第11話 小紫あやせ

(何が『待っていますね』だよ。遅刻してんじゃねーか)


 放課後。屋上で電子タバコを吸いながら校門を見落とすと、予想通り記者や野次馬が数人見えた。


 本当は俺も早く帰って紺野の様子を確認したいところだが、連中に阻まれることを考えればここで時間を潰した方がよさそうだ。

 とはいえ腕時計を見ると約束の時間を過ぎているのはいかがなものか。

 時間に厳しそうな外見しておいて、内面はしっかりガサツなギャルなのかもしれない。


「待たせたわね赤松くん」


 考え事をしていると、階段から足音が聞こえたのでタバコを仕舞う。同時に録音を開始し、何があっても対策出来るように準備をしておいた。


「そんな待ってないけどね」

「退屈が顔に出ているわよ。言い訳すると外に人が集まっていたのが気になったの」

「ああ、確かに。ここからでも見える」


 小紫は呼吸の荒さから、急いできた様子が伺える。どうやら約束を忘れていた訳ではなく、外の連中の件を調べていたようだ。

 これでも彼女はギャル達のまとめ役。動画に関わった紺野以外の二人は、顔こそ出てないにしても恐怖を抱いているのかもしれない。彼女達を慰めてでもいたのだろう。


 すると小紫は身なりを整え、俺に向けて頭を下げてきた。昨日も見た事のある光景である。


「ごめんなさい」

「な、なんで小紫さんが謝るの?」


 また関係のない人に謝られてしまった。昨日の蝶姉に引き続き、頭を抱えたくなる。

 心当たりは炎上の件一択。しかし何に対して彼女に謝られているのかはわからなかった。


「噓コクの件、乃彩は悪くないの。私が罰ゲームを止めていればこんなことには――」

「待って小紫さん。嘘コクするってこと事前に知っていたの? 昨日小紫さんは来なかったけど」

「いえ事前には聞いてなかったけど――」

「なら小紫さんは何も悪くないでしょ」


 同情なんて求めていない。


「でもそういう訳にはっ――」

「そういう話なら僕は帰るよ」


 恐らく小紫は友達想いなんだろう。しかし勝手に俺のことを可哀想だという目で見て謝罪するのは、自己満足に等しいものである。

 まあ紺野は友達からの連絡を着信拒否していたらしいから、小紫は彼女なりに出来ることを探した結果なのかもしれないけど。


「お願いがあるの!」

「……お願い?」

「乃彩の炎上を止めたくて――協力してくれないかしら」


 その言葉に対して、俺は足を止めた。

 どうやら同情で謝ってきた訳ではなく、きちんと打算があったらしい。

 俺は感情的な人間より、こういう合理的な人間の方が好みだ。話を聞いてやるだけの価値があると認識した。


「どうして僕に?」

「昨日、乃彩に続いて早退したのは赤松くんだったから。あれって――」

「もしかして僕が紺野さんを心配して追いかけたとでも?」

「違うの?」

「まさか。僕も動画にさらされて注目を浴びていたし、昨日は気持ちが悪くなったんだ」


 嘘ではない。動画を削除することが大きな理由だったが、不快な視線に耐えられなかったのも一因である。紺野を追いかけたのも、念の為事情を聞きたかったからに過ぎない。


「乃彩は昨日寮に戻ってきていないの」

「実家に帰ったんじゃないか?」

「実家にもそれらしく連絡を取ったわよ」


 裏が取れているのは厄介な話である。誤魔化しきれなかった。

 一応学校側には紺野本人の口から欠席連絡を入れているし行方不明という訳ではない。すると最後に接触が可能だった俺を疑ったのは妥当だろう。


「乃彩が無事なのはわかっているので良いの。でも私としては炎上を早く鎮火させてあげたい」

「とは言っても僕に出来ることなんて――」

「あるじゃない。赤松くんにしかできないことが」

「というと?」

「声明を出してくれない? 被害者である赤松くんが平気だという動画を撮るのよ」


 なるほど。要はこれが俺を呼び出した理由だろう。

 俺にしかできない方法であり、紺野の炎上を止める為の一手。だが俺に言わせてもらえば――。


「甘いな」

「えっ……?」

「あっううん。僕が声明を出しても更に炎上を広げるだけじゃないかなーっと思って」

「どういうこと?」

「炎上をちんする為には誰かが責任を取らなければならない」


 炎上は時間が解決していくものだ。しかし短期間の解決を目指すならば、世間の目を覆さないといけない。だから俺は、加害者という立場を架空の盗撮犯に仕立て上げようとしている。


