第10話 対策

 長髪で隠した骨伝導イヤホンを耳にかけ、ブラウザの読み上げ機能を使って複数のブログからネタ集めをする。

 使えそうなネタがあればマークして、後で情報源を洗う。

 それが俺の――授業中の日課。

 断っておくが、ちゃんと授業が聞いているし成績は上位を保っている。

 ねむりして授業を聞いていない連中とは違う。


(それにしても、記事の約二割が乃彩の話題って燃え過ぎだろ)


 件の炎上は日をまたいで更に燃え広がっている。

 ネットで活動する有名人がネタにしたりコラ画像が出回ったことで、一つのインターネットミームを引き起こしていた。

 考えた展開の中でも最悪な方向性へ一直線ストレートに進んでいる。


 これも黒首ロクロの手腕と言えればやつを憎むだけで済んだことだが、不幸なことに奴の誘導できるレベルを遥かに超えていた。

 それこそ俺にだって意図できない炎上事件だ。

 恐らく『嘘コク』というわかりやすい題材が、あらゆる世代からの共感と同情を引き起こしたのだろう。

 実際、教室を見渡せばよくわかる。

 縮図はそこにあるのだから。


「赤松くん大丈夫かな」

「流石にあの嘘コクはひどいよね。髪がけつとかさ」

「しっ! 赤松に聞こえたらショックでまた早退しちゃうだろ」


 動画上の被害者である俺に向けられた多くの視線とうわさばなし


 俺は大丈夫だし髪が不潔なのは言われても仕方ないし早退する気はないのだが、弁明する気はない。

 日頃表情の薄いキャラで通っているのだから。

 目立つつもりだって毛頭ない。

 まあそうではない人もいる。そう――俺の目の前にいる賑やかな連中が、特にそうだ。


「結くーん。結局学校来なかったね、紺野さん」

「みーちゃん……それは結翔に『君はよく来れたね!? びっくりー!』って言ってるようなもんじゃね?」


 和成と美波だ。

 意味不明な当てつけに、こっちがビックリする。

 まあ流石の美波でも、今の冗談は信じるわけ――。


「えっウッソ!?」

「もち冗談!」

「むーっ和くんの馬鹿っ!」


 ――テンション高すぎないか?

 いつも通り二人が俺の席を囲む。

 こういった冗談を言ってくれるのも、俺を気づかってのことだろう。

 というのも、話題の紺野が休んだお陰で俺に注目が集まっているから。朝から多くの視線をひしひしと感じていた。


 それこそ和成が冗談で言っていたように「あんなことがあってよく学校来れたね?」というような怪訝な目。

 俺は気にならないが二人に気を遣わせるのは申し訳なくなる。


「なぁ二人とも、お願いがあるんだが」

「えっ何々?」

「何でも訊くぜ」


 ――何でも?


「腹減った。今から焼きそばパン買ってこい」

「いぇっさー!」

「いや行くな。冗談だ」


 本当に教室を出ようとした二人をギリギリ引き留めた。捨てられた犬のようにしょんぼりとした顔を浮かべる二人。

 相変わらず周囲は炎上の件でピリピリしているというのに、この二人は空回りするほど元気。

 まったく――俺の方が調子狂ってくる。


「え……私達そんな頼りない?」

「冗談なのは内容だけだ。ちゃんとお願いはあるから落ち着け」

「あっそうなんだ」

「切り替えはえーな」


 演技なのはわかっていたが、俺が本気で行かせるつもりだったらどうしたのか。

 二人ならば平然とした顔で行きそうなのが怖い。

 本当に買ってきて、しっかり代金を要求するところまでワンセットだろう。


 過度な冗談は俺自身の首を絞めることになるようだ。この二人は本当に良い性格していると思う。

 だからこそ、実行力の感じられる二人に頼みたいことがあるのだ。


「とある噂を流してほしいんだ」

「噂……?」

「ああ」


 俺はあの動画を撮影する際、とある小細工をしていた。

 それは――カメラを置いた土台。

 ロッキングチェアのようなソリ足の付いた土台が、そよ風に揺れる仕掛けを生み出していたのである。

 その仕掛けは撮影に『揺れ』を施す。それはまるで『誰かが手に持って取ったとしか考えられない手の震え』の演出。

 俺がこんな小細工をしたのは、元々撮影自体が『紺野の脅迫』を脅迫することにあったからである。


 とくめいの脅迫犯を立てる際、その場にいた誰かが盗撮したというように思考誘導することで脅迫犯の候補から俺が外す算段だった。

 カメラの位置を塔屋の物陰にしたのも、後々『他者の存在』を仄めかすためだったのである。

 本来の目的とは異なるが、利用できるものは利用するべきだ。


(何故ならこの情報は――くうの盗撮犯を生み出すものなのだから)


