 零子は紙皿を手にしている。

 壁掛けの時計に目をやると、あとわずかで12時だ。

 一時間近く、ガソリンと格闘していたらしい。


「あらあら、泥んこ! たぬきにでも化かされた?」

 水木はいつもの調子で茶化す。


「そ、そう、そうなんだよ。たぬきみたいな動物がいて、林のほうに逃げて行って……それをつい追いかけて行っちゃって……こんな時間になっちゃった」


「あれは、ハクビシンだったのでしょうか?」

 飯田も茶番に参加する。


「雨が急に降り始めたから、山の動物たちも騒ぎ出したのかしらね」


「ああ、そうみたい」


「とりあえず着替えないと、風邪ひくわ」

 佐倉が心配そうに、飯田の顔を覗き込んだ。


「そう、ですね。着替えてきましょうか、宇佐美君」


「ああ、そうだな」


 犬のように、頭をぶるぶるっと振って水気を飛ばし、二階に上がる。

 持参したタオルで水気をふき取り、ぺたりと体に貼りつく服を脱ぎ捨てた。


「なんとかうまく誤魔化せたな」

 飯田の方に振り向くと、「そうですね」と不器用にうなづいた。


「ああ~、力仕事したから腹減ったな。メシだメシ! 行こうぜ」


「はい」

 廊下には、既に肉を焼く、香ばしい匂いが漂っている。


 席に着くと、ちょうどいいタイミングで焼けた肉を零子が宇佐美の皿に取り分けてくれた。


 網の上に、どんどん肉を置いていく水木。

 それをトングでひっくり返す零子と佐倉。


 皿の横には、ペットボトルのお茶が置いてある。

 喉もからからだった。

 宇佐美はそれを一気に飲み干した。


 なんだ? このお茶。やけに苦いな。


 同じくお茶を一気にあおっている飯田の顔を見たが、特に変わらない。いつも通りだ。


 気のせいかな。


 そんな事よりも、目の前でどんどん焼ける上質な肉に、つい夢中になっていた。

 塩気の利いたおにぎりが最高に美味くて、文字通り腹いっぱいになるまで食べ続けた。


「せっかくの合宿だったのに、雨で退屈しちゃうわね。後で映画でも観ましょうか。ジャンルはもちろんミステリーよ。謎解きの前に止めてみんなで犯人を推理するの。どう? 面白そうでしょ」


「あ、ああ。いいね」

 何を企んでいるのかわからない水木。そんなバイアスがかかっているせいか、いつもと変わらない態度でほほ笑む彼女は異様に思えた。


「みんなが見ていないタイトルの映画にしなきゃね。私は大概のミステリー観てきたから、推理には参加しないけど。Nの秘密、とか面白いわよ。動機が残忍なのよ。殺す手口は雑なんだけどね」


「Nの秘密? 観た事ないわ」

 零子が、いつになくおっとりとした口調でそう言った。


 佐倉はその横で、あくびをかみ殺している。


 宇佐美も腹いっぱいになったせいか、なんだか眠気が襲ってきた。雨の中で力仕事をしたせいもあるのか……?


 飯田はメガネを外して、目をこすり始めている。


 全員が同じタイミングで、眠気に襲われている?

 水木だけが、らんらんと目を輝かせていた。


 しまった。油断してしまった。


 歪んでいく視界。


 走馬灯のように後悔が駆け巡る。

 着替えるタイミングで、相沢に連絡を取っておくべきだった。


 何か、飲まされた……。


 やっぱり……お茶が苦かったのは…………気のせいじゃ…………なかった。

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