第14話 復活配信2

「今回の炎上に俺が目を付けた理由だが、炎上しているからでもロクロに対抗したい訳でもない」


 俺にはあくまで俺の考えがある。

 まずはそこを視聴者に伝えなければならない。


「乃彩ちゃんが所属してた『空木プロ』の不祥事を探っていたことが発端だ」


“だからノアに会うことができたのか”

“裏にどんな凄腕ハッカーが付いてるんだ”

“トイの場合本当に偶然か怪しい”


「まあ不祥事についてはまた次の機会にガッツリやってやるよ」


“楽しみーっ!!”

“期待期待期待”


「いいか、今日の配信は――成敗配信だ」


“やっぱ成敗配信じゃねーか!”

“なんでさっき否定したねん”

“見てて飽きねぇ。これだからトイ様は最高だぜ”


「嘘吐いちゃいねぇよ? ただお前らの期待する成敗配信じゃない。本質を突いた成敗配信さ」


 そう呟きながら紺野へ目配せをする。

 彼女もまた自分の番が来たと気付いたようだが、未だ緊張が見られる。

 配信前に指示はしておいたが……大丈夫か?

 一応、パソコンの画面に指示を出しておいた。


「じゃあ乃彩ちゃん。そろそろ聞かせてもらおうか。地味男の何処を好きになったんだ?」

「えっ…………?」


“何言ってるんだトイ様”

“ヤバい。過去最高に意味不明!!”


 まどいを見せる視聴者達と紺野。

 きちんとパソコンの画面に『否定しろ』と親切にも書いたのだが、効果はなかったらしい。

 というかこの反応――配信前に言った事を覚えているのだろうか。

 とにかく見切り発車するしかない。


「あたしは……その……」

「遠慮しなくていいって。俺にはわかる」

「え、何を――」

「ノアちゃん実は地味男くんが好きだったけど、照れ隠しで嘘コクってことにしたんだろ?」


 少しずつ圧をかけるようにして追い詰める。

 俺はジェスチャーしつつ、もう一方の手でパソコンに指示を打ち込み続けた。

 当然のようの視聴者達からは反発するようなコメントが流れる。


“うわぁ強引”

“「俺にはわかる(迫真)」やめれ”

“あの動画って罰ゲームなんじゃないの?”


「まだ気付かねぇの? 動画で罰ゲームとか言ってただろ。あれじゃただのご褒美じゃねーか!」


 わざと勘違いしているように見せる。

 大事なのは真実ではなく、理屈だ。


「おいおい……あんなん『好きな相手に嘘コク』って罰ゲームに決まってんだろ!」


“いやいや、そんな訳ないやろ”

“一応筋が通ってるけど、無理があるわ”

“さっきまで不細工に告白するわけないとか言ってたのは一体何だったのか……”


「いいや間違ってないわ! 万が一にも、嘘コクの相手がストーカーになる可能性あるだろ!」


“ノアちゃん可愛いしそれはおかしくないか”

“ノアノアがそれに気付かない可能性あるゾ!”


 徐々に増えていく疑念。

 俺の言い分に無理があるのはわかっている。

 だがそれこそが、最初から俺の狙いなのだ。

 今回に限っては、俺に対する反対意見を集める必要がある。


「俺……現代のJKが誰にでも勘違いさせるような言葉かける尻軽だらけとは信じたくねぇ」


“勘違いさせるだけで尻軽って・・・”

“大学生の癖にオッサン臭い言い方すな笑”

“トイこんなコメディチックな配信するんだ”


 勘違いしている人もいるが、概ね順調。

 このままトイが悪役になればいい。

 それは俺に責任転嫁するという図式ではない。

 あくまで『恋愛観を押し付ける行為』を俺と同レベルの方法と示す再定義のアプローチ。

 逆張りじゃない。これは刷り込みだ。


 紺野にとってはキツイ物言いかもしれない。

 彼女の様子を見ながら、再び背中をさすって何とか落ち着かせる。

 あと少し……耐えてほしい。


「で、乃彩ちゃんも早く素直になった方がいいんじゃない?」

「あっ、あの……と、トイさ――」

「地味男くんのこと! 本当は好きなんでしょ?」

「…………」


“全力の否定www”

“顔ブンブン振ってかわよ”