 俺が流して欲しいうわさは――『あの動画は、誰が撮影して投稿したのか』という疑念である。

 どうせ誰かを悪人に仕立て上げて炎上させたいなら、燃料を与えればいい。


 勘の良い人ほど、俺の仕掛けにハマってくれるはずだ。何しろ別の目的で用いたギミック――見抜ける訳がないのだから。


「つまり結くんは――炎上の件は紺野乃彩が悪いのではなく、盗撮犯が悪いって方向性に持って行きたい?」

「まあおおむねはな」

「ほう……百点満点ではないと?」


 両手を組む美波。

 納得いかないご様子である。


「紺野のためというより――この学校の生徒達のためという面が大きい」

「といいますと?」

「こんな炎上していて学校バレてんだ。美波なら、わかるだろ?」

「ヤダな~、炎上の件で記者や野次馬が押し寄せてくるって? …………冗談じゃない」


 美波は遠い過去をにらむように顔つきが変わった。

 元ジュニアアイドルの彼女にとって、嫌な記憶を思い出したのだろう。

 彼女が気にするのは察していた。だから言うか迷ったが、放課後にでもなれば校門に待機する連中の姿を拝むことになるだろうし言った。


「なぁ結翔。それってむしろ――学校の生徒達に対する取り調べが酷くなるんじゃないか?」

「奴らは犯人を捕まえたい警察でもなければ、真実を暴く探偵でもない」


 盗撮は当然犯罪だが、盗撮罪という犯罪は存在しない。そして動画の内容を鑑みれば被害者に当たるのは俺。

 みんしょうをしようにも、俺が申し出る必要がある訳だが、当然自作自演なのでしない。


「それに全校生徒500人を超えるこの渓鳥高校に対してそんな取り調べが無謀だってことくらい、すぐに気付くだろ」


 フリーのジャーナリストや迷惑系配信者のような野次馬はわからないが、少なくとも記者は仕事をしている訳で時間に余裕がある訳じゃない。


 彼らの仕事は取材をして終わりじゃない。他人の興味を引く記事を執筆しなければならない。そして記事を受け取った広報は、新規性のある話題をフィーチャーする。

 火種はネットに投下され、新たな議論が巻き起こるだろう。

 答えのない議論ほどネットで盛り上がる話題もない。精々楽しんでくれればいい。


「でもやっぱり――生徒達というより紺野さんのためって感じだね」

「…………言い方を変える。俺のためだ。俺も顔をさらされている身。早く炎上は鎮火してもらいたい」

「うっわ言い訳が多いぞ~! 天才探偵みーちゃんの推理に百点を寄越せ!」

「そーだそーだ! 寄越せー!」


 割と真剣な話をしていたつもりが、にぎやかな雰囲気が戻ってくる。

 というか推理ではなく単なる推測だし、正解じゃないとこねねるのは探偵らしくない。


「じゃあ百点やるよ。二百満点中な」

「半分しか合ってなくない!? まぁいいか――おっけ、噂流してあげる。頼んだ和くん!」

「お任せあれだぜ!」


 美波に女友達が少ないのは知っているが、他力本願なのか。まあ恋人を頼るのは彼女の特権なのだろう。

 それにしても変な気分だ。

 二人の言う通り、本当に紺野のために行動しているみたいじゃないか。


(昨日、紺野の泣き顔を見た時から――調子が狂ってるな)


 俺の裏側――『T0Yチャンネル』のトイは炎上を引き起こすことでエンターテイメントを起こしている。

 そんな俺が炎上を鎮火させるような行動をしようとしているのだ。


(まるでマッチポンプだな)


 『まるで』どころか、撮影者が俺という時点でマッチポンプである。何を馬鹿なことを――と考えたその時、俺のすじに電撃が走った。


(ッ!! 一応――その手があったか)


 炎上を鎮火させる方法。こんな奥手な手段ではなく、もっとダイレクトでダイナミックな切り札に気付いてしまった。しかしもろつるぎでもある。

 どうすれば上手く活用できるか考えたその時、和成と美波の視線が俺の背後に移ったことに気付いた。


「赤松くん」

「えっ……?」


 振り返るとそこにいたのはクラスメイトの女子。


 むらさきあやせ――紺野の友人であり、このクラスのギャル四人衆の中心。

 銀髪お下げの真面目そうな雰囲気とクールな態度――そしてギャルっぽい振る舞いとおしゃというチグハグな特徴を持っている。


 俺は急いで言葉遣いを直し、彼女に向き合った。


「何かな。小紫さんみたいな人が僕に用でも?」

「ええ。あまり休み時間も残っていないみたいなので端的に――放課後空いているかしら?」

「ま、まあ」

「では屋上でお話しましょう。待っていますね」


 冷汗をかいた。全く小紫さんの意図が読めない。


 俺を探ろうと現場検証をしようとしているのか、紺野の件で俺に怒っているのか。

 彼女の表情からは、何一つ読み取ることが出来なかった。

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