第34話 絶体絶命

 頭が痛い。

 

   喉が渇く。


      体の自由がきかない。


 この上ない不快感に襲われて、どうにか重い瞼をこじ開けた。


 一瞬、ここがどこなのか、脳内の記憶を呼び起こす必要があった。

 記憶に馴染まない木造りの部屋。

 はちみつのようにとろけそうな照明。


 そうだ。合宿に来ていたのだ。

 ガソリンを山に埋めて……

 お昼に、焼き肉……


 その後の記憶が、ぼんやりとしている。


 大きな窓ガラスから見える景色は濃紺で、灯り一つ見えないが。

 

 ガラスに映り込んでいる光景に、震撼した。


 ここは、合宿で使用しているコテージの、ダイニングキッチン。

 お昼に、みんなで焼肉を楽しんでいた場所だ。


 テーブルの上は食事をした時のまま。


 6人掛けの大きなテーブルの脚には、四人の部員たちがそれぞれ椅子に座った状態で括りつけられているではないか。

 両手は後ろに回されて、両足はガムテープで固定されている。

 宇佐美と同じように、薬で眠らされたのだろう。


 狭い可動域で、必死に体をよじって状況を確認する。

 他の部員はまだ眠りから醒めていない。

 隣の脚には飯田。反対側には佐倉。対角には零子。

 それぞれテーブルの端に背中合わせに固定されている。


 絶体絶命。詰んだ?

 いやだ。

 そんなの、絶対にいやだ。


 なんとか突破しなければ。


 腕を固定しているのはガムテープのようだ。

 腹周りのロープで脚に括りつけられている。

 確か、頑丈で重そうなテーブルだった。


 両手を必死によじって突破を試みる。

 両手さえ自由になれば、なんとかなるはずだ。


 動けば、椅子がガタガタと音を立てる。


「おーーーーい!! 誰かーーー!! 助けてーーー」

 必死で声を張り上げてみるが、聞こえるのは野鳥が鳴く声だけ。


「んっ、んーーーー」

 と唸り声をあげて、飯田が目を覚ました。


「飯田! 飯田!! 大丈夫か?」


「ああーーっ、頭が痛いです。これは、一体、どういう……」


「嵌められたみたいだ」


「え?」


「んっ、んーー」

 アンニュイなうめき声をあげながら、佐倉と零子も目を覚ました。


「みんな無事か?」


「何よ? これ? 一体どういう事? 強盗? え? なに?」


 混乱を見せる佐倉。


「あ~、嫌な予感が的中しちゃったわ」

 零子は思いのほか冷静だ。

 さすが、ミス研部部長。そして、先祖代々探偵の子孫。


 言ってる場合か?


 全員、無事に目を覚ました事で、ひと時の安堵が訪れていた。


「ペットボトルのお茶に、睡眠薬混ざってたな」

 ぽつりと呟いた。


「え? しかし、ペットボトルは確かに未開封でしたよね? 開ける時、カチっという手ごたえがありました」


「注射器か何かで注入すれば、開封しなくても異物を混入させられる。私も、なんだかちょっと苦く感じたもの」


「そ、そうなんですか?」


「飯田は気付かなかったのか?」


「僕は味覚障害なので、毎回苦味はきつく感じる舌なので」


「あ、そっか。ごめん」


「いえ」


「え? これって、レクレーションだよね? 肝試し? 謎解き?」

 佐倉は半泣きだ。


「いや、これは余興じゃない。俺たちは知り過ぎてしまったんだ」


「って事は、ネコ娘と双葉はやっぱり関係があったって事なの?」


「痛恨のミスです。零子さんと佐倉さんに、共有しておくべきでした」


「ちょっと、抜け駆けしようとしてたの? あんたたちー!」

 零子はヒステリックに体をよじり、暴れ始めた。


「言ってる場合か! 先生の前で女子たちが不審な態度を取らないように、飯田なりに配慮したんだ」


「結果的にこれじゃない! 一体どうするつもりよ!」


「やめろ! 今はけんかしてる場合じゃないだろ。落ち着いて、脱出方法を考えよう。幸い、この家には今、誰もいないみたいだ」


「隠しカメラか何かで、監視されてる可能性はありますが――」

 

「そんな事より、教えてよ! ネコ娘と双葉はどんな関係なのよ?」


「双葉は、水木先生の弟でした。僕たちの言動は双葉に共有されている可能性が高いですね」


「じゃあ、こうなる事は予想できたはずじゃない」


「まぁ、そう……なんですけど。大きく見当が外れました。まさか薬を盛られるとは思いませんでした」


「はぁ? もう!!」


「私たち、殺されるの?」

 佐倉が声を震わせた。


「まだ諦めるのは早いです。手を固定しているのはガムテープ。粘着はくっついたり離れたりを繰り返せば、弱くなっていきます。少しずつ左右の手をねじるように動かしてみましょう」


「わかった」


 宇佐美は飯田の言うとおりに、左右の手を捻じりながら、数回動かしてみた。


「あ、なんとなく緩まっていく気がする」


「僕は、もう少しで外す事ができそうです」


「マジか」


 一斉に、ペリペリ、ペリペリという音が部屋に充満する。


 誰か一人でも突破できれば――。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 ――水木しげ子――


「あの子達、一体どこに隠したのかしら? 全く、最後まで手を妬いてくれるわね」

 しげ子は、シャベルを持つ兄の和重を見た。


「シャベルについた泥の具合から言って、この辺だと思ったんだがな。暗くなってしまってよくわからないな」


 今しがたこちらに到着した和重は、手に持った懐中電灯で足元を照らしている。


「あの子達が眠ってから8時間が経つわ。そろそろ目を醒ます頃じゃないかしら?」


「そうだな。睡眠薬は7時間から10時間作用するタイプの物だから、そろそろか」


「一旦、戻りましょう。あの子たちがどこまで情報を掴んで、他と共有しているのか、知っておく必要があるわ」


「そうだな。ガソリンの有りかも白状させるか」


「そうね。あれがないと事故による火事だったって事にできないもの」


「最悪、ガス漏れによる爆発って事にしてもいいが、助かる可能性はゼロじゃない」


「今度こそ、完全に仕留めないと。一人でも助かってしまったら、今までの苦労が台無しよ」


「ああ」


「そういえば、双葉は?」


「警察に連行されたようだな」


「え? どうして?」


「バズの自殺を、警察が再捜査している。捜査線上に双葉が上がったんだろう」


「ちょっと、どうするの?」


「事情聴取は任意だ。自供さえしなければ状況証拠だけで罪が確定する事はない。今の所、決定的な証拠は一切ないのだから、大丈夫、心配するな。こちらはこちらで。事を進めよう」


「わかったわ」

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