「好きじゃ……ない」


 ぎこちないものの、しっかりと否定の言葉を口にしてくれた。

 むしろ俺が無理矢理言わせているような演出に昇華しており、いい感じだ。

 ヘイトを俺に集めつつ、ラストに世間を揺るがす特大の爆弾を投下するのが俺のシナリオ。


(そう、爆弾――動画の盗撮犯が俺と繋がっていることをバラすのだ)


 アップロードした動画を消したとはいえ、クラウドに動画データは残っていた。

 爆弾を投下すれば、紺野には嫌われるだろう。

 すべて、俺が原因だったのだから。


 それでも、炎上そのものが『トイの食い物』にされたように思わせれば、炎上騒動は解決するし、炎上配信者としての俺の知名度も上がる。

 ウィンウィンで一石二鳥の計画だ。


(悪いな。俺はいつだって俺のためだけに動く。すべては蝶姉と――を、家族を助けるためなんだ)


 そのためには数字が、金が必要だ。

 ――恨まれていい。

 ――悪役は俺だけでいい。

 ――この世にはそれでも叶わぬ不条理がある。


 何度も何度も……視聴者がドン引くくらいに何度も――。

 紺野に対して、『地味男への好意があるはずだ』という思い込みを押しつける。

 しかし段々と紺野の反応は鈍くなって――。


“なんかノアちゃん様子おかしくね?”


 ――ん?

 ふと、とあるコメントが目に付いた。

 そして横を見ると――耳を朱色に染めた紺野が俺を見つめていた。


「どうしたの乃彩ちゃん。やっと地味男が好きって認めた? 本能で気付いちゃった~?」

「…………っ」


 俺はとにかく、紺野への追撃を辞さない。

 だが、何かがおかしい。

 俯く頭部に、握り拳を作る紺野。

 キレる様子には見えない。

 これはきっと…………俺の知らない感情だ。


「ごめん。ごめんなさい! あたし嘘吐いた!」

「の、乃彩ちゃん……?」


 急にどうした?

 そんな指示は出して――。


「あたし――地味男のこと好き! 好きです! 嘘コクしてごめんなさい!!」


 彼女が何を言っているのか理解出来なかった。

 だからもう一度頭を回してみて――。


(はっ? はあああああああぁぁぁ!?)


 大混乱した。

 嘘コクで炎上した女子が恋を認めた。

 煽ったのは俺だ。当然『ほんとにトイが合ってたの!?』とかいう絶賛のコメントが流れだす。

 だが、素直に誇れない。

 話が違う。そうじゃなかっただろ。


 それはそうじゃないか。

 だって紺野が今告白しているのは、好きだと言った相手はそれすなわち――。

 俺は今、公開告白されていた。


「…………はあああああああぁぁぁ!?」


“トイ絶句!?!?”

“まさか本当に好きだとは思わんかったやろな”

“トイ様、勝利? 敗北? どっちでも神回!”

“この乙女顔は、恋しちゃってますねぇ!”


 思考が正常に戻るまで、数十秒を要した。

 状況を把握しながらも、俺は言葉が出なかった。

 完全にイニシアチブは紺野に取られて――。


「やっと自分の気持ちに正直になれた。トイ――ううんトイ様、ありがとうございました」

「あっ……うん」


 配信枠は紺野の締めで終わった。

 配信終了ボタンを押す。

 最後に見た同時接続数は、見たこともない数字を叩き出していた。


 それはそうと……食い物にされたのは俺の方だったらしい。

 わけがわからないままパソコンの電源を切ると、紺野は改めて俺に向き合ってくれる。


「ありがとう、トイ様……あたしを素直にさせてくれて……」

「あ、いや――」

「最初から、これが狙いだったのよね。こうすれば良かったなんて……改めて、好きです!」

「お、おう。とりあえず、返事は保留でいいか?」

「うんっ。あたし待ってるから」


 『T0Y』の名がトレンド世界一位に達したのは、それから数分後のこと。

 本当なら喜ぶべき出来事だったのだが、俺の頭は告白されたことでいっぱいいっぱいだった。


 とりあえず紺野は女子寮へ戻るらしいので、それだけが俺を安堵させた。












「トイの正体――ふふっ、次の配信はこのネタが伸びそうだね」

 トイの想定を上回ることは告白だけじゃない。

 真実を知る者は……もう一人。

 公園の物陰で、こっそりとすべての会話を聴いていた少女がいた。

 それも運命のいたずらか、彼女は――――。

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