 だが、俺の方法でも小紫の求めるほどの効果は出ないだろう。あくまでヘイトを分散させるやり方であり、乃彩を加害者ではないと証明するものではないからである。


 よって俺が声明を出したところで、紺野が加害者という前提条件はくつがえらない。ヘイトを弱まらせるどころか、『加害者が声明を出さず被害者に声明を出させる』という事実が火に油を注ぐだけだろう。


「そ、そうね……その通りよ。もちろんわかっているわよ」

「……小紫さんはそう言っても、炎上って大変なんだよ? 口先だけなら――」

「大丈夫よ……ネットの炎上を鎮火するのがどれだけ大変なのか理解くらいしてるもの。何? 赤松くん生意気!」


 ムキになるように言うが、少々不安が付き物である。俺が細めた目を向けると、小紫はじっと考え込むように指を顎に当てた。

 何を言われても声明を出すつもりはないが、彼女からは全く引く気配が見られない。


「信用できないなら一例を出して証明してあげる」

「証明?」

「私がちゃんと理解して言ってるってこと!」

「あ、うん。手短にね」


 俺の言い方が悪かった故に、彼女をにさせてしまったらしい。


「例えば一ヶ月前にあった『T0Yチャンネル』と『グレイライブ』の炎上騒動、赤松くんみたいなオタクっぽい男の子なら当然知ってるわよね?」

「ん……? あ、ああ。Vtuberグループの仲間内でパワハラがあったとかなかったとからしいね」


 当人だが、ここはほうけてみせた。

 というか、小紫が顔を近づけると同時にかけてくる圧のせいで言い返せなかったが、俺はオタクじゃない。


 それに突然自分の事を例に出されて困っている。

 『グレイライブ』とは、上場企業『ピアソ』が立ち上げた人気Vtuberグループである。

 何故その例を出したのか――俺はこの時点で理解を求めたことを後悔する羽目になった。


「そう! 『T0Yチャンネル』のパワハラ告発配信途中『ピアソ』が声明を出して、トイ様の告発がデマだって判明して休止に追い込まれた炎上したやつ! 色んな憶測が飛び交ってるけど、あの騒動って変なのよね。まず何が変かと言うと――――」


 それから長々と当時の炎上騒動について語られた。全然手短ではなかった。炎上に関わった本人である俺が気後れするほど詳らかに語られてしまい、内心ドン引きしてしまったくらいである。

 ただ小紫が俺の言ったことを理解していることだけは伝わってきた。


「わかった。僕が悪かったからもういいよ」

「本当にわかった? 推測も挟んでるから、わからないことがあったら聞いてほしいのだけど」


 くだんの炎上一つについて、そこまで分析している者がいるとは思わなかったので、少し嬉しく思った。

 結局、『T0Yチャンネル』は活動休止してしまったしな。


「よーくわかったよ。口先だけなんて言って悪かった」


 小紫をあなどっていたことを詫びる。彼女のことはギャル四人衆という印象が強すぎて、都合よく俺を利用したいものかと疑ってしまった。しかし実際には違った。


「小紫さんがきちんと現状を理解していることは充分伝わったから」

「ほんと? じゃあ――」

「だけど声明は出さない。僕にメリットがないからね」


 俺の言葉に一瞬俯く小紫。

 彼女もわかっているはずだ……自分の説得がぼうかくらい。即座にメリットを提示できないのがその証拠。

 しかし――小紫が友達想いなのはよく伝わった。


「うーん、そうだね――」

「炎上解決してくれたら――赤松くんの言う事を何でも聞いてあげるわ!」

「ん? 何でも…………? おいおい」


 一体何を言っているのかね?


「何でもよ。私だって覚悟を持って頼んでいるの」


 真剣な眼差しに、全く冗談を言う気にもなれなかった。本当にどんなことでも聞いてくれるのだろう。いざ本当に『何でもいうことを聞く』なんて言われたら、流石に困ってしまうものらしい。


「わかった。炎上解決するよ」

「本当!? ……約束よ」

「ただし声明は出さない。どんな手を使っても文句を言わないでほしい。それが条件」

「……わかったわ。貴方に賭ける。解決したら何でも言う事聞く。言いなりになる」

「そこは濁しておいた方が良かったかもね……」


 元々解決するはずだったこと。見返りを期待していた訳ではない。まあむらさきあやせという女子はクラスでも中心にいるし、成功のあかつきには俺の平穏を守る為にこき使うとしよう。

 一先ず友達が乃彩を心配していることを伝えることにする。



 そして小紫が屋上を去った後。

 俺はスマホを取り出し、再び電子タバコを口にくわえながら、とある番号へ電話をかける。数秒のビジートーンが鳴ってから相手が出た。


「ごしておりますの責任者さん。俺ですよ、トイです。以前の借りを返していただこうと思いましてね――」

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