第8話 提案

 蝶姉から電話があった後。

 俺は紺野をって連れていった。

 女子寮へ帰す訳にはいかないので、俺の家へ持ち帰ることにした。他意はない。


「何処連れて行こうとしてんのよ……」

「さっき説明したと思うけど、帰りたくないにしても外にいるのは危険だ」

「それはわかってるわよ」


 どうしてこんな事になったのかというと、蝶姉の指示である。


 先ほどの電話は予想通り嘘コク動画の件だった。

 俺を心配して連絡をくれた蝶姉だったが、紺野の状態を伝えると匿うように言われたのである。

 蝶姉もアイドル――スキャンダルにも似た炎上騒ぎが気になるんだろう。


「まずは蝶姉が帰ってくるまで待っていてほしい」

「…………」


 リビングに上がらせた紺野をソファーへ座らせると、彼女は顔をうつむかせて黙ってしまう。

 いつもサラサラだった髪が乱れ、目に光がない。

 数分前まで小生意気な口を利いていた彼女は、一息吐くと同時に魂まで抜けてしまった様子。


 俺は自分の部屋へ戻り、小型カメラに紐付けされたアカウントを発見。オリジナルの動画を削除した。


「――ユイ……ッ! 帰ってる!?」

「蝶姉おかえり……って、なんで泣いてるんだよ」


 勢いよく開いた玄関のドアと共に現れた蝶姉。

 彼女はなぜか目に涙を浮かべ、声をかけると同時に俺へと抱き着いてきた。


「えっ? 白峰……蝶々……?」


 蝶姉を見た紺野はパッチリと目を開けて驚いた。

 一度彼女の前で電話したとはいえ、人気アイドルである白峰蝶々だとは思わなかったのだろう。

 蝶姉は紺野を見て涙を拭き、瞬時に落ち着いた様子を取り戻す。

 予め紺野の事は伝えていたが、変装はせずそのまま姿を見せることにしたらしい。


「初めまして、知っているみたいだけど私は白峰蝶々。こっちのユイとは従姉弟いとこ関係なの」

「あっ、えっと――」

「落ち着いて。ある程度私も状況は把握しているわ。大変だったわね」

「……はい」


 蝶姉は紺野を自分の胸にせると、頭をでながら落ち着かせる。

 こういうのはやはり、男の俺よりも彼女が適している。

 だが、これからどうするのだろう。

 蝶姉の言う通り紺野をかくまったとはいえ、俺に出来ることなんてないように思える。


「ユイ、眼鏡……かけていてくれてよかったよ」

「不幸中の幸いだ。言っておくが彼女には――」

「そう。じゃあユイ自身の意思でこの子を助けたんだね」

「別に――」

「えらいえらい」


 蝶姉は俺の頭も撫でてくれる。


 恐らく蝶姉は俺のミスで動画がアップロードされてしまったことに気付いている。

 俺が動画に編集を入れていないこととアカウント名から、彼女は嫌でも気付いたことだろう。

 そして俺が紺野に対して真実を伝えていないことも――今の会話でわかったはずだ。

 紺野には、この炎上のほったんが俺のミスであることを黙っている。


(きっと本当は紺野に全部話すべきなんだろう。だけど、それで炎上が鎮まるわけじゃない)


 責任を感じている以上、それで済む問題ではないということにも気付いている。真実を伝えて更に追い込むよりも、他にできることがあるはずだ。

 俺達の話がわからないだろう紺野は、首をかしげながら蝶姉を見る。しかし蝶姉はほほむだけで何も語らない。


「ところでユイ。二人で話したいことがあるの」

「えっ……ああ。わかった」

「乃彩さん、少し待っていてくれる?」

「……わかりました」


 リビングに紺野を残し、俺と蝶姉は普段使っていないとある一室に入る。


 きっと紺野をこれからどうするのか、この炎上をどう終わらせるのか、話し合いたいのだろう。

 そう思っていたが、蝶姉は部屋に入ってすぐ俺に頭を下げてきた。


「ごめんなさい」

「えっ? どうして蝶姉が謝るんだよ」

「お姉ちゃんの所為だよ。小型カメラの説明ちゃんとしておけばよかった」

「いや、そもそも俺が動画撮影していたからだ」


 蝶姉に一切の非はない。

 小型カメラの説明だって、ちゃんと仕様書を確認せずに使用した俺が悪いのだから。

 それでも蝶姉は責任を感じているらしい。


「蝶姉は悪くない。俺が絶対に考えを曲げないのはわかってるだろ?」

「……はぁ。わかった降参する」


 流石さすが、蝶姉だ。

 現状の深刻さをわかってくれている。


「それよりどうする? 紺野のこと……連れてきたはいいけど」

「今日、乃彩さんをこの家に泊めたいと思ってる」

「えっ?」

「勿論、彼女が帰りたくないって言ったらだよ? だけど、あんな状態で女子寮に返せない」


 確かに今の紺野はアウェイ状態。炎上している身で、周囲から白い目で見られることは間違いない。

 動画上の彼女はどう見ても加害者側なのだから。


「待って蝶姉――みょうに紺野のこと詳しくない?」

「……帰ってくる前、あの子がモデルやってるって知って、事務所から聞き出した」

「訊きだせるものなのか?」

「あの子がいた『空木プロ』って色んなところでトラブル起こしてて、私も弱みの一つ持ってただけ」


 軽く言ってくれるが、つまり蝶姉も何かトラブルに巻き込まれたことがあるらしい。

 しかしその件について蝶姉は訊いてほしくなさそうだ。俺も既に終わった話に対して無理に追求する気はない。


「取りえず、乃彩さんに本当のこと言わない判断は良かったと思う。代わりにユイが味方になってあげて」

「それは――」


 前半の言葉には同意だが、後半は俺である必要がない。だが――。


「お願いね?」

「わかったよ」


 しかし俺はその提案を拒まない。

 そもそも蝶姉が俺にお願いをするなんて珍しい。

 日頃の恩を返すためなら、拒む理由がなかった。

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