第12話 不死鳥は燃えない
偶に夢に出てくる。
真っ黒な煙。辺りに広がる火の海。
『火事だ!』と叫ぶ誰かの声。鼓膜が破けそうなくらい大きな爆発音。
そんな地獄から俺を押し出してくれた家族の手の感触。
けたたましい救急車のサイレンと降り掛かる消火液の中で、俺はただ自分の住んでいた家が崩れ落ちていく様を見ていた。
瞬きせず――その炎上を目に焼き付けた。
***
――放課後。
俺は真っ先に紺野へと連絡を送った。
友達が心配しているし学校でもアウェイにはならないように……といった話から始まり、外出を促すものである。
外出する際には、蝶姉の変装道具を借りることにした。俺も紺野も悪い意味で有名人だから。
ジャケットの下には制服を着てほしいというお願いに対しては、反対されると思っていたけど、すんなり言う事をきいてくれた。
「ねえ赤松。なんで公園なんかに来たの?」
「気晴らしだよ。引きこもってばかりだと本当に不登校になっちゃうからね」
――呼び出したのは近所の公園。
俺も準備をしてから向かって合流した。
「でもあたし……学校行っても……」
「行っても……?」
「ごめん。ネガっちゃって」
「いいよ。苦しいなら、吐き出した方がいい」
両手で身体を抱える紺野。
ここまで炎上すれば当然の恐怖だろう。
しかし彼女は決して弱い訳じゃない。
本当に弱いなら俺の言葉にも従わず家を出てくれなかっただろう。
――まだ引き返せる位置にいる。
「それに一度の失敗で友人関係が全部終わる訳じゃない。まあ終わったとしてもまた作ればいいんじゃないか?」
「だけどみんな……あたしのこと知ってる。こんなあたしと仲良くなりたい人なんて――」
世間の目には、偏見が付き物だ。
紺野の言うことも間違ってはいない。
だが――。
「ありのままの紺野だったらそうかもね」
「……っ」
「だけど新しく作るのは難しいことじゃないよ。人の印象なんて見た目一つで変わる」
その証拠に、トイの正体は誰にも気付かれていない。見た目が違えば、印象なんてガラッと変わる。
だが俺の言葉に、紺野は下唇を噛んだ。
なぜか悔しそうな目を俺に向けてくる。
「そんなことわかってるわよ。だからあたしもキラキラしたくてギャルになったのに――」
「はぁ……難しいこと考えない方がいいよ。今だって同じだろう?」
「同じ……?」
「ほら、変装した紺野を見たって、誰も炎上した女子高生だとは思ってない」
「それは……確かに」
わかってくれたようだが、顔を俯かせる紺野。
気付かれないことも、寂しさに繋がるのか。
モデル志望だった彼女のことだ……有名になりたいから、他人の目を気にしてしまう。
まだ芽が出たばかりのヒヨッコだ。
「今の僕だって普段と違うでしょ?」
「…………」
「違うよね?」
惚けた顔をする紺野。
今の俺もまた、男性用の長髪ウィッグを被り変装をしている。
動画に映っていたのは、俺も同じだからな。
だが、紺野は困った顔をしだした。
「あっうん。確かにバンドマンみたい……まあ前髪隠すのは意味わからないけど」
「僕も変装してるから隠しているだけだよ」
世の中のロン毛すべてがバンドマンと思っていそうな口振り。
しかし驚くべきことだ。
俺の言葉が理解しづらいとすれば――紺野は人を外見で見ていないということ。
俺もまた、彼女のことをギャルというだけで偏見の目で見ていたということである。
(それなら、俺も遠慮しなくてよさそうだ)
俺は深呼吸を始め、自分の声を確認する。
「あーあーあー」
他人に聴こえている自分の声と、自分に聴こえている自分の声は違う。
前者が『気導音』と呼ばれる空気を伝う声であるのに対して、後者はその『気導音』に加えて自分の骨を伝う『骨導音』が混ざって聞こえる。
他人に聞かせる声を変化させるには、『気導音』が強く影響を与える。
低周波数の『骨導音』は無視していい。
マイクで自分の声を聞いた方が確実だが、慣れればその必要はない。
「なにしてんのよ」
「そろそろ公園に来た用事をしようと思って……な。紺野も十分リラックスできたろ」
「気晴らしに来たって言ってなかった?」
「さてな」
「あんた、やっぱりなんかキャラ変わって――」
外見一つで印象が変わるように、声や口調一つで雰囲気が変わる。
