第14話 動機
次の日の放課後。
夕刻5時。
校庭は運動部員たちの陽気な声に包まれている。
燃えるような夕焼けは、ジリジリと音を立てて体力を奪いにくる。西日が差し込むミス研部部室にはエアコンがない。
そして、今日も、佐倉乙女は学校に来なかった。
この日、【斉賀恵斗告別式】と銘打った葬儀に、ミス研部員たちは参列しなかった。佐倉乙女もまた、参列していないだろう、と宇佐美は思っている。
この中で、葬儀に参加したのはただ一人。
担任の水木しげ子だけである。
「暑いなぁ」
宇佐美はシャツを脱ぎ、インナー代わりに着ていたTシャツの裾をパタパタと仰ぎながら、何度目かの弱音を吐く。
「元サッカー部員とは思えないだらしなさだわ」
零子は首かけ扇風機に髪をなびかせながら、宇佐美から目を反らした。
「うっせぇ。サッカー部だったのは中学までだ。もうすっかり文化部の体力だよ」
「なんでやめたの?」
「俺、小1からサッカーやってきたんだよ。いい加減飽きた」
「それだけの理由?」
「そうだよ。世の中にはサッカーより面白い事がたくさんあるんだからね! サッカーだけに人生捧げるなんて、もったいなくね?」
「水分はしっかりとってねー。文化部のくせに熱中症だなんてしゃれにならないわよ」
パイプ椅子に腰かけた水木が、うちわでパタパタと宇佐美を仰いだ。
「あのさぁ、先生。ツイッターの個人情報って簡単に引っ張れるの?」
「う~ん。そりゃあ、根拠があれば難しい事ではないかもね。ただ早くても1ヶ月、最長で6ヶ月ぐらいはかかるって聞いた事あるわ」
「弁護士介入でも、個人情報開示請求には最短で3週間ぐらいはかかると思いますよ」
たらたらと滴る汗をタオルハンカチで拭いながら、飯田が言った。
「そんなにかかるのかー。バズの偽物と、あのストーカー野郎が同一人物だとしてだよ。動機はなんなんだろうな。斉賀を殺す動機」
「そりゃあ、斉賀君と華絵さんの関係を知って、逆上したんじゃないの?」と零子。
「そんな単純かなぁ? じゃあ、動画を拡散した理由は?」
「そりゃあ、斉賀夫妻を破局させるためよ」
「ああ、なるほど」
やけに納得のいく見解だ。
「まぁ、見えている事だけを繋ぎ合わせれば、そういう事になりますね」
飯田はイマイチ納得いかない表情を見せる。
真実は見えない所に隠されているものである。
「そうなんだよなぁ。わざわざ手を汚す必要あったのかな? あの動画があるなら、もう殺したも同然のはず。二人は社会的に抹殺されるわけで……」
「それに、斉賀君を殺してまで、華絵さんに執着していたとして。華絵さんがストーカー男に心当たりがないのは不自然な気がします」
「それに、理由がそれなら、先ず斉賀宏なんじゃない? 殺すとしたら」
「あんた達、本当、子供ね」
零子が鼻でせせらわらった。
「あ~??」
「先に斉賀宏を殺してみなさい。二人にとっては楽園じゃない! 犯人は、斉賀華絵を徹底的に孤独にする必要があったのよ。先ずは斉賀君。そしてその後、夫妻の破局。完璧で合理的な、計画的犯行よ」
「証拠が出て来なければ、完全犯罪ね」
水木は、少し茶化したような口調でそう言った。
「じゃ、じゃあ。バズの死は? バズはどう絡んでるんだよ?」
「ここまでで、事件に絡んでそうな登場人物を整理しましょう」
飯田は立ち上がり、ホワイトボードの脇に立った。
きゅっきゅとマジックを走らせながら、何やら書き込んでいる。
バズ(自殺? 体内から多量のアルコールと睡眠薬が検出。死因は頸部の圧迫による窒息死。遺書あり)
斉賀恵斗(ことぶき新町駅の3番ホームから転落。電車にひかれ、死亡。佐倉との待ち合わせ場所へ行く道中だった事から自殺とは考えにくい。事故または、事故にみせかけた他殺?)
斉賀華絵(ストーカー被害により調査対象)
斉賀宏(被害者の父)
杉田義男(斉賀華絵の調査担当。AIZリサーチ調査員)
★男x(斉賀華絵のストーカー)
★偽物バズ(華絵と斉賀恵斗の盗み撮りの動画をツイッターにアップ)
★復垢@拡散用(偽物バズの動画をRT。フォロワー10万人越え)
「特に怪しい人物には★を付けてみました。こんなもんですかね?」
「佐倉さんは? 一応、登場人物としては無視できないわよ」
「あ、そうか。佐倉乙女、斉賀恵斗の元恋人。別れ話の最中だった、と。こんな感じですか」
「さて! 探偵ごっこはそこら辺にして。夏合宿の話合いを進めましょう」
水木がパンパンと柏手を打った。
「去年と同じでいいんじゃない? ネコ娘の家で」
零子はやる気なさそうにそう言って、パイプ椅子の上で足を組んだ。
「そう? みんながそれで異論がないなら、私はそれでいいわよ。例年通りなら二泊三日だけど、それでいい?」
「はーい。いいで~す」
「何かリクエストはある? やりたいイベントとか。去年は近くの墓地に肝試しに行ったわね。海岸で花火大会とか、庭でバーベキューとか」
「あ、あの」
声を上げたのは飯田だ。
「もし、可能なら、なんですが」
「ん? 何? 言ってみて」
「水木先生のお兄さん、科捜研の職員なんですよね?」
「ええ。そうよ」
「よければお話を聞きたいな、と思いまして」
「は~ん。面白いわね。ミステリー研究部らしい活動内容ね。予定を確認しておくわ」
「ありがとうございます」
「面白そう!! じゃあ、ネコ娘のお兄さんの予定に合わせて日程組もうよ」
「それいいね! あ! そうだ。零子パパの話も聞きたいな。酒飲ませれば、何でも喋ってくれるんだろ?」
「ああー、まぁ、そうだけど。忙しい人だからね。一応パパに訊いてみる」
「おっしゃー! 今年の合宿は盛り上がりそうだな」
事が大きく動いたのは、それから三日後の日曜日の事だった。
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