第31話 僕たちは知り過ぎてしまった
食料や飲料水、ティッシュやトイレットペーパーなどの生活用品が詰まった大きなスーツケース2台を、飯田と宇佐美はコテージに運び込んだ。
中は思ったよりも広々としていて木の香りが充満している。
暖炉に、大きなエアコンも設置されており、快適そうだった。
日頃、利用されていないのはもったいないほどである。
「それは、キッチンに持って上がってくれる?」
水木の指示で、宇佐美と飯田はリビングと続きになっているキッチンにスーツケースを運んだ。
「ご苦労様。二階に広間が二つあるわ。男女に分かれて寝床を決めるといいわ。そして……、体操服に着替えてらっしゃい」
「はーい!」
佐倉と零子は、すっかり修学旅行気分ではしゃいでいる。
宇佐美と飯田もそのテンションに合わせるべきなのだ。
何も知らない。今の所は何も気付いていない体を装わなければならない。
先ほど、飯田はこう言った。
『敵を欺くには味方から。零子さんと佐倉さんには、まだ何も知らせない方がいいでしょう』と。
自然体で振舞って、相手を油断させておけという事だ。
リビングから二階に伸びている階段を上がっていると、水木はキッチンの隣のドアを開けて、中に消えた。
「あそこに部屋があるのか?」
「どうやらそのようですね」
二階は襖で仕切られた部屋が二つ。
「女子はどっちがいい? 俺たちはどっちでもいいよな?」
飯田にそう訊ねると、軽くうなづく。
「どっちがいいかなー。ねぇ相沢さん、見て! こっちの部屋、天窓があるわ」
「本当。夜は絶対星がきれいに見えるよね」
「うんうん」
「じゃあ、私たちこっちにするわ」
「おっけー」
二手に分かれて、飯田と同じ部屋に入った。
部屋は何もない四角いフローリング。広さは十畳ほどだろうか。
押し入れがあり、4組の布団が入っていた。
飯田はリュックからスマホを取り出した。
それに、耳を近づけている。
「ん? 何やってんの?」
飯田に近付くと、スマホから流れてくる音声を聞かせてくれた。
『今の所、大丈夫そうよ。けど、記憶が戻るのは時間の問題ね。まぁ、ここで記憶が戻ったところで、どうって事ないわ。彼らは通信手段もない。スマホは私が預かってる。あなたは何も心配しなくていいわ』
音声はそこで終わった。
「これって……」
「水木先生が回収した僕のスマホは、小型マイクを仕込んであります。先生の荷物にこっそり忍ばせる予定でしたが、都合よく回収してくれたので助かりました」
飯田の機転には脱帽するばかりだ。
「記憶って、もしかして、俺の?」
「そうだと思います。宇佐美君の記憶が戻ると、困るようですね」
「これは、録音?」
「もちろん録音もしてますが、これはリアルタイムで先生の周辺の音声を拾っています。今しがた、水木先生は誰かに電話をしたようですね。相手はおそらく松浦双葉」
「は? なんで? 先生と双葉は繋がってるのかよ?」
「ええ。宇佐美君が入院している間、僕は水木先生を調べました」
「なんで?」
「あれから、資料室に行って、松浦双葉の苗字部分に被せてあったシールの向こう側を見て来たんです」
「ま、まさか……」
「松浦双葉は、以前、水木双葉でした」
「はぁ? って事は、姉弟? たまたまじゃなくて?」
「あの、ミスターFが配信していた倉庫に二冊並んでいた卒業アルバム、覚えてますか?」
「ああ、確かもう一冊は平成18年度」
「そのアルバムに、水木先生がいたんです」
「マジか……」
「はい。水木先生も、柏木商業高校の卒業生でした。ここからは、推測です。水木先生は子供の頃、何らかの理由で両親が離婚し父親に引き取られた。その後、父親が再婚して、双葉が生まれた。しかし、やはり両親は上手く行かず、双葉が高校の時に離婚した。離婚後、母親の苗字になったが、何かの手違いで、以前の苗字、水木双葉で卒業アルバムが刷り上がったため、シールで修正をした……のではないかと」
「じゃあ、なんで水木先生は、松浦双葉を知らないと言ったんだ?」
「僕たちに、二人の関係がバレるのは、非常にまずいのでしょう。恐らく、水木先生は斉賀君の死の真相を知っていて、双葉を守るために根回ししています」
「なんでそんな事わかるんだよ?」
「あくまでも勘に過ぎません。論理に基づいた勘です。双葉には、とても重大な秘密がある。絶対に守らなければならない重大な秘密です。
そのことに、僕は気付くのが遅すぎました。先生の前で進捗や推理をみんなで披露してしまいました。さっき、キッチンの横の勝手口見ましたか?」
「いや、見てない」
「満タンの灯油缶が2つありました。新しい灯油缶で埃ひとつ被っていなかった。因みにこの家の暖房器具は暖炉とオイルヒーターです。仮に薪が不足してストーブを利用するとしても、この時期に暖房は必要ない。風呂はガス。灯油は必要ないはずなのに、いつ、誰が、なんのためにアレを準備したのでしょう? ここを合宿所として使うと決まったのは、昨夜、或いは今朝のはずですよね。少なくとも参加する僕たちは、行きの車の中で知らされた」
「確かに、不自然だった。それは俺も引っかかってたよ」
「僕は、あれで確信しました。僕たちは、知り過ぎてしまった」
「それって、つまり」
「今夜、殺される可能性が高いです。あの灯油を準備したのは恐らく、双葉……」
「もう、今から逃げた方がよくないか?」
「まだ、全ては憶測にすぎません。真実をこの手で暴くまでは、終わらせるわけにはいかないんです。今夜、先生のお兄さんがここへ来ます。恐らく、双葉も、もうこの近くにいると思うんです。僕に任せてください。そして、危険を察知したら、宇佐美君は迷わず彼女らを連れて逃げてください」
「お前は?」
「僕は、やらないといけない事がありますので」
「なんだよ? やらないといけない事って?」
「まぁ、焦らずに。ショータイムは、夜ですよ。先ずは、隙を見てあの灯油の中身を水に替えましょう。この家に火を点けられたら、逃げ切れる可能性はかなり低いです」
「なぁ、飯田。このスマホで警察に連絡しないか?」
「ダメです。今警察に踏み込まれても、手ぶらで帰す事になりますし、警察が去った後の事を考えると、更にまずい事になるでしょう。確実に仕留めなければ、次はありません」
次はない。それは、恐らく失敗=死を意味しているのだと、宇佐美は察した。
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