「人によって話し方や態度くらい変わるだろ。俺もそうってだけ」
「いや同じ人に対して変わってるじゃない!?」
昨日も何回か素を見せているからな。
明らかに疑いの目を向けられている。
だからこそ、俺も踏み切ることができた。
「赤松ってもしかして――自分のことを二重人格だと思い込んで演じてる痛い奴だったの?」
「やけに具体的だな!? ちげぇよこっちが素だっての。もういいや」
全然気付かれる気配がなかった。
仕方ないので俺はウィッグと眼鏡を外す。
わざわざ俺が変装してきたのは炎上の被害者である『赤松結翔』としての俺を隠すためではない。
有名配信者である『トイ』の姿を隠すためだ。
「え、嘘っ――――と、トイ様!?」
「どうせ昨夜見てんだろ? 隠す方が面倒だ」
「そっくりさんじゃ、ないのよね?」
「炎上の前、お前が襲われてたところで会っただろ」
「……あっ」
さすがにそれは紺野とトイしか知らないこと。
紺野の顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。
正体を明かしたのは、どの道解決するにはこれしかなかったからである。
風呂上がりの顔をガッツリ見られたからな。
疑念のまま放っておいて他人に相談されるよりも、自らバラして釘を刺した方がいいと判断した。
「いいか? 今から配信を始める。タイトルは『炎上中の女子高生ギャルに凸しに行く』だ。そこでお前は俺に問い詰められる立場。オーケー?」
「ま、待ってトイ様。急なことで頭がぁぁ!」
両手で顔を覆って、興奮しだす紺野。
話が通じているのか怪しいが、諭しておく。
「その……『トイ様』って言い方やめろ」
「な、ななな、なんでですか?」
「わざわざ凸した相手がファンとか、ヤラセを疑われるだろうがっ!」
「ななな、なるほど? でも何て呼べば――」
「呼び捨てでいい。俺もお前を呼び捨てにする」
そのために公園を選んだのだ。
前々からの繋がりを知られてないよう、見かけて捕まえたという体裁にできる。
公園の人気のない場所。
背景にはぼかしを入れるだけ。
この時間の公園はネットも知らない子供ばかりなので、特定を避けるためにも有効的。
配信も長くならないだろうし、大丈夫だろう。
……予想外の問題が生まれてしまったが。
「と、トイさまぁ」
今にも溶けそうな紺野の顔。
大丈夫……か?
もう引き返せないので、不安だ。
紺野の背中を軽く叩き、目を覚まさせる。
「いいか? 赤松結翔の名前を出すな。一応名前はネットに出てないからな。呼称は地味男だ」
「と、トイ様は地味じゃない!」
「赤松結翔の方だっての! あとトイ様って呼び方やめろって言ってるだろ!」
「ご、ごめんなしゃい。気を付ける」
炎上をどうにかする為には、多少強く言っておかないといけない。
聞いてくれる範囲で、指示を示しておく。
「配信中、俺はお前に地味男への恋心を煽る。だから乃彩は全部否定してくれ。いいか?」
「わっわかった」
「……顔がニヤけてるのは?」
「だってトイさ……トイに乃彩って呼び捨てにしてくれて嬉しくて」
「ニヤけるのも禁止だ。我慢しろ」
俺が命令すると、しょんぼりしたのか悲しそうな顔をする紺野。
ダメかと思ったが、今の悲壮感あふれる表情は俺の求めていたものである。
不安はあっても、やるしかない。
カメラを準備して、俺と紺野は変装を解いた。
俺は私服を着ているが、紺野は制服である。
「乃彩だって最初こそ怒りもあったろ。本当は嘘コクだって俺を虐めるためじゃないのに、勝手に悪役にされて納得いかなかった……そうだろ?」
「それは――」
「安心しろ。俺はお前の味方だ」
配信ボタンを押す。
緊張した紺野の手を握り、何とか落ち着かせたところで配信は開始された。
「映ってるかな? ようこそ『T0Yチャンネル』へ。えっタイトルが復活配信じゃない? 配信開始3秒でそう急かすなって」
カメラに向けて、シニカルに笑って見せた。
超速で流れるコメント。増え続ける視聴者数。
その中に潜む喜怒哀楽といった感情。
だが、炎上騒ぎもこれからが本番だ。
(俺はいつだって、炎上させる側の人間だからな)
エンターテイメントを――始めよう。
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