第13話 限りなく黒に近い人物

「いやぁ、零子がお友達を紹介するなんて珍しい事でね」

 零子父は白いハンカチで汗を拭き拭き、ファミレスのテーブルに宇佐美と飯田を促した。

「さぁ、どうぞどうぞ、座って」


 宇佐美と飯田が隣同士に腰かけて、対面に零子と零子父が腰かける。

「さぁ、何でも好きな物を頼んでくれ。急な事で、ファミレスで申し訳ないね」

 極悪そうな顔面とは裏腹に、零子父は実に優しい口調でそう言いながら、コールボタンを押した。


 時刻は21時。

 店内はピーク時よりも少し落ち着きを見せているお陰で、店員はすぐに注文を取りに来た。


「さぁさぁ、何でも好きな物を頼んで。私は、和牛ヒレステーキおろし添え。それとプレミアムモルツを」


 店員が零子父の注文を復唱する。


「和牛ヒレ、おろし添えと、モルツですね」

「君たちも、遠慮なく」

 そう言って、額から吹き出す汗を拭う。


「すいません、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります」

 宇佐美はメニューを手繰り寄せて、飯田と一緒に眺める。


 通夜が終わり、ことぶき会館を出たところで、零子父に呼び止められたのだ。

「一緒に晩ごはんでもどうかね?」と。

 ちょうど腹も空いていた。

「行こう」

 という鶴の――、いや、零子の一声で首肯した宇佐美と飯田。


 零子父は、斉賀華絵の調査をしていた会社の重役なわけで。

 何かしら、目ぼしい情報にありつけるかもしれないといういやらしい気持ちは、無きにしも非ずだ。


「えっと、俺は、イタリアンハンバーグの洋食セット」


「僕は、和風照り焼きハンバーグの和食セットで」


「私は、ビーフシチューのパンとサラダのセット。それとアイスレモンティ」


「君たち。飲み物は?」


「あ、いえ。僕は水で」


「僕も、水でけっこうです」


「遠慮なんかしないでくれよ。コーラは好きかい?」


「は、はい、コーラは好きです」

 と、宇佐美。


「飯田はコーラ飲まないわよ。いちごミルクでしょ?」

 と、零子。


「え? はっ、はい」


「そうか、じゃあコーラといちごミルクも」

 と、店員に伝える。


「かしこまりました。コーラといちごミルクですね」


「あ、すいません。ありがとうございます」

 実に申し訳なさそうに、飯田が何度もお辞儀をする。


 飯田がメシにいちごミルクをトッピングしない事を祈る。


 店員が去った後、零子父は内ポケットから黒い革製の名刺入れを取り出した。

「うちは調査会社でね。改めまして――」

 そう言いながら、宇佐美と飯田に一枚ずつ名刺をくれた。

「何か困った事があったら、相談しなさい」

「あ、どうも」


 探偵か。ちょっと憧れる。

 宇佐美はもらった名刺をまじまじと見つめた。


「あの、僕たち、斉賀君の死が本当にただの事故だったのか、もしかしたら真実は他にあるんじゃないかと思っていて、その……。相沢さんはどう思われますか?」


 その瞬間、相沢豊の眼は鋭く光った。


「今日、調査報告書に目を通してきたんだがね、確かに不審な点は、ある」


「と言いますと?」


「詳しい話はできないんだがね、うちで斉賀さんから調査の依頼が入ってね。ちょうど10日ぐらい前だったかな」


 いつの間にか店員が運んできたロンググラスのビールを、相沢さんは口元で傾けた。


「華絵さんについての調査依頼だ」


「浮気調査?」

 零子が訪ねた。


「浮気、いやいやとんでもない。身辺調査ではあるんだが、華絵さん自身についてではなく、その周辺についての調査だ。斉賀さんと華絵さん本人からの依頼でね」


 そして、もう一口ビールを呑み込んで、グラスを置いた。


「華絵さんが誰かに付け狙われてるようだと。つまりストーカーだな。そのストーカーが何者なのかを調べて欲しいという物だよ」


 三人の視線が交錯した。


 ストーカーに付け狙われていたとしたら、動画を盗撮した人物と同一の可能性が高い。

「で、わかったんですか?」


「ああ、一人怪しい人物が浮上した。その人物については今調査中だよ。警察に訊ねてみたところ、その人物は、なんとあの日、恵斗君が事故に遭った現場の防犯カメラに映り込んでいた。つまり、華絵さんを付け狙っていたと思われる人物と、事故に遭った恵斗君。そして華絵さん本人が、偶然にもあの日、同じ時間帯に、あの駅に居合わせた事になる」


「警察が、そんな事教えてくれるんですか?」


「はっはっはー。通常は教えてくれんよ。付き合いの長い刑事がいてね。お互いにギブアンドテイクで情報交換してるというわけだ」


「その経緯、もっと詳しく教えてよ」

 零子が父親を急かした。


「調査の三日目ぐらいで、怪しい人物と思しき若い男に調査員は目を付けた。しかし、残念ながら尾行に気付かれて巻かれてしまった。だから、まだ素性はわかっていない。その後も華絵さんの身辺を調べていて、外出時は必ず変装した調査員が遠巻きに見張っていたんだよ。あの事故の日もね。しかし、調査員は、恵斗君の事故を知らなかった。恵斗君があの駅にいた事さえもね。

 何故なら、あの恵斗君をひいた電車の一本前の電車に華絵さんは乗って、都我の方に行ったんだから。華絵さんと恵斗君は接触していなかった。怪しい男も、調査員の眼に留まる事はなかった。しかし、防犯カメラには写っていた」


 相沢さんはそう言って、セカンドバッグから手帳を取り出した。そこに挟んである写真を見せてくれた。


「この男なんだけど、見覚えがあるかい?」


 見た目は爽やかそうな、どちらかというと柔和なイケメンといった風貌。色白で今流行りのツーブロックで、おしゃれ。普通の大学生にも見えるが、アーモンド型の形のいい目にはどこか病的な闇が潜んでいるように見える。


 三人はそれぞれ写真の男に見入ったが、首をかしげるばかりだ。


「見た事、ないよな?」

 零子と飯田は、自信なさげにうなづいた。


 しかし、この男が偽物バズ、或いは『復垢』の正体だとしたら、限りなく怪しい。


「相沢さんは、ツイッターとか見ないんですか?」


「ツイッターか。全く見ないね」


「もしかしたら、役に立つかも……」


 宇佐美は、スマホから例の動画にアクセスして、相沢に見せた。

「この動画が、斉賀君の亡くなった日から拡散されてて……」


 相沢の顔が見る間に険しくなり、眼に力がこもる。


「これは……」


「これ、華絵さんと斉賀恵斗君です」


「分析したところ、外から撮影された物のようなんです。盗撮だと思われます」

 飯田の言葉に、ふむと深く頷いて、こう言った。


「これは、引っ張り出す価値あるな」


「引っ張り出す?」


「まぁ華絵さんが、どう判断するかわからんが、立派な名誉棄損行為でプライバシーの侵害だ。投稿主はすぐに身元が割れる。しかし……、夫婦の関係にも亀裂が生じる事は免れんな。これはまずいぞ」


 相沢さんは険しい顔のまま、ビールを一気に煽った。

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